アルトイレイズ・オンライン

壬黎ハルキ

001 先行サービス開始



 アルトイレイズ・オンライン――通称『AIO』。


 武器と魔法で戦うファンタジー世界の中を駆け巡るVRMMOの完成は、数年前から世間的にも大きな話題となっており、それがついに実現された。

 そのサービスを先行で遊べる権利を獲得する動きもまた、世界中の人間を熱狂させるには十分過ぎた。抽選に応募しては外れ、その結果をSNSに公開する――そしてそれがネットニュースとなって、改めて世間で話題になる。

 その繰り返しの状態もまた、ある種の『日常』と言えるものがあった。


 一方、まさか本当に実現するとは――という声も少なくない。


 フルダイブのゲームなど、所詮は創作の中だけの話。現実化するとは考えられないという声が、テレビのコメンテーターを中心に展開されていた。

 しかしそれもまた、頭の固い大人たちの妄想だったのかもしれない。

 否、変な意味での希望と言えたかもしれない。

 自分たちの常識がひっくり返される。そんなことがあってはならないという考えを押し付けようとする――それもまた世間的には珍しくないのも事実であった。


 AIOの完成は、そんなマイナスな希望を見事にひっくり返した。


 開発責任者による記者会見で正式に発表され、それは瞬く間にニュースのトップ記事として取り扱われる。

 当然、ワイドショーでもその話題は取り上げられていく。

 あれほど否定していたコメンテーターが、ほんの数日前とは真逆のコメントを述べていくその姿は、それこそネット上で瞬く間にネタにされていった。

 手のひら返しとはこのことか、と。


 しかしそれも、ごく一部の意見に留まった。


 一番の興味はゲームの実装。そしてサービスの開始。先行プレイ権に当選した者もそうでない者も、事前情報を集めるのに躍起になっていた。一つでも多く情報を所有することこそがステータス――そう見なされていた。

 それだけ世間は大騒ぎとなっていた。

 フルダイブ式のゲームが、まさに世界の歴史を大きく動かしたのだった。


 そして今日、ここから本当の意味で動き出す。

 AIOの先行サービス開始は、もう間もなくとなっていた――



 ◇ ◇ ◇



≪ログインしています――≫


 日本語でそう表記されるメッセージを見ながら、己の体が漂う感触を味わう。暗闇の中で、まるで息ができる深い海の中にいるような感覚は、やはり現実とは違うのだと思い知らされる。

 やがて底から明るくなっていき――目の前が真っ白になった。


「……わぁ!」


 思わず彼女は声を上げた。

 自分で開発したゲームだというのに、もう何度もテストプレイで見てきた光景だというのに、いざサービスが開始されてみると、初めて訪れたような気持ちとなる。


 否、実際これが初めてといっても過言ではないだろう。


 テストのときは、ほとんどNPCしかいなかった。

 少なくともこんなにプレイヤーはおらず、始まりの町も閑散としていた。ここまでにぎやかな姿を見たのは、彼女からしてみれば初めてと言える。


(プレイヤーさんも無事にログインできている……ひとまずは順調みたいね)


 邪魔にならない場所へ移動し、自分のステータス画面を開いてみる。そこには確かに『ミシャ』というPNが記載されていた。

 それこそがこの世界における彼女の名前だった。

 無論、彼女がAIOの開発責任者本人であることを、周りのプレイヤーは誰一人として知らないことである。


 これはミシャ本人の希望であった。


 開発責任者として、自らサービスが開始された世界の様子を確かめたい――そんな彼女曰く『最初で最後のワガママ』を通した結果なのだった。

 そしてそれは大正解だったと、ミシャは思う。

 自分の作ったゲームで人々が笑顔になる――開発者として、これほど嬉しいことはないと思い、既に彼女は涙がこみ上げてきていた。

 しかし、泣くのはまだ早過ぎる。

 だってまだ始まったばかりなのだから。ここからが本当のスタートなのだから、まだその涙はしまっておこう――そう思いながらミシャは動き出す。


(とりあえずこの始まりの町を、グルッと見て回りますか)


 自分はゲームを攻略するわけではない。様子を見に来ただけであり、他の攻略者たちの邪魔をするつもりもない。

 何ならログインするのも、本当にこの一回限りである。

 そもそも開発者が、何度も自分の作ったゲームにログインするのはおかしい。こっそりという分には問題ないかもしれないが、正式にリリースされた今、外から温かく見守る立場でいたいというのが、ミシャの考えであった。


 今は例外中の例外――それを忘れてはいけない。


 改めて心に刻み込みながら、ミシャは町の中を歩く。その間にも、プレイヤーの姿はたくさん確認できた。

 入れそうな家がないかどうかを調べたり、NPCに話しかけては無意味な情報しか手に入れられず、思わずポカンとしてしまっていたり。明らかに隠しアイテムがありそうな流れを掴んで喜んでいるが、実は何もない寄り道要素でしかない内容に、思わずほくそ笑むことも。

 ただ歩いているだけなのに、その全てが楽しくて仕方がない。

 これも開発者だからか、それとも単なるプレイヤーの一人だったとしても、同じ感想を抱いたのか。

 そんな心躍る気分を満喫しながら、ミシャは町の大通りを一周する。

 やがて町のおおまかな部分を見て回ったところで、ミシャはウィンドウ画面を開いてみる。そこに記されていたプレイ時間に、目を丸くしてしまう。


(……え、二時間? もうそんなに経過しちゃったの!?)


 楽しい時間はあっという間に過ぎるとはこのことか。気がついたら、予定していた時間を大幅に超えていた。

 ほんのちょっとだけログインする予定だったのに――ミシャは思わず苦笑する。


(名残惜しいけど、私はあくまで見届け人。これ以上ここにいるのは野暮だわ。問題がないことを開発メンバーに報告しないといけないし)


 そう気持ちを切り替えつつ、ミシャはウィンドウを開く。そして指で項目をスライドさせていくが――


「あら?」


 すぐにその異変に気付いた。あるはずの項目が存在していなかったのだ。


(おかしいわね。なんでログアウトボタンがないのかしら?)


 ウィンドウの項目をくまなく探したが、そのボタンはどこにも見当たらなかった。

 ほんの数秒前まで味わっていた天にも昇るような気分は、完全に焦りという名の背筋が冷えるものに変わっていった。





―― あとがき ――



毎度どうも、壬黎ハルキと申します。


新たなるVRMMOものを書きたくなって書いてみました。

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今後もどうぞよろしくお願いします<(_ _)>



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