第2話

 おじいさんにずっとお礼が言いたかった。何か恩返しがしたかった。


 なのに……なのに……


「もって、あと一年弱でしょう」

「そうですか……」

 僕は白く古めかしい無機質な建物の窓の裏でショックを受けた。そして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。白い服を着た人の言葉だけが頭にこびりついた。

 

 おじいさんがあと一年で……死ぬ……? 

 

 なんで? どうして?

 まだなんにもお礼できていないのに。

 やだ。やだよ、そんなの!

 まだいい報告もなんにもできていないのに。

 

 僕はフラフラとその場を離れた。

 帰り道はずっと頭の中がぐるぐる回っていた。おじいさんが死ぬ。おじいさんがいなくなる。その果てしない絶望が頭が離れない。

 もしかしたらこう思う人がいるかもしれない。


 おこぼれの人間を失うのが嫌なだけじゃないの? って。


 僕はそんなこと言う人に一言言いたい。

 「とんでもない!」と。


 僕は本当にあの人に救われたんだ。僕だけじゃないひなたちゃんもほかのキツネも。あの人はいなり山みんなの命の恩人。神様みたいな人なのである。それも分からずに、どうかそんな短絡的な言葉でまとめないでほしいと。

 そう神さま……神……

「あ、そうだ! 神さまだ!!」

 僕はある場所目指して駆け抜けた。

「はぁ……はぁ……着いた……」

 場所はいなり山一丁目の先っちょだ。いなり山のてっぺん。酸素がちょっと薄いのと一気にここまで駆け抜けたから息が切れちゃって中々整わない。

「はぁ……はぁ……」

 天気は曇天で、周りは分厚い雲に覆われてなんにも見えない。

 でも一つだけスンッと構えているものがある。

「ここだ……」

 僕が、息を切らし山を駆け上げてまで目指した場所。

「何気に初めて来たなぁ……お堂……いるかな? 神さま……」

 ここいなり山一丁目の先端。ほぼ山頂に位置する場所にはいなり山の神さまを祀る神社というか、お堂がある。誰が作ったのかは知らない。でもあるってことは誰かが作ったんだろう。

 お堂に一礼する。

 「いなり山の神さま、どうかあのおじいさんを助ける何かいい方法を教えてください」


…………来ない。何も起きない。そりゃそうか……神さまだもんね。いちキツネの戯言にそうやすやすと来るようじゃあ……


「呼んだ?」

「びっくりしたぁ!! え!? なに!?」

「呼んだろ?」

「……え!? 誰!?」

「誰ってぇ……おめぇと俺しかいねぇだろぉが。おめぇは誰だ? キツネだろぉ? そしたら俺は?」

「はい……俺は……? なんですか?」

 そう返すと、相手はげんなりした顔をする。


「……おめぇ物わかりわりぃな。よぉぉお! ……俺こそぉ……いなり山神、稲荷いなりみことなりとなっ」

 相手は勢いよく見栄を切る。

「……へっ!? 神さま!?」

「おん」

「あなたが!?」

「おん」

「この山の!?」

「おん」

「…………いや。いやいや……嘘よ。……嘘だぁ。からかっちゃイヤですよ、えぇ? 僕らキツネが化かすならともかく人に化かされるなんてそんな話」

 だって……ねぇ? こんないかにも都会の眠らない街にいるみたいな、チャラい兄ちゃんが我がいなり山の神さまなんてね。信じられないというか…………信じたくないというか。

 くせっ毛な金髪に耳のピアス、ブレスレット、指輪、口にくわえるキセル。全部キンキラキンに光っていて眩しい。片手に扇子をゆらゆら扇いでいる。なんなら服。服こそ和服っぽいけど、金箔とラメをあしらっていているのかキンキラだ。胸もはだけさせてもうチャラいのなんのって。あまりにもあちこちキラキラしているからなんかカラスの奴らが目を光らせて追っかけそう。カラスが群れ作ってこの人を追って……追い……

「ぶふっ」

「何笑ってんだテメェ」

「あごめんなさい。すみませんすみません!」

 想像したら思っていた以上にツボだった。不覚。

「ったく呼んでおいてそれかよ。おい、暇じゃねぇんだよ俺は。今ソシャゲのランクマッチ待ちなんだよ。忙しいの。なんだ、なんか用があって来たんだろぉ? 良いから言ってみねぇな」

「えぇ……? でも……」

「言うのはタダだぜ? 言ってみねぇな」

「そうですか……? うーん……このお堂で出会った事もなにかの縁ですかね……じゃあ神さまにしっかり伝わるように、願掛けでもって一つ……代わりにあなたに言ってもいいですか?」

「俺が神なんだがなぁ。まぁいいや。おうよ」

 僕は一息つくと自称・・神さまのギラついた切れ目を見つめて伝えた。

「キツネマスターのおじいさんを助けたいんです」

「……なんだぁ?」 

「ここのところ四丁目で話題になっているエサ配りじいさんのおじいさんのことです」

「……あぁ……あの野生の動物に餌付けするっで評判のじいさんか。風の便りで飛んで来ていたな」

「はい。その人が……その人があと一年の命だって……」

「ほぉん」

「……ほ、ほぉん……ってあと一年で死んじゃうんですよ?」

「だから?」

「だ、だからって……助けないと!」

「なんで?」

「……っ……い、命危うい者を救うのが神さまのお仕事でしょう!?」

 僕は思わず熱くなり大声で懇願するように叫んだ。自称神さまはギラついた切れ目を細めて、咥えていたキセルを口から離して煙をはぁ……と吐き、ひと息つくとこう言った。

「あのな青年。森羅万象、寿命……限りがあるものだ。生老病死。道順はどうであれ、遅かれ早かれ死ぬんだ。そのじいさんは人生の最後を飾る時が近づいたということだ。すべては自然の赴くままに。野生に生きるお前さんだったらよく分かってるはずだぜ?」

「そ、そうだけど、でも! でもなんとかして助けたいんです! だって、だって……」


 何もしてあげられていないから……


 僕は語気弱めに力なく頭を下げた。そんな様子をみた自称神さまはキセルにたまった灰をトントン……と落とすとマジシャンのように手からキセルをパッと消す。どうやって消したんだろうか。もう片方は相変わらず扇子をゆらゆらと扇いでいる。今、まだ春先だよ? 寒くないのかな。

「ほぉ……? 随分お熱い心だこと。最近のキツネ連中の中では珍しいこった。……ふぅん……ならそこまでその人間に何かしてあげたいのなら、ちょいと一つ提案をしてやろう」

 僕はその言葉に顔を上げる。

「は、はい! どんな提案ですか?」

 自称神さまは目を細めて堂々と口にした。


「お前、人間になれ」


 …………はい……? ……なんですって?

 なんて言いました……?

 ニンゲンニナレ……?

 シーンとなるその場の空気。そりゃそうだろう。

「……あのすみません、冗談はもう結構ですので、真剣に聞いてもらえます? 説明責任がありますよあなたには?」

「急に生意気だなおい。神だぞこらァ。あん? 言葉通りの意味だよ。テメェが人間になってそのじいさんとやらを助ければいい」

「いや……だからどうやって人間になるんですかっ!!」

 言葉足らずな自称神さまに僕はなんだか焦らされているようで、焦りからかで少しばかり頭にきて、足をタンッと強く地面を蹴った。その勢いでフワっと落ち葉が舞う。

 しかし僕がそう語気強く言い終えるかそれよりも早かったか、自称神さまは扇子を僕にピシッ! っと差し向ける。

 その圧に思わず「うっ」と声に出てそれ以上言葉が出てこなかった。

 そんな僕を尻目に、自称神さまはもう片方の手で僕の顔を撫でて、色っぽく笑うと、切れ目を細めてこう続けた。


「今日はお帰り。明日あすを待て。さすればいつもと違った景色を観ずることが出来よう」


 自称神さまはそう告げて僕から手を離すとシュッと煙を吐いて消えてしまった。

 頂上はかわらず曇天だった。見える景色もない。

 結局あの人はなんだったんだろう。

 結局お堂に行っても何か助けになる大きな収穫はなかったなと顔を落としながら下山する。

 家族との時間もなんだか上の空で過ごす夜。

 そろそろ寝ようかって言って寝床に付く。

 ……夜行性だから、野生のキツネの夜はこれからだって?

 いや今日はもう疲れた。だって山降りておじいさんが死ぬかもしれない話聞いて、それからまた山のてっぺんまで登って……わけのわからない人と喋って……色々疲れた。だから寝る。


 おやすみ。


 チュン……チュチュ……チュン

 ん……あぁ……明るい……ということは?


 朝だ。朝が来た……スズメのさえずりが聴こえてくる。ふぁぁ……昨日はなんだか疲れる1日だからよく寝たなぁ。

 あれ……僕なんで外で寝てるんだ? 家の中で寝たはずなんだけどな。

 ……目がクシュクシュする。

 手で目を擦る。手で……手…………


「…………え? はっ!? なんじゃこりゃあ!!」


 いなり山全体に轟いたんじゃないかと思う僕の雄叫び。

 まだ寝ていたご近所さん達、ごめんなさい。

 まず叫んでしまったことについて説明をしたい。

 手を見たら、それは見慣れた肉球にフワフワの毛のついた手ではなかった。

 縦に5本そびえ立つ指。グッ、パー、グッ、パー出来る。

 分かる。これはまごうことなき人間の手!!

 キョロキョロと自分を見るとまとっているのは毛皮ではなくて、服をまとっていた。顔を触ってみる。ない。毛がないぞ!! 耳も頭じゃなくて、横についているぞ? あ、尻尾もないし!

 うん? ちょいとまって。……うぉぉ立てる! 二本脚で! すごい!! 目線が高い!!

 「あー、あ、あ、あ」

 声も出せる。こんな感じなんだぁ。

 目線……景色が違う……景色……あ……

 

明日あすを待て。さすればいつもと違った景色を観ずることが出来よう』


 もしかして? あの人の仕業?

 え、まさかあの人本当に神さまだったの!?

 うわぁヤバい。だとしたら結構失礼な態度取っちゃってたよ……

 僕はめちゃくちゃその場でシュンと反省した。


 すると……


『反省する暇あるなら、はよじいさん助けに行ってやれ』


「うわっびっくりした!! え!? どこ!?」

『おめぇの頭の中よ』

「あぁぁすみません!! 神さま・・・! 疑って!!」

 自称じゃなかった神さまに遠隔で、話しかけられその場で伏せをする。これは、人間でいうなんていうんだっけ?

 ……あぁそうそう、土下座ってやつ。

『いい。謝んねぇでいいから。ほれ、行った行った。…………うぉぉ!! は!? 待って!! SSRきちゃあああ!!』


 そう雄叫びを言い残し、プツンと切れた。


「……えすえすあーる……ってなに……?」



 続

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2025年12月12日 22:00
2025年12月19日 22:00
2025年12月26日 22:00

キツネマスターってなんですか? 岡 トトキ @Totoki_Oka1342

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