サン・ベンダー:俺つえーなら人助けしたいなって
@7576
1話 宝くじに当たるよりダンジョンが生まれてスタダを決められる確率は高いだろうか?
目の前にはむすっとしたおじさん。
俺はいつも通りマスク越しに頬を上げて目を細める。作り笑顔だがまぁそれだけでもおじさんの威圧感は薄れる。それに制服を着ている時は不思議と別に気にならない。家帰ったら泣くかも。
「いらっしゃい……」
「袋いらない、箸ね」
俺の言葉に被せるようにぶっきらぼうに目の前のおじさんはそういう。これだからただのおじさんは……。
いかついヤンキーとかタトゥー入った怖いおじさんの方が態度いいんだよなぁ。
無愛想おじさんの手元には値引きシールの貼られた弁当が一つとレトルトパックの味付き卵が一つ。
「2点で1150円です。箸は何膳ご入り用ですか? お手拭きもおつけしましょうか」
首を横に振りながら無言で差し出されるピースマーク。顔は相変わらず無愛想なおじさん。
はて、ギャルみたいな写メでもとるのかな。
俺はカメラじゃないですよ。あともっと笑顔が必要でしょう。こんなふうに。
俺はお手本みたいな笑顔で頷いて箸を二つ弁当に重ねた。
「ありがとうございました〜またおこしください」
ピローンとコンビニの入店音が流れながら、俺は作り笑顔で、一瞬ギャルみたいにみえた無愛想おじさんに頭を下げた。
俺の名前は佐伯たかし、どこにでもいる19歳高卒、フリーター?ってやつだ。親の脛を齧りながら周3、5時間程度のコンビニバイト……将来設計何もなし。大学受験とか……そもそも高校はあれ、教師とうまくいかず不登校ってやつだった。友人とも疎遠になり、これからどうしたらいいんだろうな〜なんて思ってるどこにでもいるごく普通の男だ。趣味はゲームとウェブ小説。
「はー、宝くじあたらないかな〜」
バイト終わり家まで続く20分程度の川の土手の遊歩道を歩きながら俺はそう呟いていた。
宝くじが当たればお金の心配をしなくて済む。
つまり将来自由に過ごせる、そんな発想で。
時刻は夜10時半、辺りに人の気配はなく、等間隔に点灯している街灯も節電だがで一部が消灯されていて道はうす暗い。ただ俺はこの時間、この場所が好きだった。穏やかな川の流れる音はバイトで集中して興奮した神経を安らげてくれる気がして。
「癒しだな〜」
誰もいないと独り言を言うのは最近の俺の癖だった。
コンビニバイトは一つ一つの作業は楽なんだが客がひっきりなしにランダムにくる。様々な作業は忙しく切り替えなければならないものだったから、整理や確認を込めて思考を口に出してたらこうなった。
「研修の時でさえ、説明の間にも接客とかいろんな作業してたもんな〜〜」
他のバイトはしたことないからわからないけど、まぁどこも同じなのかなー。どこもきっと忙しく働いてるのだろう。
週3、5時間でも俺にとっては大変だった。
そろそろバイトを始めて一年ぐらいになるが、まだまだ慣れないことが多い。
でも明るく考えれば初めの頃より確実に仕事の速度もはやいし落ち着いてきたとは思う。最近は無愛想おじさんのピース姿とかに気づく余裕ができてるし……。
「はぁ、お金を稼ぐのは簡単じゃないってね」
将来への不安から俺がそう呟いた時、バタン、ガチャリと音がした。
「はは、誰かに聞かれてたかな?」
川沿いには一軒家が連なっている住宅街となっている。
そんな一軒家の中にこの時間、たまに玄関先でタバコを吸っているどこかのお父さんと思われる人がいるのだった。
流石に距離があるから、あちらの扉の閉まる音は聞こえてもこちらからの俺の小さな1人ごとは聞かれてないと思うけど。
「気まずーい、ははっ」
勝手に独り言を喋ってた癖にそれが聞かれてたらと思ったら気まずくなって、ポケットのスマホを取り出して少しいじる。少しおかしさを感じて笑った。スマホの時間を確認してまだもう少しゆっくりと歩いて帰ろうかとも思った。
バイトを終えた帰りの川沿いを歩くことが俺は好きだった。静かな川の音に癒される。
「ーー?(あれ?)」
その時だった。川の音がしなくなったのは。
咄嗟に口から出る言葉さえもまったく聞こえやしない。
「〜〜〜!?(音が一切聞こえない!?)」
おかしい、耳を叩いても何も聞こえない。
こんなことは聞いたことがない。
鼓膜がおかしくなっても骨伝導とかってやつで聞こえるはずだろ?
脈をチェックする、何も全く聞こえないことの混乱から少しはやいと思う。
なにか脳の異常だろうか?
俺は急いでスマホを取り出して救急車を呼ぼうとする。
「〜〜〜!?(なんで電源がつかないんだ!?)
さっきまで光り輝いていたスマホはうんともすんとも言わないただの石板と化していた。
周囲を見渡す。遊歩道の下の川から何かがこちらに来ようとしていた。
「〜〜!(幻覚、か? あれは見るからにアニメとかの怪物じゃないか!)」
それは地面スレスレを飛行する、発光する目玉クラゲというような怪物だった。大きさは目玉だけでも2メートルぐらいあるだろうか。
単眼の大きな瞳を半透明で明るく光っている球が包み、地面へと無数の触手が伸びていた。
ふよふよと浮いていてゆっくりと動いている。
触手を引き摺りながら、ただ目玉だけは忙しなくランダムに周囲を見ているように回転していた。
その回転していた目玉はふいに、俺へと固定された。
そして目玉が大きく輝き始めた。
俺はとてつもなく嫌な予感がした。音が全く聞こえないという異常な体験に加えて目の前の怪物に俺の思考はゾーンとやらに入ったのかもしれない。
スローモーションのようにも見える世界で、どう見ても何らかのエネルギーを溜め込むような光景が広がっている。
これが幻覚なのかどうか関係なしに俺は急いで前へ倒れ込む。
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