第12話 『期待しないって決めたのに、ちょっとだけ期待してしまう』

倉庫捜査の続き。

スライムの粘液は、ギルド裏の小道まで伸びていた。


「ゆめ、気をつけろよ。足滑るから」


「は、はい……!」


(なんでだろ……

 こういう“気遣い”だけは

 スッと心の奥まで届くんだよ……

 やめて……期待しちゃうから……)


 ふと勇者が足を止めた。


「……ここだな。触媒、誰かが持ち出した跡がある」


「えっ、どうしてわかるんですか……?」


「俺、嗅覚が鋭いんだよ。魔力の匂いって残る」


(嗅覚チート……!?

 パーティに一人は欲しいやつ……

 いや、私は雑用だから関係ないけど……)


 勇者は真剣な目で続けた。


「ゆめ、怖かったら戻っていいぞ」


「っ……!」


(……その言葉……

 やさしい……

 “怖かったら”って、私のことをちゃんと見て言ってくれてる……

 その一言が……本当にズルい……)


「……嫌じゃ……ないです。

 一緒に……探したいです……」


「そうか。助かる」


 その笑顔だけで、心臓が跳ねた。


(あーーー!!!

 だから期待しちゃうんだよ私!!

 陰キャの心は紙なんだよ!!

 すぐ折れるし湿気るんだよ!!)



小道の先には、古い物置小屋があった。


「ここだな」


「犯人……この中に……?」


「気配は弱いが、何かいる」


(え、何かって何……

 人?モンスター?

 スライムの親戚?

 私の精神をえぐる系のやつ?)


 勇者が扉に手をかけた。


「ゆめ。後ろにいろ」


「は、はい!」


(守られてる……

 こういうの……弱い……

 こういうやつで女性読者は落ちるって私知ってる……

 でも私は陰キャだから落ちちゃダメなのに……)


 扉を開けると――


「――――っ!?」


 中にいたのは、


スライムが触媒を吸い込んで、

 ちょっとだけ強化されてしまった残念モンスター

だった。


「ぼよよ〜〜ん……」


(声が……バカ……)


 勇者は一瞬で剣を構えた。


「ゆめ、下がってろ!」


 しかし次の瞬間。


スライム「ぼよんっ!!」


 スライムの跳ね返りが勇者の足に命中し、


「わっ!?」


「きゃっ!?」


 ゆめと勇者が同時に転倒し――

 勇者の腕が、ゆめの肩に触れた。


ギルドの外から、野次馬の声が響く。


「見たか!?今の!!」

「二人の距離がゼロだった!!」

「婚姻決定!!」


(やめろォォォォォォ!!!!

 たまたま!!

 物理事故だから!!

 恋愛イベントじゃないから!!!

 私の人生にそんな都合のいいイベント起きるわけない!!)


 勇者はすぐに体勢を立て直し、

 スライムを一撃で倒した。


「ふぅ……怪我ないか?」


「だ……だいじょうぶです……」


 



触媒は無事回収され、ギルドへ戻ると。


「ゆめちゃん!

 勇者様と一緒に任務を成功させたって本当!?」


「二人で……触媒取り返したらしいぞ!」


「これもうパーティ加入だろ!」


(なんでそうなるの!?

 私やったことただの転倒と悲鳴だけなのに!!

 功績の配分おかしいでしょ!!!)


 受付のお姉さんが、そっとゆめに言った。


「……ゆめちゃん。

 ねぇ、本当は勇者のこと好きなんじゃないの?」


「――っ!!?」


(ちがう……

 ちがうんだよ……

 違うけど……

 本当に違うけど……

 でも……

 好きじゃないと言い切れないほどには……

 “優しさを見つけるたびに、心が揺れる”のも事実で……)


「ち、ち、違います!!

 私はただの皿洗いです!!」


「皿洗いでも恋はできるわよ?」


「ちょっと黙っててください!!!!」


(やめて……

 本当にやめて……

 私は期待したくないんだよ……

 期待すると……

 また壊れるから……)


 



勇者が近づいてくる。


「ゆめ。今日は助かった。

 本気で感謝してる」


「っ……そ、そんな……」


(こういう“まっすぐな感謝”が……

 一番危険なんだよ……

 陰キャの心にクリティカルヒットするんだよ……)


 勇者は、少し照れたように笑って言った。


「……明日も手伝ってくれるか?」


 その瞬間、

 胸の奥が、また少しだけ熱くなった。


(……期待しないって決めたのに……

 なんで私は……

 また……

 期待しちゃってるんだろ……?)


 ゆめの“心のバグ”は、

 もうすぐそこまで迫っていた。

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