第11話 『ギルド騒動の犯人にされました』

朝。

ギルドへ向かう途中、空気が妙にざわついていた。


(あれ……なんか今日、雰囲気おかしくない?

 まさか……また噂が進化した?

 “婚約→結婚→出産”くらいまで行った?)


 ギルドの扉を開くと、全員が真剣な顔で集まっていた。


「……あ、来た」


「ついに来ちまったか……」


「覚悟しろよ……」


(なんでみんな“犯人にされて帰ってきた死刑囚の顔”するの!?

 この世界、陰キャに厳しすぎない!?)


 受付のお姉さんが深刻そうに口を開いた。


「ゆめちゃん……実は……ギルドで事件があったの」


「じ、事件……?」


「倉庫に置いてあった“魔法触媒”が一つ……消えたのよ」


(うわ……なんか面倒なの来た……

 私、昨日掃除してたから1ミリでも怪しまれたら即アウトじゃん……)


 冒険者の一人が言う。


「で……だれが倉庫に出入りしてたかって話なんだが――」


 全員、私を見る。


「「「…………」」」


(やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!

 違うよ!!!昨日はちゃんとゴミ袋持って掃除してただけだよ!!!

 魔法触媒とか絶対触ってないよ!!!

 そもそも見てもいない!!)


「ゆ、ゆめちゃん……」

受付のお姉さんが恐る恐る言った。


「べ、別に疑ってるわけじゃないの……!

 ただ、ゆめちゃんが一番“倉庫詳しい”と思って……!」


(言い方ァァァァァァ!!!

 その“詳しい”って、昨日の雑用のせいなんよ!!

 専門家みたいに言わないで!!)


 そこへ勇者が入ってきた。


「ゆめ、ちょっと来てくれ」


(また私……!?

 いや、今日こそは誤解解いてくれる流れ……?

 “あいつは関係ない”とか言ってくれる……?)


 期待を削る準備をしつつ、勇者について行く。


 



ギルド裏の通路。

勇者は真剣な声で言った。


「……昨日、触媒の近くに“お前の足跡”があったらしい」


(……詰んだ。)


「でも、俺はお前がやったとは思ってない」


(…………え?)


「お前、そういう嘘つけないタイプだろ」


「っ……!」


(……なんだそれ……

 なんか今……胸の奥がちょっと温かいのなんで……?

 私のことを……

 ちゃんと“そういう人間”だって……

 見て……くれてる……?)


「だから、一緒に探してほしいんだ」


「…………探す?」


「犯人を」


(いやデカすぎる依頼!!!

 素人の皿洗い陰キャに依頼するな!!

 国家規模のやつだよこれ!!)


「ゆめ、お前倉庫の構造わかってるだろ?

 俺より詳しい。頼れる」


(……“頼れる”って言った……

 昨日の雑用のせいで詳しくなっただけなのに……

 でも今……

 ちょっとだけ……嬉しい……)


「……わかりました。やります……」


「助かる」


 勇者が微笑む。


(その笑顔やめろ……

 陰キャはすぐ錯覚するんだよ……

 “自分は必要とされてる存在だ”って……

 その錯覚で一回死んでるんだよ、私は……)


 



倉庫を調べ始めてすぐ、ゆめはある“異変”に気づいた。


(……なんか、床……ぬるぬるしてない……?

 え、これ昨日なかったよね?

 誰か……深夜に倉庫来た……?)


「ゆめ、何かわかったか?」


「あ、あの……これ……昨日は……なかった……です」


「……誰かが触媒を持ち出したあとに、

 このスライムの粘液を踏んだんだな」


(スライム!?

 この世界、スライムの行動範囲広すぎ……)


 勇者は続ける。


「ゆめ、足跡を追うぞ」


「は、はい……!」


(ちょっと待って……

 これまさか……

 勇者と一緒に捜査する流れ……!?

 ラノベ世界でよくある“バディ編”じゃん……

 私……進化してるの……?)


 だが次の瞬間、現実が殴ってきた。


「――あっ」


 スライムの粘液に足を滑らせ、


「わぉっ!?!?!?」


 派手に転んだ。


 勇者はすぐに手を差し伸べてくる。


「大丈夫か?」


「だっ……だいじょ……ぶ……で……す……」


 周囲の冒険者が叫ぶ。


「見たか!?勇者がゆめに触れたぞ!!」

「もう婚約どころか夫婦!」

「それはもう抱き合ったと言っていい!!」


(やめろォォォォォォ!!!!!!

 今、ただの転倒事故だから!!!

 恋愛補正をかけるな!!

 私はただの陰キャだ!!!!!)


 でも、勇者の手に触れた瞬間だけは、

 わずかに胸が熱くなった。


(……あぁ……

 やっぱり私……

 期待しちゃうんだ……

 “変わりたい”って思うと、

 すぐこうなる……

 期待して、裏切られて、

 また壊れる……)


 小さな痛みが胸に残る。

 でも、その痛みは……

 これからもっと大きくなる痛みの、

 ほんのプロローグに過ぎなかった。

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