第7話 『仲間フラグ立ったと思ったら秒で折れたんだが?』

 裏口の水場で、私は延々と皿を洗っていた。

 手のひらはふやけ、前掛けは水で重たくなり、油と石鹸の匂いが、なんだか“異世界の標準装備”みたいに思えてくる。


(……なんで私、異世界で皿洗ってるんだろ……

 いや、分かってるよ……分かってるけど……

 受付嬢の胸にキレたからなんだけど……)


 自分の愚かさをこすり洗いしても、後悔の泡だけが増えていく。


「はい次これお願いね〜!」


 厨房のおばちゃんが持ってきた鍋は、ほぼ私の上半身サイズ。


「……お、重……む、無理じゃ……ないです……!!」


 なぜか“否定を肯定で返すクセ”は、異世界でも健在だった。


(もうほんとに……なんでいつも強がるん……

 『無理です』って言えれば良いのに……)


 そのとき――


「……おい」


 背中で声がして、私は反射的に背筋を伸ばした。


「えっ……?」


 振り返ると、昨日スライムから助けてくれたモブ勇者が立っていた。

 見た目だけは主人公。性能はテンプレ以下。


「お前……皿洗ってんの?」


「っ……はい……」


(よりによって今!?

 ギルドで胸にキレた翌日なんだけど!?

 今の私の信用度、床に落ちたパンくず以下だよ!?)


「まぁ……生きてるなら良かった」


 勇者は少し笑う。


「昨日さ……スライムに追われてただろ。

 あれ、普通は追いつかれねぇからな?」


「………………」


(刺さる……!!!

 スライムに負けたのそんな罪深いことなん……!?)


「で、なんで皿洗ってんだ?」


「……ご、誤解とか……金とか……色々あって……」


「誤解?」


(はい地獄ターン突入!!!

 胸悪態事件が村中に晒される未来!!!)


 私は震えながら告白した。


「……胸の……大きさについて……その……」


 勇者は眉をひそめた。


「胸?」


「ち、ちがうんです! 心の声が……勝手に口から……!」


「あ〜……分かる。お前、勢いで空回りするタイプだよな」


「ぐふっ……!」


(なんでそんな正確に……!?

 初対面の鑑定スキル持ってるん……?)


「ほい、差し入れ」


 勇者がパンを差し出してきた。


「……なんで……?」


「働いてるからな。腹減るだろ」


(えっ……待って……

 今の、普通に優しい……

 え、これ仲間加入フラグ……?

 ついに私に……仲間……?

 異世界補正……ある……??)


「じゃ、頑張れよ。またな」


(“またな”来たーーー!!

 完全にフラグ!!

 異世界、私にも友達的な存在を……!?)


 勇者は軽く手を振って去っていく。


 私はパンを抱きしめながら、ふわふわした気持ちで廊下に向かった。


(……よし……頑張れる……

 皿洗いして銀貨5枚貯めて……

 絶対仲間になってもらう……!)


 ――その矢先、聞こえてしまった。


「聞いた? 受付嬢にキレたって子」

「“胸デケェだけだろおぉん!”って叫んだんだろ」

「ギルド中ドン引きだったらしいぞ」

「スライムに追われたらしいしな」

「ちょっとヤバいタイプだってよ」


ゆめ

「…………」


(ぎゃああああああああ!!!

 もう村中に広まってる!!

 情報伝達速度どうなってんの!?

 この世界、Wi-Fiでも飛んでんの!?)


 さらに追い討ち。


「勇者も聞いたらしいぞ」

「“まぁ変わってんな”って言ってたって」


ゆめ

「……………………」


(……終わった……

 さっきの仲間フラグ……全部幻……

 誤解じゃなくて悪評だけ成長してる……)


 私はパンを握りつぶさないようにしながら、そっと裏口に戻った。


(……でも銀貨5枚だけは……

 絶対に貯める……

 仲間がいなくても……

 この世界で……生きるために……)


 皿洗いの音が、また静かに裏口へ響いていった。

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