第6話 『ギルド初訪問で社会的に即死しました。』

村の中央に、妙に立派な建物があった。

 木造二階建て。壁には冒険者募集の紙がびっしり貼られ、入口の上には勇ましい鳥の紋章。


(絶対ここが……“ギルド”……)


 胸の奥にワクワクと不安が同時に刺さる。

 ここをくぐれば、いよいよ“異世界で生きる”が始まる。


 深呼吸。

 扉を押す。


 ――ガヤッ。


 酒場みたいな匂いと、ざわついた声が押し寄せた。

 ジョッキのぶつかる音、笑い声、剣と角で飾られた壁。


「……すご……」


(異世界テンプレそのまんまじゃん……いや感動してる場合じゃない)


 受付カウンターへ向かう。

 その瞬間、視界に飛び込んでくる“圧倒的存在”。


 ――受付嬢。


 柔らかそうな金髪。

 慈母のような笑顔。

 そして、布の上から主張してくる胸の存在感。

 「巨乳受付嬢」という単語が公式化していいレベル。


(いた……ほんとにいた……

 異世界テンプレの中のテンプレ……

 初対面がこれ!?いや世界、私に喧嘩売ってる?)


 本来、心の声だった。


「い、いらっしゃいま――」


「胸デカすぎだろおぉん!!?」


 ――言ってた。


 受付嬢、固まる。

 周囲も固まる。

 ギルド全体が、冷蔵庫並みに冷え込む。


「……えっ?」


(えっ、じゃねぇよ私!!!黙れ口!!!!)


 脳みそが完全に蒸発している。


「ど、どうせ胸で受付受かったんでしょ!?

 絶対あるよねそういう面接!

 “胸のサイズ測ります”みたいなやつ!!」


「ないよ!?!?!?」


 受付嬢が全力で否定。

 冒険者たちがヒソヒソ。


「なんだあの娘……」「胸に恨みでも?」「関わらんほうがいい」


(転生して秒で社会的に死ぬ未来が見える……)


「え、えっと……落ち着いて……?」

 声のトーンが完全に“変な子扱い”だ。


「ギ、ギルド登録……するのよね……?」


「は……はい……」


 私は布袋(財布)を取り出す。


「登録料は銀貨五枚だけど……」


(……銀貨二枚しかない……)


「……たりません……」


 受付嬢の微妙な笑み。


「……じゃあ、できるまで働く?」


「……はい……」


 ギルド中が“生温かい同情の目”を向けてくる。

 そりゃそうだ。さっき胸にキレた女だ。


 私は受付嬢に案内され、従業員用の裏口へ。


「ここが今日から働く食堂の裏口ね。まずは皿洗いからお願い」


「は……はい……」


(スキルなし……武器なし……金なし……

 異世界来て最初の仕事が……皿洗い……?

 いや現実でもやったけど……異世界でも皿……?)


 私は水場に立ち、黙々と皿を洗い始めた。


 背中の方から冒険者たちの声。


「新入りあれか……胸にキレるタイプ……」

「俺は関わらねえ」


(うっ……

 異世界来ても……変われてない……

 むしろ前よりひどい……)


 水面に映るのは、赤い目、噛みしめた唇、すぼめた肩。


 ――変わらなきゃって。

 死ぬ前のあの日、鏡の前で決めたのに。


(……絶対、登録料貯める……)


 皿を洗う音だけが、裏口に響き続けていた。

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