第5話 『転生初日が取り調べとバイト面接ってどういうこと?』
牢屋の夜は、妙に静かだった。
鳥も鳴かない。虫もいない。
焚き火の匂いだけが、かすかに夜気にまぎれている。
鉄格子の向こうでは、衛兵が交代しながら歩く。
その一定テンポが、逆に不安を煽ってくる。
(……いやなんで私、転生初日で牢屋……?
こういうテンプレ、読んだことないんだけど……)
膝を抱えて文句をつぶやいていないと、
心がぽきっと折れそうだった。
◇
朝。鉄格子がガチャッと開く。
「おい。出ろ。取り調べだ」
「昨日のうちにやってほしかったんだけど……」
ぼそっと言った抗議は、当然スルーされた。
衛兵に連れられて向かったのは、村の中央にある小部屋。
机、椅子、紙、羽ペン。
あからさまに“尋問部屋”。
四十代くらいの男性が腕を組んで座っていた。
たぶん村長。異世界の村長って、だいたいこの年齢。
「名前を言え」
「黒瀬ゆめ、です……」
「その奇妙な服はなんだ。魔族の変装か?」
「違います!!制服です!!
異世界転生したての初期装備なんです!!」
村長の手が止まる。
「……てんせい?」
「はい。
チュートリアルスライムに殺されかけたところを
テンプレ勇者(なおモブ)に助けられました」
「……話が全く分からんが、勇者に助けられたなら敵ではなかろう」
(いや説明できてないけど……その判断基準でいいの?)
村長は衛兵を鋭く睨む。
「で、なぜ捕らえた」
「服装が怪しかったので!!」
「……まあ異世界的にはそう見えるけど……」
制服のせいで牢屋送り。
死因に続いて、また不遇を重ねてしまった。
「まあよい。お前の“身分証”を作る必要がある。
アルストリアでは、ギルドに登録すれば活動許可が降りる。行ってこい」
「あ、はい――」
「ただし、登録料がかかる」
嫌な予感しかしない。
「いくらですか」
「銀貨五枚だ」
「ぎ、銀貨五枚ッッ!? 高くない!?!?」
「金は持っておらんのか?」
「持ってるわけない!!
転生の間から財布持ってこれませんから!!」
「……では働け。金を稼いで登録せよ」
「軽いノリで“働け”って言うなぁ!!
私まだこの世界一日目!!新人研修は!?!?」
でも村長は優しい声で続けた。
「安心せよ。村には初心者向けの仕事が多い」
嫌な予感が倍増する。
「掃除、洗濯、食堂の皿洗い、畑の手伝い、家畜の世話――」
「いやリアルすぎる!!!!」
「好きな仕事を選べ」
(“好きな職業選べ”って、本来は魔法使いとか剣士とかじゃないの!?
なんで皿洗いと家畜なんだよ!!!)
「……つまり……バイト……ですか」
「ばいと?」
「働く、って意味です」
「うむ、それだ」
私は額を押さえた。
(……まあ、登録料ないなら働くしかないよね……
これがテンプレ崩し、ってやつか……)
◇
村の仕事場は、人手不足だった。
「働いてくれるの!?助かるよ〜!!」
食堂のおばさんに、満面の笑みで迎えられる。
シンクには皿の山。油の音がぱちぱち聞こえる。
(いや……異世界来て最初の仕事が皿洗い……
チュートリアルどこいった……?
“初仕事:皿洗い”って、どこのソシャゲ……?)
エプロンを渡され、私はシンクの前に立つ。
皿を洗っていると、後ろの席から声がする。
「なんだあの娘。服が変だな」
「旅人か? いや、でも……どこの国の服だ?」
(あああああああっっ!!
異世界で制服が限界に浮いてるぅぅ!!)
顔が熱くなる。
でも、異世界来て初めて“必要としてくれた”のも事実だった。
(……悪くないな、この感じ……)
◇
仕事帰り、村の人に言われた。
「旅人ならギルド行けよー!あそこは中心だからな!」
「……はい、頑張ります……」
(あれ……異世界の人、意外と優しい……?)
ほっとしたような、胸の奥がじんわりするような不思議な感覚。
私はスカートを払って、ギルドの建物を見上げた。
(……ギルド登録したら、ここからが本編だよね……
なのに最初のチュートリアルが“皿洗いで銀貨稼ぐ”ってどういうこと……)
苦笑いしながら、帰り道を歩く。
「……明日から、本気で働くか……」
転生初日の“初バイト”は、こうして幕を開けた。
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