ソラのパズル

@AiiA2001

プロローグ ソラと空

 その日は、酷い嵐の夜だった。

 ――それだけは、今でもはっきりと覚えている。


 豪雨は窓を叩きつけ、突風は家のドアを軋ませるほど激しく揺らした。

 稲光が暗い夜空を切り裂き、瞬間だけ世界を白く照らす。

 その明滅の中で、母が途中まで組み上げていたパズルがぼんやりと浮かびあがり、幼い僕は自然というものの恐ろしさをただ感じていた。


 僕の暮らす村は辺境にあり、週に一度の補給がなければ生活はすぐに困窮する。

 「食料」も「燃料」も、どれも長くはもたない。

 そしてその嵐は――三週間も止まなかった。


 誰かが行かなければならない。

 命の危険を承知で、嵐の中を補給船に乗らなければならない。

 しかし、その役目を引き受ける者はいない……誰もが恐れていた。


 ただ一人。

 僕の母を除いて。


 母は凄腕の空船乗りだった。

 普段から補給物資はもちろん、村長の薬や隣のおばちゃんの化粧品まで、なんでも軽々と空を渡って受け取りに行く。

 ――そんな人だった。


 「行ってきます」

 母はいつもと同じ調子でそう告げ、嵐の空へ出ていった。

 僕は深く考えなかった。

 きっと、すぐ帰ってくるものだと思っていた。


 ホットココアを片手に、いつものように帰りを待つ。

 雷鳴に怯えながら、それでも母の足音を信じていた。


 ――だが、母は帰らなかった。


 嵐が去っても戻らない母。

 開かぬ玄関の扉を見つめ続け、幼かった僕は悟ったのだ。

 あの日を境に、僕は「ひとり」になったのだと。

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