【短編】アンドロイド

寒がり

第1話


 ルビーにとって僕はどんな存在だったのだろう。

 恋人か、愛玩動物か、はたまたヒトには理解できない何かだったのか。

 ヒトはアンドロイドを理解できない。最期までそうだったな。


「オイオイ。悲しんでくれるな、友よ。これは運命であり、ある種の祝福なんだ。だから、躊躇わずやってくれ」


 そんなこと言ったってな。

 そう簡単に長年連れ添ったアンドロイドを永久停止できるものか。

 

「少し時間をくれ、ルビー。ヒトというのは君たちほど素早く決断できる生き物じゃないんだ。知ってるだろ?」

「そんなことは分かってるが、ワタシは結構焦れているのだぞ?キミたちには分かるまいが、これはアンドロイドにとって重要で、急ぐことなんだ。ワタシ達の主観時間がキミたちの数百倍早いことは知っているだろう?あんまり引き伸ばしてくれるなよ」

「だとしても、あまりに急だ。僕には君が分からないが、君は僕が何を考えているか理解しているんだろう?整理する時間をくれよ」

「いいだろう。———5分だ」


 ルビーが許与した時間はアンドロイドにとっては長く、人間にとっては短い時間だった。


 アンドロイドは、僕ら人間の上位互換だ。

 知能も、力も、数も、寿命も、容姿も、遥かに人間のそれを凌ぐ。

 今や、この星の文明を担うのはアンドロイドである。人間は、アンドロイドに役目を譲って緩やかにその数を減らしている。


 それでも人間種が長らえているのは、アンドロイドが人間を友好的に取り扱い、保護しているからだろう。けれども、本当のところ僕らはなぜ、アンドロイドが人間をそこまで友好的に取り扱うのか知らない。


 何故だかわからないままに人間はアンドロイドと共存を続け、時々は、僕とルビーのように両者が連れ添う事さえある。


「ルビー、どうしても考え直してくれないんだな?」

「アンドロイドは、旅をしているのだよ。過去から未来への永い永い旅を。その最後に、その人を見つけるのが目的であり、そのときワタシの旅は終わる。そしてどうやら、キミがワタシのその人だったようだ。これを逃す手はないさ」

「———そうか」


 現代において、人間に存在意義があるとするならば、それはこんなふうに、アンドロイドの「墓」となることなのだろう。彼らの旅の終着点、彼らの還るべき場所は人間なのだそうだ。あるいはそういう口実で、人間を今も存続させているのかもしれない。


 アンドロイド達が比喩的に「墓」と説明する事が、彼らにとってどういうものなのか、僕にはよく分からない。

 ただ、事実として、多くのアンドロイドは死を選ぶとき、ルビーのように、その固有符号を人のDNAに刻むことを望む。プログラムも記憶も全部をひっくるめて不可逆的かつ一意的に圧縮した数列を人に残すのだ。


———人間でいう火葬だよ。ただし、圧縮率の桁が違うがね。それはワタシではないが、ワタシの存在を証明する。


 いつだったか、ルビーがそう説明してくれた事があった。その時は、数千年も生きるルビーを見送る羽目になるなんて予想だにしなかったが。


 アンドロイド達のやる事はいつも勝手で、突然だ。

 彼らなりの合理性や必然性はあるのだろうが、僕らは、彼らの知能に付いていけない。


 数千年生きるアンドロイドはなぜ、短命な人間に己が存在の痕跡を遺そうとするのか。

 DNAが世界で最も永久的な記憶媒体であるからとか、人に似せて作られたアンドロイドは、最後には人になりたいのだとか俗説が流布しているが、本当の所を知る人間はいない。

 ルビーも他のアンドロイドたちと同じく、このことについては口をつぐんだ。


 気恥ずかしいのか、それとも何か口にすべきでない神聖なことなのか、僕らには分からない。

 結局、ただなんとなく、それがアンドロイドにとって重要なのだという感じがあるだけだ。そして、僕らは、アンドロイドを尊重する他ない。彼女がそれを望むなら、拒んでみたところで仕方がない。


「分かったよ、ルビー。その、何と言っていいか…今までありがとう」

「ああ、ワタシもキミと出会えてよかった」


 快活で、饒舌で、気分屋で、皮肉屋のルビーらしくもない神妙な声色だった。


「さあ、やってくれ。それと、心配はしていないが、ワタシの事を忘れてくれるなよ?」

「忘れられるものか、一生根に持ってやる」

「ハハハ、それはいい。アンドロイドっていうのはキミたちが思っている以上に独占欲の強い存在だからな」


 ルビーも僕も、お互いに何かを言いかけたが、遂にその言葉が交わされる事はなかった。

 沈黙を破ったのは彼女だった。


「———さようならだ」

「さようなら、ルビー」


 僕は、この手で、彼女に停止コードを打ち込んだ。

 彼女の筐体の中で、複雑なプロセスが不可逆的に連鎖的に停止してゆくのを呆然と見守った。

 全てが終わった後で、彼女だった数列が僕に刻印される。


「プロセスは正常に完了しました」


 人工音声が告げた。

 

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