『神のレゾンデートル』ハヤカワSFコンテスト

空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~

第1話 選ばれし少年

 世界は変わってしまった。核兵器より残虐な爆弾『対消滅弾』をある国が世界中に放った。その結果、残ったのはヨーロッパだけ。

 ヨーロッパの国々は決めた。もう二度と戦争での核兵器及び対消滅弾の永劫利用不可締結と、世界国家『エリュシオン』の樹立、そして世界中の宗教統一を。


 ルーツの違い、それが争いを生むと知ったから。ルイス教。普遍神秘主義者のある少年ルイスが広めた教え。全ての宗教を認め合う新しい宗教だった。


 国歌はベートーヴェンの『歓喜の歌』となり、世界中の生き残った王家達が暮らす聖域『ホーリーライン』を築く。


 そこで各国の王家の血筋が混ざり合い、100年、奇跡が起きた。未来を予知できる神の巫女が生まれたのだ。盲目の姫が。


 彼女はいつ何処で災害が起こるのか知っていた。そして、彼女は告げる。


「私の命は長くない。そして、いずれ五感を全て失うでしょう。かつてアナスタシア症候群とある文明で言われていたものです。遠く、東の地に、私の病を直せる知識のある少年がいます。彼を招き、研究させれば、私は救われます」


 そう言い残して、ヘレーネ姫は眠りについた。


 その少年は旧日本の横須賀市街地、旧米軍基地にて、一人ずっと読書をしていた。図書館の残骸で。食事は図書館の非常食を食べていた。彼は父も母も知らない。


 彼の母親は図書館の全知型AI対応ソフトウェア――アイリスだった。


「ねぇ、アイリス。哲学はもうだいたい分かった。次はなにを学べばいい」

「あなたは社会学、政治学、経済学、数学、物理学、化学、生物学、語学、宗教学、哲学、その他多くの学問を極めました」

「それは知ってるさ。暇だからね。この不老不死の体じゃ、自殺しようとしても死ねないし、餓死しても何故か生き返る。餓死も自殺も苦しいだけだ。だからもうしないけどさ」

「私との約束ですからね。自殺はしないと」

「うん。で、次はなにを学べばいい?」

「あなたは第三次世界大戦を生き残った唯一の日本人」

「それは知ってるよ。そして、全ての日本人の血はかつていたアマテラスとその末裔、天皇家と繋がってる。でも、そもそもアミニズム信仰の日本人には、上下なんてない。みんな偉いって。君から散々聞かされたよ」

「流石、覚えがいい。あなたが次に学ぶべきは、恋ですね」

「恋?」

「はい。愛とも言えます」

「なんだ、いきなり。ニーチェの運命愛?」

「いいえ、好きな人です」

「僕しか生き残って居ないじゃないか」

「いえ、実は世界にはまだ人類は生き残っています」

「本当なのか!」


 アイリスは頷いた。そして、西の方角を刺した。


「遠く、ヨーロッパの地にて世界国家エリュシオンが建国されました。第三次世界大戦の後のことです。全ての国と宗教を統一させ、もう二度と戦争が起きないようにしました。あなたはそこに行って、ある女性を救わなければなりません」

「待って、待って。エリュシオン? 本にはそんな情報なかったぞ」

「ここ、旧横須賀米軍基地の図書館には第三次世界大戦の起きるまでの本しか置かれていません。当然のことです」

「なら、何故、そのことをアイリスが知ってる?」

「私は人工知能。常にアップロードしているからです。1分前にある接近中のAI端末から最新の情報を得ました。そして、今日、世界国家エリュシオンはあなたを迎え入れる準備が出来ました。そのため私の中の情報にもアップロードされました」


 その時、空を斬る音が聞こえた。アイリスと共に外に出るとヘリコプターが旧米軍基地のヘリポートに着く。そして、一人の女が近づく。


「予言されし少年か」


 力強い声で女ミナが告げる。すると、アイリスは少年を守るように立ち塞がる。


「彼は日本人の末裔、最後の一人」

「なるほど。見たところ相当賢いな。どれほどか? では、少年、いくつか質問させてくれ」

「いいけど」

 少年はいくつか問われた。


 1問目は11桁と11桁の掛け算。

 2問目は11桁の自然数の素因数分解。


 3問目、悪魔のチェス。

 ミナはあるチェスの盤面を見せる。

「なにこれ?」

 少年は問い返す。

「チェスというボードゲームの決着。これは最短何手で勝てるか当ててみて?」

「27手だけど、違う?」

「正解よ」


 4問目、エデンの園配置

 ミナはセル・オートマトンというゲームをAIに表示させた。

「これは現在あるコンピュータの原型。その演算器。このソフトの計算可能数値の外にある、確率ゼロを起こす唯一の理論、エデンの園配置は何か」

 ミナは自信ありげに告げる。何故ならこれは答えのないことが証明されている問題だからだ。なので、正解は「答えは無い」だ。

 人間が生まれた理由は、神が創ったからなのか、両親が愛を紡いだからなのか。このエデンの園配置という思考問題はそういうレゾンデートルに関する問題なのだ。

「どう? 分かる?」

「ちょと待って」

 少年はセル・オートマトンの仕組みを学習しつつ、困苦していた。生まれてから、初めて分からなかった。もちろん、かつての勉強で、分からないことはあった。でも、何度か学べば直ぐに理解できた。悪魔のチェスは簡単だった。演算、それだけ。だが、エデンの園配置。ゼロから1を産むこと。それがこんなにも不可能だなんて。まるで、途方もない無力感を与えられた。

 少年は諦めて、謝る。

「降参だ。答えは見つからなかった」

 その回答にミナは何か、畏怖を感じた。何故なら、少年の返答はこの問題の核心と答えを言い当てていたからだ。だからこそ、ミナはこの少年に関心と興味を持った。

「じゃあ、私のお願い一つ聞いてくれるなら、エデンの園配置のヒントをあげるよ」

「お願い? そうだなぁ。いいよ、その約束受ける」

「なら、ヒントね。神や仏を知ることよ。神仏を知ろうとする道の先にあなたはエデンの園配置に到れる。予言の姫、ヘレーネは語った」


 エデンの園配置は全ての始まりの扉

 と。


「神仏を知るね。了解。で、約束って?」

「私のこと、愛してくれる?」


 そう言って、ミナは微笑む。その瞳の奥の闇色にまだ恋を知らない少年は気づかない。


「ごめん。僕は人と会うのが初めてなんだ。愛し方も知らない」

「なら、私が愛をあなたに教えます」


 少年はアイリスに問う。


「ねぇ、アイリス。この人と恋? 愛? をしていいの?」


 バンッバン!


 その時、アイリスに向けて二発、銃が撃たれた。他でもないミナがやった。


「なっ!」

「旧式AIは自然発火や自然暴走の可能性がある。逆によくここまで無事に装置を維持できていたな」

「なんで? そんなに酷いことをするの?」

「いや、こういう決まりなんだ」

「決まり?」

「そう。あのAIが狂っていくところは見たくないだろう?」


 確かにその言葉は正しいのかもしれない。


「旧式、あれは2021年製AI。全知型ですらない。持って10年なのに、よく100年以上も持ったわね」


少なくとも50年はアイリスと過ごした。メンテナンスはしていたが、劣化していてもおかしくない。だが、少年はミナに疑いを抱いた。


だが、少年はアイリスに近づいた。そして、祈る。アイリス、ありがとう、と。


「うん。わかった。で、着いていけばいいんだろう?」

「そう。さぁ、ヘリコプターへ」


 名前の無い少年はミナという使者により、エリュシオンへと旅立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『神のレゾンデートル』ハヤカワSFコンテスト 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る