第7話 神様ゴメンなさい、謝ります
「電話? 俺してないよ?」
「うん、知ってた」
現場の神社に向かう途中、私はコンビニシュークリームの最後の一口を口に入れてからエンジンを掛け直す。
いつも通り、晃太郎がコンソメ味のポテチとコーラを買う間、私は経費で落とせる買い物の中にシュークリームを紛れ込ませてから先に車に戻る。
晃太郎のポテチとコーラについては、業務上必要な消耗品として経費で落として良い、というお母さんのお許しが出ている。
いまのところ、一緒に紛れ込ませている私の缶酎ハイとかビールとかシュークリームについては、バレては居るだろうけど黙認されているのだろう、今のところまったくお咎めなしだ。
「珍しくない? そういう電話が来るのってさ」
「だねぇ。最近なかったね。オレオレ詐欺はあったけど」
「え、あったの? なんて答えた?」
「んー? なんか『このままだと息子さんは殺人犯になりますよ』とか言ってきたから、その私の息子とかいうやつに『死んで詫びろ、今すぐその場で腹を切れ』って言ったら電話切られた」
「うっわヒドい」
「だいたい、何が『流産させて示談金300万』よ。人の命を何だと思ってんの。そんな金で即日手打ちなんてしないわよ普通。私だったらゴネてゴネてゴネまくって呪って祟って晒して3億はとってやる」
「日向ちゃんってさ、名前と性格真逆だよね」
「よく言われる」
「だよねぇ」
軽口を叩き合いながら車を走らせること2時間。今日の現場は随分とオフィスから遠いところだ。
てっきり山奥にある廃神社みたいなところを想像していたけれど、何のことはない、住宅地の端に昔からある神社みたいなところだ。
宮司さんなんかは常駐しているわけではなさそうだけれど、今日は鳥居の手前に青い袴を着た神職の人が立っている。
車にプリントされた社名を見たのか、手を振ってきたのだが突然手の動きが止まり、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「す、すみません! もう少しその、離れた場所に停めて頂けますか?」
「あぁ、はい。良いですけど……」
「それからその、助手席の方がその、刑部社長が仰ってた、晃太郎……さん、でいらっしゃる……?」
「はい、そうですけど?」
「大変失礼なことを申し上げているのは重々承知なんですが、できればその、一度お姉さんの方だけ、こちらに来て頂けますか? いちおう事情をご説明しますので」
「はぁ、まあ構いませんが……じゃ晃太郎、ちょいステイ」
「犬かよ」
晃太郎のツッコミを無視して、宮司さんと思しき人について歩いていくと、だんだん神社の『ヨゴレ』が見えてきた。
小高い丘の麓にお社がある。問題はどうやら、お社の後ろの丘だ。
「これ、御神体は後ろの丘ですか」
「そう、そうなんです! その御神体がですね……なんというかこう、ぞわぞわと妙な動きをし始めまして」
「はい、何か分かります」
私にだってわかる、これはダメなやつだ。
明らかに人智の及ぶ範囲のはるか外側、神だの悪魔だの仏だの鬼だのといった、本来なら人が手を出しちゃ絶対ダメなアレだ。
「何が原因かはわからないのですが……その、突然この山が、御神体がこのような状態になりまして、もうどうお鎮めすればよいものか……」
「他の、例えば拝み屋さんとかは?」
「この手の問題にお詳しい先生に、お2人来て頂いたんですが、その……鳥居を潜る前に『これは手に負えない』とおっしゃいまして」
「でしょうねぇ……あの、一応事前にご説明があったと思いますけど、ウチが対処した場合は『何があってもとにかく全部焼き尽くす』感じな対処になります。当然、御祭神もおられなくなりますけど」
ふぅ、と大きくため息をつく。これは大変だ。
もう既に『プロ』が見てみて『ムリ』と判断した案件。そりゃもうお母さんもふっかけられるだけふっかけたことだろう。できれば回れ右して帰りたいけど、そうも行かないか。
「承知しております。どうか、何とかなりませんでしょうか」
「分かりました。それじゃあこちらの書類にサインをお願いします。処理中、処理後に何が起きても、弊社としては一切の責任を負えませんのでその同意書と、あとこちらは機密保持契約書になります。間違っても動画を撮ったりSNSであげたりしないで下さい。それとこちらは作業立会者のご署名欄です」
私が指し示した箇所に宮司が非常に美しい字を書き込んでいく。若干手が震えながらも美しい字を書けるというのは凄いことだ。
「では、作業に移らせて頂きます」
私は車の方へ振り向いて、退屈そうにスマホを眺めている晃太郎に電話をかける。
1コールだけかけてから切ると、のそのそとこちらへ歩いてくる。
宮司が少し後ずさるのが視界の端に見えた。
「あ、もうちょい離れたほうが良いですよ。『視える』方であの子に慣れてないと、体調崩す人もいますから」
「あ、ありがとう……ございます……」
宮司は怯えた声でそう呟いて数歩後ずさる。
そうだよな、これがきっと普通の反応なんだ。
刑部家の面々は、もう既にこの子にすっかり『焼き尽くされて』しまっているから守護霊の類なんて何も無い。
自衛の術だけは叩き込まれたけれど、もしそれがなければ私の身体は、悪霊だの浮遊霊にとって良い立地の格安物件になってることだろう。
「はぁもう、やだやだ」
「日向ちゃん、絶対今何か失礼なこと考えたでしょ」
「君みたいな察しのいいガキは嫌いだよ」
「はいはい、んで? とりあえず社殿行けばいいかな」
「そうね。まぁ御神体は山らしいんだけど、晃太郎何か視える?」
「んー、山?」
「そうよね、そうだったわ。キミそういう男だったわね、忘れるとこだった。とりあえずあの御山が妙なのよ。だから社殿じゃなくて、奥の御神体を奉納してる奥の院的なとこ? その辺が良いかも」
「了解。日向ちゃん来ないの?」
「今回は私もパス。行ってら」
「はぁい。時間どれくらい?」
「んー、そうね……とりあえず1時間。落ち着いたら電話するから」
「はーい。じゃ行って来まぁす」
あいも変わらず、緊張感などカケラもない様子で鳥居をくぐる。
宮司さんがビクッと全身を硬直させると同時に、私の全身にも鳥肌が立つ。
あの子が、『臨界状態で剥き出しの原子炉』なあの子が神社に入るということは、神様にケンカを売りに行くようなものだ。
さて、私にとっても気の抜けない1時間になりそうだ。
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