最凶コミュ障魔王の闇落ち奇譚~友人を求めし孤独な王は世界を破滅に導く~

べろちえ

序章:力が制御できず街を破壊しちゃった編!

プロローグ 歴史は勝者が語るモノ

 ビビッ……ビビビッ……

 感情もなく繰り返される電子音の中。

 

 私の両腕に何本のチューブが繋がれ、衰弱目的の点滴バックが夥しい量で吊るされている。

 

 白く染まっている部屋の中、天井の一点をただ見つめる。

 最近は視界がぼやけて、耳も悪くなっていた。

 下を向けば、色素を認識できてないのか白しか目に入らず、唯一判別できる自分の長い黒髪が垂れており、全身を預けている病床は私の血を文字通り吸っていた。


 消毒液の匂いが鼻を襲い、部屋の外には慌ただしい足音が聞こえる。


 きっと、くだらない実験体の逃走でも起きてるのだろう。そうだ、たくさん困っとけ。

 ほんと、清々する。

 少し前まではその音に反応して動悸が生じていたものの、今ではすっかり心臓が麻痺しちゃって何も感じない。


「……」


 自分の声を確かめるように口を開けると、何も出なくなっていた。

 意味もなく頭を項垂れ、少しして首を上げ直し、点滴袋に繋がるチューブをじっと見つめる。

 どこか、その光景が私の人生を操り人形だと暗示しているような――気がした。

 点滴袋から流れる液体が暗い部屋の中、薄い灯りに当てられ鈍く光っている。

 ただひたすらに感覚が鈍く感じて、私が生きてるのか、それとも死んでいるのか……そんな事も判然としなかった。


 前までは知っているゲームの世界にやって来て何をしようか――なんて企んでいた気がするが、そんな記憶も洗い流されて欠片すらも思い出すことが出来ない。

 

 ただ覚えているのは私がカーレナータ、実験の末に生み出された史上最強最悪の魔王。

 実験の末、か……

 今思っても、ひどい実験ばかり受けてきた。

 

 魔王になる為に得る、その力には代償が必要だ――とでも言いたげな実験ばかりだ。

 例えるなら、検証として劇薬を何でも飲まされ、限度を幾度も越えた肉体鍛錬と、脳が考えたくない、という感情より先に頭を回す力が尽きるほどに辛い、脳の過負荷実験。

 異世界転生はして無双や最強にはなりたいけど、その代わりに人々は倫理や論理を無視した実験を、数年以上毎日受けたいのか?――その答えは、否だ。


 

 苦しくて、辛かった。


 

 死にたかったけど死ねない。これは勇者の血が流れている証だと言われたが、気に食わない。

 何で創作物のような転生した先で楽な生活をくれなかったんだ、神様。

 と当時は恨み節を沢山吐いた。しかし現実は何も変わらなかった。

 


 実験時以外にできる事は、天井に出来た年季の入った皺を数えるか、息を吸うか――それだけ。


 もう、ここに来て何年経ったのだろう。看護師を担う人が数度変わり、部屋に置いてある花瓶の花も幾度と変わって、次第には変えるのも面倒くさがられたのか、枯れた花のままになっていた。


 手足は石像のように微動だにしなかった。

 動くには動くが、通常時は異常なまでの重りを着けられてる為、一切の身動きが取れない。

 抵抗しようにも、一定以上の力を入れると強力な雷撃が体を襲い、意識を失うまで身体を痛めつけられるのだ。

 その感覚が死ぬほど嫌だ。


 

 寂しい。凄く、寂しい。

 


「たす……たしゅ」

 ようやく出た言葉が上手く纏まらない。薬のせいだ。


 捕まってからどれぐらい過ぎたのだろう……私の頬からは自然と涙が溢れ出た。


 身体は一切動かないのに涙は出せるんだ、と少し自分を馬鹿にしたくなる気持ちに駆られるが、それは一旦唇を噛んで呑み込む。


 神様。本当に居るのなら私をこの地獄から助け出してください。


 

 願う。強く願った。


 

 願わくば元の世界に戻してください。


  

 異世界転生に夢を見ていたのですが、こういう始まり方があるのだと深々と知ってしまいました。

 平穏に平穏故の良さがあるのだと分かりました。

 鳥籠の中にいた方が世界は美しく見え、一歩出た先には地獄しかないのだと。

 

 元の世界は先人が犠牲となって作り出した平和が流れていたけど、この世界には温かさが全く存在していない。形を呈してすらいない。

 毎日がつまらなくていいんです。毎日が、味気なくていいんです。


  

 平和が一番。だから、だから……

 

 

 僕を、私を、俺を――元の世界に返してください。






 時が流れる。何も起きない。






 ああ、何度願ったのだろう。

 何も世界は変わらないし、現状は変わらない。


 

 やっぱり、神はいないのだと実感してしまった。 


 

 そう思う刹那――胸の奥から力が強く溢れ、自分のあらゆる場所で力が炸裂し始める。


  

 (待って。それじゃあ雷撃が流れちゃう!)

 

 思考を遮るように肉体が勝手に動き出し、警告するよう重りが悲鳴をあげる。

 一切の制御ができず、全身を雷光が駆け抜け――視界が白く弾けた。


 

 轟音。

 光。

 感覚がちぎれて――

 身体が闇に沈む。


 

 ようやくだ。 

 変わり映えのない平穏な日々が、戻ってきた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 実験体を見張る監視室では緊張がほとばしっていた。

 先刻起きた出来事を研究員内で高速に広まる。

 

 実験体零を監視すべく、視界を共有していた魔獣が激しい電撃を受けて記憶喪失した。

 それと同じくして、部屋中でサイレンが鳴り響く。

 実験体零、研究所内で最も潜在能力を持ち合わせた個体。

 その制御不可という事態が意味するのは、全実験体の中で唯一魔王を体内に降臨させることに成功させたということ。

 倫理や論理を超越した研究所の終焉を伝えているのだと、この場にいる全員が悟る。

 

 

「実験体、異常数値を報告!病室の状況不明。警備隊、たちまち確認急げ!手間暇ある研究員は逃走経路を確保せよ!」

 その場で唯一、光に照らされ輝く白衣を着る、角と尻尾を生やした――魔族が脂汗をかいて、部下に指示を行う。

 


「了解です。全警備隊に告ぐ!実験体零が逃走、現場へ急行し、指定対象の無力化を試みろ!!」

 通達を受けて部下の一人が通信を行う魔導具に語り掛け、研究員は急いで監視室にある脱出用経路を開ける装置を動かす。


  

「全く、最終段階へやってきたというのに暴走か……これは実験体三号以来か?」

 その合間を縫って指示を終えた女は汗を拭きつつ、助手に語り掛けていた。


  

「あれは恋愛関係が原因だったから研究所にいる男性職員は全て排除したというのに、あの子は一体なんの為に暴走したのだろう?」

「はっ……心当たりなんてあり過ぎるからな。どこで恨まれたのは知らねーが、かなり大人しい個体だっただろ?なんでだ?」

「さあ?でも問題は実験体が最高傑作だということじゃない?恐らく警備隊は時間を稼ぐなんてこと出来ないだろうし、私達は早めに逃げた方がよろしいと思うよ」

「……それなら第二プランも発動しよう。実験体達による殺し合いだ。おいクラム!戦える実験体を全部召喚しろ!」

 サイレンに負けないよう声を荒らげる。そして狂乱の中、的確に指示を配る。

 

「了解しました!それとお二方の逃走経路が確保できました」

「了解だ。助手くん、君も早く行くぞ。お前ら、時間を稼いでくれ。脱出した際、この研究所を徹底的に爆破させる!」

 一度思考を入れて判断を出し、女は脱出口へ駆け抜ける。

 

 焦燥と恐怖が空気を支配する。

 誰もが我先にと脱出を目指す。

 しかし、全てが遅かった。


 

 脱出口が開いた瞬間――


 

「おまえはっ!こんなにも早くここを見つけるのか!」 

 闇の奥からゆらりとが現れ、電気を全身にほどばしらせながら、道を塞ぐ。

 色が変化した白い長髪が研究所の中で一層目立ち、その中に数房の青き髪が混ざった小柄な少女に、女は足を止めざるを得なかった。



「あはっ……あははは!私が逃げただけでこのザマとか……ほんとっ……情けねぇよ!」

 狂気に満ちた嗤いを漏らし、黄金色に輝く両目と共に満面の笑みを浮かべる実験体零――カーレナータだ。



「くそっ……助手、お前だけでも逃げろ。脱出口は別にあるし、せめてこの情報は本部に伝えるべきだ」

「で、でも……」

「良いから早く逃げろ!情報が命だ!!」

「は、はいっ……頼みました!」

 背後を付いてきた助手は踵を返して、逃げ出した。

 足音が遠ざかったのを感じて女は、侵入者に返事をする。


 

「さて、実験体カーレナータ。卒業おめでとう……いや、今は魔王様とお呼びしたほうがよろしいか?」

「なんだぁ……?命乞いするなら、後にしてくれない?」

 言い終えるより早く、声を上げて素早く距離を詰める。

 バックステップを挟んで下がってみるも、足の速さで負け、一瞬で距離が無くなる。

 彼女の拳は髪を掠め取り、女はギリギリの所で避けることに成功した。


「今の一撃、さすがだ……卒業祝いに見せましょう、カーレナータの中に居られる魔王様。我が一族の秘技、決闘モード!!」

 更に距離を遠ざけ、魔力を高速回転させて身体への負担を増加させる。


  

 それは後に戻れない力の限界突破。


  

 彼女の一族が緊急事態に使用する一対一の魔法。

  

 勝てば二度と戦えないレベルのダメージを受けて生き残り、勝てなければ普通の死よりも辛い死を迎える死の魔法。


「魔王様、私のプライドをかけて……一騎討ちを提言します!!!」

 女は身体がはち切れそうな程に膨らませ、巨躯となってカーレナータに咆哮を浴びせる。


「一騎討ちか~!おもしろいこと考えるじゃん。では、挑戦者の実力を見るとしますか」

 だが、彼女は愉快に口の弧を曲げて、ただそこに腕を組んで立っていた。


 

「魔王様にどれぐらい効果を与えるか分からないが、行くぞ!」

 魔王には効果が薄いことに勘づいて、方法を変える。

 魔力を捻じ曲げ、魔族で伝わる禁術を発動させるべく、女は異型に変化しようと己の舌を噛みちぎる。


 

「秘技、原種化!!」

 全身が軋み、皮膚が弾け――徐々に姿を巨大化させていた。

 咆哮し、空気が震える。

 だが、魔王は臆せず一歩を踏み出す。

 

 

「でもさ、その変身は遅いって。もう戦いは終わってるよ」

 近寄らせないように睨み付けるも、そんなのは見えてないように魔王は微笑んだ。


 

「この場合――罪状は魔王への反逆。是非を問おう、魔眼アパラローカ」

 空間が歪み、女の身体を光に溶け――挑戦者の世界は、闇に落ちた。

 


 

  

 

 

  

 

 


 

 

 

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