第26話 機械との一幕

 深夜。

 草木も眠る丑三つ時と言うが、この管理都市に眠りは訪れない。

 規則正しい街灯の明滅。巡回する警備兵の足音。


 その中心にそびえ立つ『大時計塔』は、まるで都市の心臓のように、ゴーン、ゴーンと重低音を響かせていた。


「……デカいな、近くで見ると」


 私たちは塔の真下、搬入用ゲートの影に潜んでいた。見上げれば、首が痛くなるほどの高さ。頂上は雲に隠れて見えない。


「メテウス。キーのデータは?」

『あぁ、リンク完了だ。……そこの搬入ゲートのパネルにかざしてみな』


 耳元の通信機……骨伝導式の魔道具だそうだ、からメテウスの疲れた声が響く。彼はアジトに残り、システム側からバックアップをしてくれている。


 私は懐から、データを上書きした『偽造カードキー』を取り出し、パネルへと押し当てた。


 ――ピピ『認証:アインセル公爵。……権限確認。ゲート開放』。


 重厚な金属扉が、プシューッという蒸気を吐き出しながら左右に開いた。


「ビンゴだ。行くぞ」

「へいへい。……嫌なにおいと金のにおいが一緒にしまっせぇ」

「お嬢様、お背中をお守りします」


 私、リチャード、イザベルの順で、塔の内部へと足を踏み入れる。


 *――*――*


 塔の内部は、巨大な空洞になっていた。壁一面に張り巡らされた無数の歯車が、カシャン、カシャンと噛み合い、回転している。中央には、頂上まで続く太いシャフトと、それに沿って昇降するガラス張りのエレベーターが一基。


「……趣味が悪い。とことん設計者とやらとは合わんな、巨大な腹時計の中にいる気分だ」


 私はエレベーターに乗り込み、操作盤の『最上階』ボタンを押した。ガコン、 と大きな揺れと共に、エレベーターが上昇を始める。


 眼下に広がる歯車の海。

 順調だ。あまりにも順調すぎる。


『……おい、エレノア。気をつけろ』


 通信機からメテウスの緊迫した声が飛ぶ。


『キーの認証は通ったが……『重量』がおかしいとシステムが気づきやがった。公爵一人にしては重すぎるってな』

「なんだと? この潔癖症システムめ、体重管理までしているのか」


『迎撃システムが起動する、白血球が来るぞ!』


 その警告と同時だった。


 ――ウィィィン……。


 不快な駆動音が響き渡る。私たちの頭上、シャフトの梁から、何かが降ってきた。エレベーターの屋根に、重たい衝撃が走る。ガラスに亀裂が入った、こいつら自分たちの建物が壊れるのもお構いなしか。厄介な。


「……来たな」


 屋根を突き破り、侵入してきたのは、全身が真鍮の歯車と蒸気機関で構成された、機械仕掛けの兵士たちだった。無機質なモノアイが赤く光り、右腕のチェーンソーが唸りを上げている。


『排除。排泄。不正な侵入者を検知』


「オートマタか……!」


 狭いガラスの箱の中、三体の機械兵が迫る。

 逃げ場はない。是非も、無い。


「リチャード、イザベル! やれるか?」

「やるしかないんでっしゃろ!」


「即座に!」


 私はドレスの裾を蹴り上げた。

 舞踏会のままの格好だが、関係ない。むしろ、この深紅のドレスは返り血が目立たなくて好都合だ。まあこいつらを蹂躙したとて飛び出るのは赤褐色のオイルだろうがな。


「さあ、ダンスの続きといこうか……!」


 私は右手の親指を噛み切り、血を空中に撒いた。

 ぶっつけ本番だが、恐らくできるという確信があった。


「――散れ!」


 私の意思に応じ、空中の血液が硬質化し、無数の鋭利な棘となって機械兵に降り注ぐ。 がりがりと金属音と血の棘が弾ける音が響く。


 成功した。私の思い描いた通りになったのだが、硬い。真鍮の装甲は、多少の傷がつくだけで止まらない。


「硬いな……なら!」


 私は棘を一本に束ね、巨大な『鞭』へと変形させた。

 しなる血の鞭で、先頭の機械兵の脚を払う。


「リチャード!」

「任せとき! ……おいおい、旦那方!」


 リチャードが、大げさに両手を広げて機械兵たちの前に立ちはだかった。

 その口元には、あの胡散臭い笑みが張り付いている。


「そんなに急いで動いたらあきまへんで、 整備不良ちゃいまっか?」


 リチャードの言葉が、現実となって空間に伝播する。


「――あんたらの関節、サビついてもうて赤ぉなってしもてるで」


 ――ギギギ……ッ!


 直前まで滑らかに動いていた機械兵たちの動きが、突然、油が切れたようにぎこちなくなった。関節部分から、赤茶色の錆が急速に浮き上がってくる。


「ははっ…… 相変わらずデタラメな舌だ!」

「錆びついた機械なんざ、ガラクタ同然ですわ!」


 動きの鈍った機械兵の一体が、チェーンソーを振り下ろそうとする。

 遅い。神経をとがらせたヴァンプでなくとも、眠ってしまいそうなほど遅い動きだ。


「――失礼いたします」


 その懐に、一陣の風が飛び込んだ。イザベルだ。


 彼女は侍女服のスカートを翻し、太もものホルスターから銀色の何かを抜き放った。それは、ディナーナイフ。暗器を忍ばせていたのか。


「掃除の時間です」


 ヒュッ! ヒュッ!

 イザベルの手首が霞む。投擲されたナイフは、機械兵のカメラアイ、関節の隙間、動力パイプといった急所へ、吸い込まれるように突き刺さった。百発百中だ、巧いな。


『ガ、ガガ……エ、ラ……』


 視界を奪われ、動力を断たれた機械兵がよろめく。


「トドメだ、お嬢様!」

「ああ!」


 私は血の鞭を収束させ、巨大な斧の形へと練り上げた。

 亜人としてのヴァンプの膂力と、血液の質量。その全てを乗せた一撃。


「スクラップになってろ、ガラクタ共ッ!」


 横凪ぎの一閃が、三体の機械兵をまとめて両断した。

 上半身と下半身が泣き別れになり、火花を散らしてエレベーターの床に転がる。無駄に広く作りすぎたのがお前たちの敗因だ、フルスイングが余裕で出来た。


「……ふぅ」


 私は血の斧を霧散させ、乱れた髪をかき上げた。

 かごの中はオイルと鉄屑まみれだが、私たちは無傷だ。


「ナイスアシストだ、二人とも」

「いやはや、姫の怪力には毎度肝が冷えますわ」

「お洋服が汚れなくて何よりです」


 三人で顔を見合わせ、ニヤリと笑う。

 エレベーターは、戦闘中も止まることなく上昇を続けていた。やがて、頭上に光が見えてくる。


 最上階だ。


『……やったな。到着だ』


 メテウスの声にも、安堵の色が混じる。


『その扉の向こうが、時計の間。……世界の時間を管理する中枢であり、あの人がいる場所だ』


 エレベーターが、静かに停止した。

 目の前には、歯車の意匠が施された巨大な両開きの扉。


 私は深呼吸をひとつ。

 乱れたドレスの裾を直し、扇子を構え直した。

 戦闘モードから、令嬢の顔を捨て去って、私本来の顔へ。



「よし。行こうか」


 私は扉に手をかけた。  重い扉が、地響きと共に開かれていく。


 そこには――。

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