第11話 外側の存在

「……東の方角の『都市』。そこには、奇妙な『噂』が流れております。『世界の外側を歩く男』がいる――と」


「……世界の外側を?」


 これは何とも、いきなりアタリを引いたか。

 

「ええ。誰も彼の素性を知らず、ギルドや王都の貴族連中の名簿にも登録がない。だというのに、あの『設計者』様の作ったルールの穴を突くように、都市の最奥区域を気ままに散歩しているとか。……『招かれし者』という言葉に心当たりがあるなら、その男が何かを知っているかもしれませんな」

「待て、設計者?設計者とは何だ、その迷宮とやらを作り上げた人物の事か?」


 私の言葉に、私以外の全員が固まる。


「それは……どのような意図でしょうか?」

「せやった。そこの説明端折ってましたわ。あぁ、エルメスはん、他意は無いんです、ホンマに記憶がないだけで、姫さん目ェ覚ましたばっかりでまだ寝ぼけとるんですわ」


「ふむ。なら、私からその設計者について説明がいるという意図だったと?」

「それ以上でも、以下でもない。気に障ったのなら謝ろう」


「あはは、そうでしたか。ならばよし、失礼の詫びにこの情報はタダとしましょう。」


 ――曰く、この世界には設計者と呼ばれる神のような存在が広く認識されており、信仰の対象となっているとのこと。私の中で勝手に作り上げていた人物だが、他人の口から登場するとは思わなんだ。


 ゲームのような世界だと前々から思っていたが、本当にその通りではないか。


 つまりまとめるとこうなる。


 この世界は何かをもとにして『設計者』とやらが作り上げた箱庭。そしてその世界には亜人と呼ばれる人と獣が交わったかのような見た目の種族がおり、その中には伝承に聞くヴァンパイアのような種族も少ないながらも存在している。


 そしてそんな世界に存在する中の何者か……あの大女曰く『召喚者』や『賢者』と呼んでいたが、ソレが私の魂をこの体に入れ込んで、大女が細工を施し今の私が完成した。


 目的は不明。エルメス曰く『世界の外側を歩く』奴であるとのことなので設計者とは目的を違えている可能性があるが、それも確定した話ではない。

 

 

 (……なんだこの奇妙な三角形は。)


 

「有難う。この世界の全貌が朧気ながらも把握できた」

「いえいえ。対等な取引をするのであれば、対等な知識がなければならない。正直言って、ご令嬢の血に対してですと、私の知識では少々見劣りしてしまう。私は貴女と対等にありたいのですよ」


 あくまでも真摯に向き合うエルメスの姿に、私は息をのんだ。


 本当につかめない男だ。


「まあ奴さんの目的がどうであれ、私の行動に変わりはない。猶の事一言二言、いやさもっと文句言ってやりたくなったね」



 *――*――*


 地下室から戻った私たちは、休む間もなく行動を開始した。 やることは山積みだ。


「リチャード、その金で旅に必要な最低限の装備を揃えてくれ。馬車もだ。ただし、この城から足がつかないよう、お前のルートでうまくやれ」

「へいへい、任せとき!」


 リチャードは、エルメスから受け取った金貨袋を嬉々として懐にしまうと、獣人ハーフの俊足を生かして、あっという間に城下町へと消えていった。

 あいつなら、確実に適正価格以下で最高のブツを揃えてくるだろう。守銭奴の目利きを信じる。恐らく幾分かちょろまかされるとは思うが、いいだろう。


「イザベル!」

「はい! お嬢様!」


 いつの間にかキビキビモードになっていたイザベルが、手帳を片手にてきぱきと動く。


「食料と、この身体用の『保存食』の確保を。それと、私の着替えだ。こんな可愛らしい恰好で旅はできん。動きやすい平民の服を。もちろん、日差しを避けるためのフード付きのマントもだ」

「承知いたしました!すぐに!」


 イザベルもまた、城に残された数少ない使用人たちにテキパキと指示を飛ばし始める。 財政難とはいえ、最低限の管理は彼女が行っていたらしい。


 私は自室に戻り、テーブルに広げられた空白の地図を改めて眺めていた。


 中央に描かれた、この城。そして、はるか東を示す、私の指。

 今現在地図に描かれている最果ての『都市』。


(……世界の外側を歩く男、か)


 私をこんな面倒事に巻き込んだ『召喚者』本人か、あるいはそれに近しい存在か。どちらにせよ、会いに行ってたっぷり『お礼』を言ってやる相手には違いない。


 窓の外は、すでに夕闇が迫っていた。

 『日光』が弱まるこの時間帯は、この身にとって最も調子がいい。


 それから、半日も経たなかっただろう。 城の正面玄関には、リチャードがどこから調達してきたのか、質実剛健だがよく手入れされた馬車が一台、停められていた。


「姫様、お待たせしました。ブツは上々、お値段は友情価格ですわ。いやあ友達は多いに越したことないですなあ。わっはっは」

「よくやった」


 リチャードは、いつもの胡散臭い優男の顔に戻っている。

 イザベルも、大きな荷物を馬車に積み込み終えたところだった。


「お嬢様、準備完了です!いつでも発てます!」


  彼女もまた、侍女服ではなく、革のベストとズボンという動きやすい旅装に着替えている。もちろん、彼女自身の荷物も背負っている。


 そして、私だ。フリルのドレスではなく、黒いズボンと、フードのついた暗い赤色、まるでガーネットのようなマント。

 これなら、日中の移動も多少はマシだろう。


「……お嬢様。本当に、よろしいのですか?」


 イザベルが、ふと不安そうに、生まれ育った城を振り返った。


「この城を、捨てることになりますが」

「捨てるんじゃない。置いていくだけだ」


 私は、イザベルの視線の先にある城を見上げた。 私にとっては、目覚めてからたった数日も過ごしていない『仮住まい』だ。 感慨など、欠片も湧かないと言えばうそになるが、足止めにはならん。


身体わたしの故郷はここだったかもしれんが、わたしの故郷じゃない。それに」


 私は、馬車の御者台にひらりと飛び乗った。

 

「あの地図の空白を埋める方が、よっぽど面白そうだ」


 私は、まだ見ぬ東の空を――『都市』があるであろう方角を見据えた。


「リチャード、手綱は任せる。イザベル、お前は後ろで警戒だ」

「へい!」「はい!」


「……さて」 私は、フードを目深にかぶった。

「新生エレノア様御一行(仮)の、記念すべき門出だ」


 私は、不摂生で死んだ前世では決して言えなかった、自信に満ちた声で命じた。


「――出発しろ」

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