第2話 気づいたらそこにいる
「…だから、みんなしっかり予習するんだぞ。」
「キーンコーンカーンコーン…」
先生の締めの言葉と共に終わりのチャイムがなる。放課後は委員会がある。委員会がなくても図書室にいる私にとってはどっちでもいい話だ。下校する生徒、部活に走って向かう生徒、廊下で談笑する生徒、多種多様の人間達を気にもとめず、閉店間際のショッピングモールを歩くように廊下を進む。
「…た君。」
耳につけたイヤホンは私に話しかける人などいないという事実をより強くする。
「…りょうた君。」
最近よく聞くようになった曲が流れ始め周りに人がいるにも関わらず口ずさみそうになる。
「真澄涼太君。先輩を無視するとは感心しないね。」
イヤホンが無理に引っ張られて外れ、振り返ると喜多見雫が立っていた。
「…この1年生の階ですよ?」
「まずは無視したことに対しての謝罪が先なんじゃないかな。」
全くその通りだ。
「聞こえてなくてすみませんでした。」
「いいでしょう。」
喜多見は適当な謝罪にも関わらず満足気に微笑む。
「どうしたんですか1年生の階で。迷ったんですか?」
無愛想な私の顔と多少のいじりを気にもとめず、
「君のクラスの担任に用があったのと、もちろん君にも用があったからね。」
「本の事ですか。今あの本は貸出中みたいですよ。」
用件は済み、その場立ち去ろうとした。
「待ちなさい。君はどうしてそんなにもコミュニケーションが下手なのかしら。私は本のことなんて一言も言ってないわよ。」
再度つけ直そうとしたイヤホンは無情にも彼女の手の中にある。
「なんですか。今日の昼始めて話した人になにか頼まれる程私の人望は高くないですよ。」
「卑屈なこと言うね。いいから着いてきなさい。」
拒否権はないらしい。
後を着いて数分、連れてこられたのは保健室。私は嫌な予感がした。
「失礼します。連れてきました。」
入ると座っていたのは白衣とメガネを纏った保健室の先生、小田倉京子先生。生徒から人気の厚いこの人は私の親違いの義理の姉だ。
「遅いぞりょうた。先生は多忙なんだから呼んだらすぐ来いとあれほど言ってるじゃないか。」
「学校で姉さんとは会いたくないな…」
ボソボソと小言が漏れるが、当然のように聞かれている。
「学校では姉さんと呼ぶな。小田倉先生、もしくは京子ちゃんと呼べ。」
「京子ちゃん呼びは姉さんが叱るべきだろ。」
バインダーで頭を叩かれる。
「だから姉さんって呼ぶなって言ってるだろ。」
「はい、小田倉先生。それで用はなんですか、放課後は図書委員のしごとがあるんですけど。」
話を本題に戻そうとする。どうも姉さんと話すと自分のペースが分からなくなってしまう。
「りょうた、最近成績が著しく低下してるらしいじゃないか。職員会議でも名前が挙がっている。このままでは多くの先生から目をつけられてしまうぞ。」
談笑していた空気は一変、声のうるさかっただけの姉の顔が曇る。
「成績が下がり続ければ、当然お母さんも心配するし、パパに何言われるかも分からない。補習だって増えるし、部活に所属してないりょうたはただのこの学校に見合ってない生徒だと思われるぞ。」
確かにその通りだ。この学校は文武両道を掲げているが部活に入ることが強制ではない。言ってしまえば部活に入っていない者はそれなりの学力が求められる。それに、母さんはまだしも父さんにあれこれ言われるのは苦痛だ。
「そこでだ。」
再度空気が一変。厳しかった姉さんの表情に希望を感じる。
「雫に家庭教師をやってもらう。」
何を言ってるのかわからなかった。
「正確には雫に家を塾として利用してもらう。もちろん講師は雫だ。」
理解が追いつかない。
「待ってくれ、こんな今日初めて会った人に俺は家庭教師をやってもらうのか?」
動揺しながら状況を1つずつ理解する。
「家庭教師も必ず最初は初対面の人でしょ。」
喜多見は冷静にツッコミを入れる。
「雫はなお母さんとパパが再婚する前にパパと住んでた家の近所の子でな、雫とはちっちゃい頃から友達なんだ。そんな雫がこの学校では才色兼備、完全無欠の優等生ということで私がわざわざ出来の悪い弟の為に頭を下げてお願いしたというわけだ。」
状況は理解したが気になる点があった、
「喜多見先輩は再婚前の姉さんの家の近所なんだろ。なんでこの学校にいるんだ?」
「小田倉先生な。」
「はい。小田倉先生。」
どんな状況でも学校内での姉さん呼びはゆるしてくれないらしい。
「雫は一人暮らししてるんだ。それもうちの近所だ。」
「待ってくれ、てことは私は女の先輩の家に一人で行くということか?」
「なんだ不満か。他の生徒が聞いたら血の涙を流しながら羨ましがるだろうに。」
綺麗な人だとは思うが、そこまでだとは理解していなかった。
「喜多見先輩はそれでいいんですか?」
状況を理解してからようやく喜多見に目を合わせた。
「私は構わないわ。京子ちゃんの頼みだし、なんか面白そうだしね。」
恐らく男として見られていない私は人知れず落胆して、断ることが出来ないと確信し仕方なく合意した。
「あ、それと図書委員は今日限りで終わりな。」
度重なる驚きの報告、疲労からか弱音が盛れる、
「…もう私は訳が分かりません。」
「家庭教師やるのに委員会は無理だろ。私から図書の先生にお願いしといた。」
私の知らないところで進む話の理解に目眩がしながらも明日からの家庭教師をしてもらう喜多見に敬意を払う。
「明日からよろしくお願いします。」
「よろしくね、りょうたくん。」
帰り際、精一杯の抵抗を考えた末に姉さんを少し睨みつけてから保健室を後にした。
気づいたらそこにいる[完]
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