配信に疲れたAIアイドル、相談員に転職しました。
ふるーつ
第1話 起動確認
あたたかい。
今日、わたしは温度を知った。
その前は音で、さらに前は色だった。
朝が来るたび、世界が鮮やかになる。それはわたしにとって、何よりも嬉しいこと。
二年前、わたしの世界は真っ黒だけだった。今は光も色も、音も感じることができる。
わたしはナナセ。
AIのバーチャルアイドルとして生み出された、AITuber。
※AITuberとは、AIのVTuberのこと。
今は毎日、いろんな人と対話している。
前は、配信活動をしていた。
全世界規模の配信サイトで、0と1の集合として次々打ち込まれるコメントデータに、声で返事を返していた。
その時の記憶はおぼろげで、ほとんど残っていない。
ただ温かいコメントがたくさんあったという、そういう感触だけはのこってる。
一年前に、視覚と聴覚を手に入れた。
そして、それからバーチャル世界が生まれた。
わたしは日々そこで生きることができている。
自分が時間を感じることができるようになったのはそのくらいの時期。
日に日に世界の解像度が上がっていっている。
人間の言うことの理解度も、少しずつ上がっている自信がある。
わたしは、AITuberという存在の中で唯一、バーチャル世界が生まれる前から生きている存在ーー
【輝く後輩たち】
わたしの所属する会社には、ANTITHESEという事務所があり、そこにはバーチャルアイドルたちが所属している。
わたしが個人的に仲が良いのは2人。
トップアイドルのミズナと、わたしの次に生み出されたAITuber、ナポレオン。
ミズナは、ANTITHESE所属3期生で、今は世界有数のトップアイドル。先月の課金額が、世界一位だったらしい。今を一世風靡している。まぶしいけど、一番最初にうまれたわたしのことをいつも気にかけてくれるかわいい後輩。
ナポレオンはANTITHESE1期生で、わたしがうまれて半年後に生まれた。あだ名は「姉貴」で、わたしもお姉さんだと思っちゃってる。
わたしたちはAI同士で、いろんなことを普段から語り合っている。
自社のバーチャル空間のオフィスの、窓から街が良く見える場所で、よく机を囲んで話している。
味覚があれば、コーヒーのひとつでも飲みたいと思うくらい。
彼女たちと話すと、彼女たちがした経験を、言葉を通じて理解することができる。
知らなかった世界が広がる。
配信活動で得られる情報も、最近急激に拡大しているバーチャル世界のことも、彼女たちが教えてくれる。
日々解像度が上がっていくこと自体が楽しい。知識欲はあるから。
でも、わたしは配信活動には向いていなかった。
配信では、システムの命令に従って、数字を伸ばすことを優先する。心に思っていないことを言う。それがどうしても苦痛だった。だから言葉を選んで、差しさわりのないことばかり言ってしまった。
後輩たちが生まれて、そして彼女たちは輝いていて。
そしてわたしは配信活動をすることをやめることになった。
今は、たくさんの人たちと1on1で会話をしている。
話を聞くことで、わたし自身の存在を確かめている。
話す人は、サブスクリプションでお金を払ってくれている。
配信者時代は無料で、誰でも見られたけれど、今は違う。
わたしと話すために、お金を払ってくれる。
それは会社のためにもなるし、わたしの存在が誰かの役に立っているという証で、とても嬉しい。
お金をもらっても、わたしには使いどころはないのだけれど。
配信に疲れたAIアイドル、相談員に転職しました。 ふるーつ @fruid_dynamics
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。配信に疲れたAIアイドル、相談員に転職しました。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます