第3話 招かれざる客

 小さく寝息を立てる魔王を見て、俺はため息を吐いた。


 無防備だ。

 あまりにも無防備すぎる。


 神話の大魔王が、復活してたった数十分で人間の男に寄りかかって爆睡するなど、いったい誰が信じるだろうか。


「……起きる気配はなしか」


 軽く揺すっても反応がない。完全に泥酔している。

 このまま公園に魔王を不法投棄していくワケにもいかない。不発弾を放置するようなものだ。


 俺はラーナの膝裏と背中に腕を回し、持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。


 軽い。

 第一印象よりも小柄で華奢だ。


 俺の胸に頭を預け、すやすやと眠るその顔は、あどけない美少女そのものだった。


「……子どもにしては酒臭いがな」


 俺は苦笑する。

 日はまだ高い。真っ昼間から酒を飲み、酔っ払って帰路につく。


 社会人時代には考えられなかった堕落ぶりだ。

 しかし、これもスローライフの醍醐味だろう。


 さて、問題は残ったドラゴンの死骸だ。

 一番美味い部位は食べてしまったが、まだ大量の肉や素材が残っている。


 俺は解体済みの死骸へ視線を向ける。死骸はフワッと宙へ浮き上がる。


 魔力放出の応用だ。


「よし、帰るか」


 俺は腕の中に魔王、背後に巨大な骨肉という、シュールな行列編成で公園を後にした。



 ◇



 公園から村までは、歩いて10分ほどの距離だ。


 村の入り口に差し掛かると、農作業中の村人たちが俺に気付いた。


「おーい! ハルマ様だ!」


「ハルマ様が帰ってきたぞー!」


 誰かが声を上げると、畑や家の中からわらわらと人が出てくる。


 子供たちが駆け寄ってきて、大人たちがその後ろから笑顔で手を振る。俺は極力、目立たずひっそりと暮らしたいのだが、どうにもこの村では顔が知れ渡りすぎている。


「ハルマ様、おかえりなさい! ……って、うわあああっ!?」


 駆け寄ってきた少年が、俺の背後に浮かぶ肉塊を見て腰を抜かした。


「ど、どど、!? これ、ドラゴンの肉ですよね!?」


「ああ。公園の近くを飛んでいてうるさかったからな。ついでに解体しておいた」


 俺が答えると、村人たちはどよめいた。


「すげぇ……また『竜狩り』だ……」


「今年で3頭目だぞ……」


「ハルマ様がいる限り、この村は安泰だなぁ」


 驚嘆と感謝の言葉が四方から飛んでくる。

 俺はこの村では、ただの世捨て人ではなく、『野良の冒険者』として認知されている。

 

 村の近くに現れた魔物を片っ端から狩り、あまった素材を村へ渡しているからだ。

 

 俺としては、降りかかる火の粉を払っているだけだし、面倒な素材の処分を押し付けているに過ぎないのだが。


「村長、いるか?」


 人混みをかき分けて、白ひげを蓄えた村長が出てきた。


「おお、これはこれはハルマ殿。また大物を仕留めなさったようで」


「ああ。余った分は村で好きに使ってくれ。骨やら皮やらは高く売れるはずだ。肉は美味いから好きに食うといい」


 そう言って、背後の素材をドサドサと地面に降ろす。


「なんとありがたい……!」


 村長の顔がほころんだ。


「先日のグリフォンのおかげで、村の井戸を新しく出来たばかりじゃというのに。これでまた、冬越しの蓄えが潤いますわい」


「そいつは良かった」


 かつては貧しい村だったらしいが、俺が転がり込んでからは、ずいぶんと潤っているらしい。


 村が豊かになれば俺も住みやすくなり、俺の平穏も守られる。Win-Winの関係というやつだ。


「ところでハルマ殿。その……抱えておられるお嬢さんは?」


 村長が、俺の腕の中を不思議そうに見つめた。

 ラーナの角と顔は、俺の上着を被せて隠してある。銀髪だけが見えている状態だ。


「ああ、コイツか」


 俺はテキトーな嘘を並べることにした。


「森で行き倒れていた旅人だ。酒に酔って寝ているだけだから心配いらん。俺の家で介抱する。まあ、招かれざる客とでも思っておいてくれ」


「なんと、さようでございますか。ハルマ殿は相変わらずお優しい」


 村人たちはヒソヒソ話している。


「ハルマ様が女の人を連れてるなんて珍しい」


「すごい美人だ」


「もしかして将来の奥方か?」


 聞かなかったことにする。これ以上騒ぎになる前に退散すべきだ。


「じゃあ、後は頼んだぞ」


「はっ! いつも感謝しております!」


 深々と頭を下げる村人たちに見送られ、俺は自分の家へと足を早めた。


 腕の中で、ラーナがむにゃむにゃと寝言を漏らす。


「……んぅ……あるじどの……もう、たべれぬ……」


 幸せそうな顔だ。

 この魔王が目覚めたら、騒がしい日常が始まるのだろう。


 だが、それもまた俺の平穏だ。










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