第2話 殺し合い、同じベッドで

第二話


「……さて、やろうか」



 荒野のような砂と土の地面。崖のように削られた山。

 採石所の風景の中で、アイリスはそうつぶやいた。



「うれしいわ。あなたとこうして、また戦えるなんて」

「……ふん。そんなに珍しいことか?」



 キリエの言葉に、アイリスは苦笑していた。



「……今日こそは思い知らせてやる。我が種族、ぬりかべの恐ろしさをな!」



 アイリスはそう宣言すると、虚空からランスと盾が出現し、鎧が装着される。

 ぬりかべ族の売りは、生命力と圧倒的な防御力。


 そして何より、フィジカルだ。



「……ふふふ、あなたの強さなら、とっくに知ってるのに」



 キリエは柔らかく微笑むと、自分の髪の毛の一本を抜き、巨大な薙刀へと変形させた。



「……行くぞ」



 弾丸のような速度で、アイリスが突っ込んで来た。 

 動き出したその瞬間に、突風がキリエに叩きつけられる。

 


「……前より速さが増してるわね」



 ランスの先端だけが、キリエの頬に触れた。一筋の血が流れる

 

 しかし、ギリギリで避けたのは、ただ速度が速かったせいではない。カウンターを決めるためだ。


 

「……燃えろ」



 キリエは、アイリスの腕に手を添える。

 その瞬間、青い鬼火が爆ぜて、アイリスの腕が消し飛んだ。



「……どうしてくれるッ! 夜明けまで生えないんだぞッ!」



 キリエを蹴飛ばしながら、アイリスはそう言った。

 痛みなどモノともせずに放たれた一撃で、内臓が潰され吐血する。 

 キリエは地面に叩きつけられ、何度かバウンドした。



「明日には生えるんだから、お仕事に支障はないでしょ!」 



 

 やはりぬりかべのタフさとパワーはとんでもない。

 純粋なフィジカルでは、キリエは決してアイリスに勝てない。

 殺したくないから手加減してるなんて、言い訳もできない。 


 だって、キリエはアイリスの実力を信頼し、殺す気でやっているのだから。



「……さらに行くわよ」



 アイリスが盾を捨て、槍を拾おうとした隙を、キリエは見逃さなかった。

 キリエは鬼火の砲弾を、何発も連射する。だが――



「無駄だ」 


 

 何枚もの『壁』が地面から生えてきて、鬼火を防ぐ。

 アイリスの防具や武器と同じ、黄金の壁だ。

 何枚かはぶち抜けたが、威力が足りない。


 爆煙で視界がふさがれ、突風でキリエのスカートが舞い上がる。

 


「……っ!」



 背後に気配を感じて、キリエは振り返った。その瞬間、彼女は目を見開く。


――煙に紛れて、回り込まれていた。


 気づくのが遅れたせいで、避けきれない。ランスの一撃が、キリエの腹に突き刺さる。



「……でも、残念ね」



 キリエはアイリスの腕を掴んでいた。

 瞬間的に肉体のリミッターを外し、追撃までのほんの僅かな時間を稼ぐ。


 アイリスは、キリエの腕を振り払えなかった。

 振り払う前に、爆ぜる鬼火が腕を消し飛ばした。


 自分でもワンパターンな戦い方だが、今のアイリスはキリエの想定より強い。カウンター狙いしか、確実な勝ち筋がない。



「……くっ!」



 アイリスはとっさの判断で、キリエの足元から『壁』を生やし、彼女を打ち上げようとする。


 両腕を失い、攻撃の手段は限りなく少ない。


 だが、次の瞬間には地面に押し倒されていた。

 キリエの舌が、アイリスの舌に絡みついてくる。

 同じ女同士だ。辱めを目的としたモノでないとは、分かりきっている。


 だからこそ、アイリスの抵抗は必至だった。

 キリエの舌を噛み切ろうとした。手で押しのけようとした。


 だが、アイリスの身体から、どんどん力が抜けていく。いや、吸い取られているのだ。


――【吸精】。

 

 キリエの得意技だ。鬼の得意な妖術は、2つのジャンルに分けられる。


『壊す術』と『奪う術』だ。

 


「ごちそうさまでした。……抵抗しないのね?」

「黙れ。貴様の目的は、腹の傷を治すことだろ」

「……ご明察」



 キリエの腹は、いつの間にかランスを抜いたのか、風穴が空いていた。

 キリエはあえて、その穴を相手に見せつける

 

 アイリスから吸った生命力をすべて、傷を治すことに注ぎ込む。

 するの、腹に空いていた大きな穴は、一瞬でふさがった。



「ぬりかべの生命力ってすごいのね。ちょっと吸うだけでこんなに治りが早いなんて」

「……まあな」

「残りの分だけでも、腕を治すのに支障はないかしら?」

「明日1日は、力が弱くなるだろうな。……それでも、貴様以外には負けん」

「そう。なら安心ね。……スーツ、ボロボロにしてごめんなさい」



 人間になりすまして暮らす大変さを、キリエも知っている。

 スーツはどれだけ安くても、それなりに値段が張ることも。



「……それにしても、今回は私の負けか」



 吸精で生命力を吸われ、もはや動くことすら出来ない。

 キリエがアイリスを殺す気なら、死ぬまで吸い付くされていた。



「みたいね」



 キリエは得意げに微笑みながら、アイリスの頬を撫でる。



「聞くだけ無駄だが、トドメは刺さんのか」「もう、いつも言ってるじゃない。良い人は殺さないって」

「……ほざけ。貴様の言う善悪など、今の人間の、いつか消える価値観でしかない」

「そうかしら? 人間の本質なんて、千年そこらで変わるもんじゃないわよ」

「かも知れんな。……思い返せば、心当たりはある」



 アイリスは遠い目で、過去を思い返す。彼女もキリエも、長い時を生きてきた。

 いい人間も、悪い人間も、飽きるほど見てきた。



「人と妖怪が、お互いに平穏に生きていくこと。そのためには、線引きが必要なんだ。共存するにせよ、干渉しないにせよ、決まりが必要なんだよ。……分かってくれないのか?」



 アイリスが願うものはたった1つ。妖怪たちの平穏な暮らしだ。

 人と共に生きるというルールは、そのための、意義があるものだと信じている。



「そう。ごめんなさいね。わたし、すっごくワガママだから。そういうの、よく分からないの」

「……だろうな」

「好きだから守って、嫌いだから殺す。……自覚はしてるのよ? 基準がたまたま、善悪だっただけって」



 けれど、それがキリエの生き方だ。アイリスとは決して相容れない、究極の自由だ。少なくともアイリスは、そう解釈している。



「悔しいが、私はお前に憧れるよ。誰よりも自由だからな」

「……たまたま、ワガママを押し通せるほど、強かっただけよ?」

「そうだな。誰もがお前のようには、生きられない。それは強者の特権だ」

「あなたにならできるわよ。……一緒に、同じ生き方で、わたしの隣を歩いてみない?」



 キリエはアイリスの耳元に唇を寄せた。しかし、アイリスには、アイリスの考え方がある。



「……私だけじゃ、ダメなんだよ」



 それが、彼女がキリエの生き方を、否定する理由だった。



「家まで送るわよ? 住所を教えてちょうだいな」



 キリエはニコニコと笑いながら、そんな事を言う。



「……ナビは新しいのに変えた。前のとは勝手が違うかもしれんぞ」

「あら、じゃあ教えてちょうだいな」

「いいだろう。……その、なんだ。礼を言う。ありがとう」



 アイリスは、キリエから目を逸らす。ライバルに素直に礼を言うなんてと、そう思ったからだ。



「いいわよ。私が迷惑かけちゃったからだし」



 キリエは苦情しながら、アイリスを抱え、車に運んだ。



───

────

─────



「……スーツを脱がしてくれ。このまま寝るのはさすがに窮屈だ」



 最低限の家具とたくさんの本。ほぼそれだけしかない空間で、アイリスはそう言った。

 ここは彼女の部屋。駅前のアパートの一室である。



「もちろん。いいわよ」



 キリエはジャケットのボタンに指を添え、1つずつ外していく。

 そのまま1枚ずつ脱がされ、黒いレースで飾られた、下着だけの姿となった。



「相変わらずすごいプロポーションね。うらやましいわ」



 キリエは苦笑しながら言った。アイリスの体は、女性らしい豊満な曲線を描いている。



「……知るか」



 アイリスは吐き捨てるように言った。彼女はむしろ、キリエのスレンダーな体つきに憧れている。


 でと、そのあこがれについては、言えなかった。



「ねぇ、アイリスのことだし、まだお仕事はしてるのよね」

「……まあな。ここに来る時に転属願を出した。明日から出勤だ」

「じゃあ、明日の朝ごはんは、わたしが作るわね?」



 キリエが何を言っているのか分からず、アイリスは目を白黒させる。



「何のつもりだ?」

「今のあなたは、戦える状態じゃない。万が一にも、悪い妖怪が来たらどうするの?」

「……私を守ろうと言うのか?」

「そういうこと。その代わり……ベッドを半分貸してね」



 キリエもまた服を脱ぎ捨て、白いフリルのついた下着姿になる。

 そのまま、アイリスを後ろから抱きしめ、同じベッドに転んだ。



「……どうせ、今の私は抵抗もできん。勝者の権利を楽しめ。好きにしろ」

「あら、素直ね。じゃあ、おやすみなさい」


 

 しばらくして、キリエはすやすやと寝息を立てはじめた。

 本当に眠ってしまったキリエに、アイリスは困惑する。


 ベッドに潜り込まれた途端、アイリスは思ったからだ。キリエは女の自分に、『そういう興味』を持っていたのかと。

 

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