あの夜キミに逢えてたら
もやさん
一心
冷たい風が顔を刺す。約束の場所へ急ぐ足が、いつもより重く感じた。
駅前の広場は、夜の静寂に包まれ、街灯だけが淡く揺れている。
「お願い……間に合って……」
小さな呟きが、夜の空気に溶けていく。
スマホを握りしめる手に、少しの期待と大きな不安が交錯する。
画面には、キミの最後のメッセージが残っていた。
“少しだけ、待ってるから。”
ほんの短い言葉なのに、胸が熱くなる。
あの日、言えなかった言葉を、やっと伝えられるかもしれない――
そんな気持ちで心がいっぱいになった。
でも、広場に着いた瞬間、世界は冷たく沈黙していた。
キミの姿はない。ベンチも、カフェの明かりも変わらないのに、
空気が急に重くなったように感じる。
「……早すぎたのか、遅すぎたのか」
小さくつぶやく声が、街灯の光に溶けて消えていく。
何度も辺りを見回すけれど、キミはどこにもいなかった。
冬の匂いが鼻をかすめ、遠くで自転車が通る音だけが響く。
思わず白いマフラーを探すように視線を走らせるけれど、
そこに僕が求めていた人はいなかった。
スマホを手に取り、もう一度画面を見る。
キミの既読がつかない画面が、やけに冷たかった。
指先が震える。もう一度メールを送ろうとする。
“今さら送ってどうするんだ”
そう思い、結局画面を閉じた。
あの夜、キミに逢えていたら――
きっと、言葉を交わす前に笑い合えただろうか。
それとも、何も言えず手を握るだけだっただろうか。
想像は尽きず、現実はただ進んでいく。
ベンチに腰を下ろす。
冷たいコンクリートが、孤独をより一層際立たせる。
夜風が肩を撫で、街の光が影を揺らす。
誰にも気づかれず、胸が締めつけられる。
「逢いたかったな……」
小さな声が、自分の耳だけに届く。
その痛みは、“逢えなかった”事実そのものより、
“もう二度と逢えないかもしれない”という予感から来ている。
時間が過ぎるのも忘れ、ただ夜の静けさに身を任せる。
ふと空を見上げても星は見えない。
街の明かりが、夜を白く塗りつぶしていた。
スマホが震える。通知だ。
キミからではない。
けれど、胸が一瞬跳ねた。
自分の気持ちが、どれだけ貪欲で切ないのか、嫌になる。
あの夜、キミに逢えていたら――
そう思う気持ちだけが、ぼくの中で生き続けている。
触れられなかった夜と、行けなかった自分の時間が交差し、
心の奥でそっと痛みを刻んでいく。
ベンチを立ち、夜の街を歩き出す。
風はまだ冷たい。けれど、街の灯りが少しずつ心を照らす気がした。
逢えなかった。それだけのこと。
でも、この夜の切なさが、ぼくに確かに生きている証を教えてくれる。
あの夜、キミに逢えていたら――
未来はきっと、少し違ったものになったのだろう。
でも、今のぼくには、この夜の静けさと孤独が、愛しい記憶になった。
あの夜キミに逢えてたら もやさん @20100422
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