君の名は一寸法師

猫小路葵

君の名は一寸法師

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。

 二人には子どもがいませんでした。

 そこで神様にお祈りしたところ、なんと男の子を授かりました。とても元気な男の子です。


 けれども背丈は一寸ほど。いつまでたっても大きくなりませんでした。

 子どもは、一寸法師と呼ばれました。


 一寸法師が十二の歳になったとき、彼は都へ出る決心をしました。


「わたしは都へ出て、立派なお侍になります」


 一寸法師はおじいさんとおばあさんにそう告げました。

 おばあさんにおわんをひとつもらって、舟にしました。

 おじいさんにはしを一本もらって、かいにしました。

 おばあさんは、最後に縫い針を一本、一寸法師に渡しました。


「刀の代わりにおし」


 それは、おばあさんがいつも使っていた針でした。


「これを、わたしに?」


 縫い針は麦わらのさやに収められ、まるで小さな太刀のようでした。

 一寸法師は胸を張り、

「ありがとうございます!」

 と、勇ましく針の刀を腰に差しました。

 こうして一寸法師は、ふるさとの川の流れにのって都を目指しました。


 お椀の舟に、箸の櫂。

 一寸法師は意気揚々と舟を漕ぎました。

 空ではひばりが鳴いています。

 川はこの先で、もう一本の川と交わっています。

 合流地点が見えてきました。


 するとどうでしょう。

 もう一本の川から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてくるではありませんか。


「なにゆえ、このタイミングで……!」


 一寸法師は慌てました。

 けれど川の流れは無情にも、お椀を先へ先へと運んでいって――


「うわあああああ!」


 どーん!


 お椀は大きな桃と激しくぶつかりました。

 衝撃に目がくらむ一寸法師。

 気がつくと、目の前には柔らかく湿った壁がありました。


「え……?」


 一寸法師は桃の中にいました。

 手で探りますが、どこにも出口はありません。

 あわてて桃の果肉を指でほじくり、穴をあけます。何口か食べました。美味しいです。

 そこで一寸法師は凍りつきました。


 柔らかな手足。

 一寸法師は赤子の姿に変わっていたのです。

 外をのぞくと、お椀に乗った“自分”が「ばぶぅ」と喃語なんごを口にしながら流れていくのが見えました。


「わたしたち、入れ替わってるぅー!?」


 一寸法師は頭を抱えて叫びました。

 そのとき、あるおばあさんが川へ洗濯にやってきました。もちろん一寸法師のおばあさんとは別人です。


 おばあさんが洗濯物を広げる間に、お椀はすうっとおばあさんの前を通り過ぎ、京の都へ流れていきました。きっと、姫様に拾われて可愛がられることでしょう。

 そのあと、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと、おばあさんの方へ流れてきました。

 おばあさんは桃を家に持って帰って、おじいさんが包丁を入れました。

 桃から生まれた一寸法師は、とりあえず空気を読んで「おぎゃあ」と泣いておきました。



 

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君の名は一寸法師 猫小路葵 @90505

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