怠惰で有名な伯爵家三男ですが、古代魔法で第二王女と王国を“影から”守ります
@gomaeee
第1話 凡庸を装う十八歳
昼下がりの陽に照らされながら、俺は街外れの小さな広場に置かれた木ベンチへ体を沈めていた。
風はぬるく、空気はやけにのどかで、働く気がまるで湧かない。いや、湧かないように“見せて”いると言った方が正しい。
この街での俺の評判はとても簡単だ。
「怠惰で有名な伯爵家三男」
それが、俺──ラグリス伯爵家の三男アルトに貼られている札だ。
だが実際のところ、怠惰なのは外側だけだ。
内側はまるで違う。
昨夜も遅くまで古代魔法の術式構造を修正していて、気づけば夜明け前まで紙とインクの匂いの中だった。
部屋の床には試作魔方陣の紙が散らばり、机の上には魔力痕がじんわり残っている。
一般の魔導師が見れば「暴発寸前の危険部屋」扱いだろうが、俺にとっては快適な研究室だ。
街では怠惰、部屋では狂人じみた研究者。
その矛盾を保つのが“自由を守る秘訣”だ。
……今日は風が気持ちいい。
はずなのに、妙に空気がざわついていた。
市壁の向こうから流れ込む魔力。
いつもの雑多な匂いではない。
澄んだ水に金の粒を混ぜたような、滑らかで高貴な魔力特有の波。
俺は軽く目を開ける。
(王家の血筋の魔力だ……この街に?)
ここは王都から馬で半日。
王族がわざわざ来るような場所ではない。
だから、俺はその魔力を“遠い場所の風”として一度流し、再び目を閉じるつもりだった。
──だが、それはすぐに否定された。
石畳を踏む軽やかな足音。
その後ろに並ぶ複数の護衛の重い靴音。
そして、わずかに整いすぎた動線。
視線を向けずともわかる。
普通の旅人とは違う。
(……お忍びか?)
俺は、怠惰の仮面を保つために、顔だけは眠そうに上げた。
広場の端。
少し質のいい浅茶の外套を纏った少女が歩いていた。
姿勢は端正。
歩幅は小さめだが迷いがなく、護衛との間隔も均一だ。
旅慣れた動きではない。
むしろ──“庶民に慣れていない”歩き方。
年は俺より二つ、三つ下か。
薄い金髪に、穏やかな青の瞳。
魔力量は小さめだが、質が王族特有の純度を持っている。
(完全に王族。たぶん王家の直系。……なんでこんなとこに?)
だが、関わらないのが最善だ。
俺はベンチの背に身体を預け、再び目を閉じ──
「すみません、その場所、座ってもよろしいでしょうか?」
……話しかけられた。
目を開けると、少女がこちらを見ていた。
護衛が一歩後ろで控え、周囲を警戒している。
「どうぞ……座れば?」
だるそうに返す。
“怠惰で有名”の看板は、こういう場面で便利だ。
「ありがとうございます」
少女はほっとした顔で隣に腰掛けた。
腰掛け方からして、庶民には慣れていない。
しかし無礼ではない。
育ちの良さが隠しきれない。
「旅ですか」
「ええ。少し、この街のことを知りたくて……」
「へえ……物好きだな」
俺の返事に少女が小さく笑う。
その笑い方は、キラキラした宝石を光にかざすようで、日常にはいない“品”が滲んでいた。
その一瞬でわかってしまう。
──この少女、まともに関わると絶対に面倒くさい相手だ。
「この街、暮らしやすいですか?」
「普通。まあ、怠惰に暮らすには丁度いい」
「怠惰、ですか?」
「俺は働かないで有名だから」
「あ……その、噂は少し聞きました」
聞いてたらしい。
街の噂網は恐ろしい。
少女はふっと表情を曇らせた。
「……怠惰でも、優しい方はいますよ。働き者でも、優しくない人も」
「判断基準おかしくない?」
「ふふ、そうかもしれません」
この会話だけで十分だった。
品がある。
だが押しつけがましくない。
そして、心が妙に弱っている気配。
(……お忍び視察、か。なにかを見に来た顔だ)
俺は気づかないふりをしたまま、軽く欠伸をした。
「じゃあ、俺はそろそろ」
「え……あ、はい。また、どこかで」
「ん」
少女は小さく頭を下げ、護衛と共に広場の奥へ歩き去った。
その背中を見送りながら、心のどこかに微かな引っかかりが残った。
(王家の血……しかも直系。この街に来た理由はなんだ?)
気になる。
本来なら距離を取り続けるべき相手なのに。
俺は立ち上がり、広場を抜け、路地裏に入った。
薄暗い路地の空気は静かで、魔力の流れがよく見える。
空気のざわつきが、また少し強くなっていた。
(……嫌な揺れ方だ。大結界の揺れか、局所の歪みか)
王族が来た理由とは別に、街全体に“ひずみ”が広がっているのは確かだ。
それを悟られないよう、俺は再び怠惰な表情を作った。
「面倒な予感しかしねえな……」
ぼそっと呟きながら、俺は夕暮れの街を歩き出した。
この時の俺はまだ知らない。
今日出会った少女が、第二王女であり、
これから“王国の命運”そのものになる相手だなんて。
読んでくださり、ありがとうございます。
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