File 10:定点監視カメラ映像(202X.08.15)
資料名:是枝邸 リノベーション工事 最終監視ログ
録画デバイス:現場設置型 IPカメラ (1階リビング北東角設置)
日付:202X年8月15日
提供元:警察(事件後の押収資料より抜粋)
【注釈】
このログは、工事中断後、是枝徹氏の強い要望により、工事再開直前の深夜に発生した出来事の記録である。是枝氏は「縦穴」の底に何があるのかを確かめるため、一人で現場に侵入している。
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ログ時刻:202X年8月15日 23:15:00
(映像:暗視モード。粒子が荒い)
施主(夫・徹)が現場に到着。現場に鍵をかけ直す音が記録されている。ヘルメットや安全靴はなく、普段着。手には大型の電動ドリル、ハンマー、そして懐中電灯。
ログ時刻:23:18:30
徹、1階リビングの壁(File 07で指摘された縦穴を塞ぐために設置された合板)の前に立つ。
ログ時刻:23:20:00
徹が電動ドリルで合板の縁をなぞるように穴を開け始める。動作は荒々しく、迷いがない。
ログ時刻:23:35:20
合板が完全に剥がされる。縦穴の入り口が露出。内部は真っ暗で、カメラの光が届かない。カメラは穴の露出に伴い、微かな**「湿った土と鉄」の匂い**のようなものを検知した(現場監督代理Bの過去の証言と一致)。
ログ時刻:23:40:10
徹が懐中電灯を穴の奥に向けて差し込む。光は底に届かず、ただの闇が広がる。カメラのマイクは、穴の内部から響く一定のリズムの振動音を記録。心臓の鼓動、あるいは周期的な水の動きに酷似している。
ログ時刻:23:45:00
徹は満足しなかったのか、ハンマーを手に取り、穴の周囲の構造材(柱と梁の接合部)を叩き壊し始める。これは建築士が「構造上の崩壊リスクがある」と警告した箇所である。
ログ時刻:23:48:05
破壊作業中、徹が突然手を止め、耳を覆うように頭を抱え込む。
ログ時刻:23:48:30
カメラのマイクが、**「すすり泣き」**のような、非常に微弱な子供の声を記録。音源は穴の内部。
ログ時刻:23:50:00
徹、最後の力を振り絞るようにハンマーを振り下ろし、穴の真下、床下空間を覆っていた基礎コンクリートの一部を叩き割る。
ログ時刻:23:51:30
基礎の破片が崩壊すると同時に、割れた箇所から大量の黒い泥水が勢いよく噴き出す。泥水はすぐに止まるが、室内は泥と異臭に満たされる。
ログ時刻:23:52:00
泥水が引いた後、穴の底に、**土製の「甕」(かめ)**の縁が明確に確認される。徹は全身が泥まみれになりながらも、歓喜とも悲鳴ともつかない表情を浮かべる。
ログ時刻:23:52:45
徹が穴に体を乗り出し、甕の中に手を差し込む。
ログ時刻:23:53:00
**カメラの映像が激しく揺れ、ノイズが走る。**同時に、カメラのマイクが、子供の甲高い笑い声と、大人の女性の低い呻き声が重なった、異様な音声を記録する(File 05の音声ログの再現、ただし数倍の音量)。
ログ時刻:23:53:30
徹が泥水の噴き出た穴の中を覗き込む。彼の顔には泥がこびりつき、目だけが異常な光を放っている。
ログ時刻:23:54:00
徹が穴に向かって叫ぶ。
「…………ミナミ!…………ミナミ!…………やっと…………見つけたぞ…………」
ログ時刻:23:54:45
徹が甕から何かを取り出す。それは泥と水草に覆われた、手のひらサイズの、人間の頭蓋骨のように見えるもの。
ログ時刻:23:55:00
徹がその物体を両手で抱え、狂ったように自分の顔に押しつけ、激しく痙攣し始める。
ログ時刻:23:55:10
2階方向、特に和室があった天井の梁から、木材が縦に裂ける「バキッ」という巨大な破裂音が発生。家全体が傾いたかのような、恐ろしい振動が続く。
ログ時刻:23:55:20
徹が頭蓋骨(のようなもの)を抱えたまま、カメラの方を向く。彼の瞳孔は完全に開き、恐怖と恍惚が入り交じった表情。
ログ時刻:23:55:30
徹が静かにカメラに近づき、画面のこちら側へ手を伸ばす。
ログ時刻:23:55:31
画面がホワイトノイズに覆われ、映像と音声が完全に途切れる。
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【編集部による追記】
このログの後、是枝邸は1階リビングから発生した構造上の欠陥により、一部が崩壊した状態で発見された。是枝徹氏の遺体は、崩落した縦穴の真下、泥水に浸かった甕の横で発見された。彼の遺体からは、通常の腐敗とは異なる、強い土の匂いが検出されたという。
この事件は「リフォーム中の事故死」として処理されたが、妻である杏奈は事件の数日後、この記録と、夫の残した日記(File 11)を編集部に託した。
(File 11へ続く)
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