File 06:近隣住民トラブル対応記録
資料名:是枝邸リノベーション工事 トラブル対応記録
作成者:株式会社リノベ・クラフト 事務担当 K(匿名化)
記録期間:202X年3月7日(木)〜3月12日(火)
提供元:匿名(編集部)
【注釈】
以下の記録は、工事開始から1週間後に発生した近隣からの苦情に対する、工務店側の対応ログである。当初は工事による騒音と思われたが、苦情内容の時刻と、実際の作業時間が一致しないという不審な点が目立つ。
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対応日時:202X年3月7日(木)15:30
記録者:事務担当 K
苦情元:是枝邸 西側隣地(S区■■町三丁目13番地)にお住まいのS氏(70代女性)
【苦情内容】
「夜中に工事をするのはやめてほしい。昨夜(3月6日深夜)の2時頃から、ずっと壁を叩くような『ドンドン』という音が聞こえてきて、一睡もできなかった。リフォーム工事の騒音にしては異常だ。」
【事実確認】
・3月6日(水)の作業時間は9:00〜17:00まで。作業終了後、施錠確認済み。
・現場監督代理Bに確認したところ、夜間は現場への立ち入りは一切行っていない。
・施主の是枝氏にも確認したが、夜間の施主立入もなし。
・3月6日深夜2時頃に発生した音は、人為的な工事によるものではないと判断。
【対応】
S氏へは「深夜に作業を行うことは一切ありません。工事による騒音ではないと思われますが、ご迷惑をおかけし申し訳ありません」と謝罪。念のため、現場の見回りを強化することを約束した。
【特記事項】
S氏:「あの家は昔からおかしい。前の住人がいた頃も、夜中に『子供の泣き声』が聞こえたり、『ドロドロという水音』が聞こえたりした。何か変なものを掘り起こしたんじゃないのか?」と興奮気味。
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対応日時:202X年3月9日(土)10:00
記録者:事務担当 K
苦情元:是枝邸 北側隣地(S区■■町三丁目15番地)にお住まいのM氏(40代男性)
【苦情内容】
「平日の昼間、現場にいる作業員が、誰もいない壁に向かってずっと独り言を言っている。それも、こちらを威嚇するような、非常に低い声で。気分が悪いのでやめてほしい。」
【事実確認】
・3月8日(金)は躯体検査と清掃のみ。作業員は2名(職人B、職人C)。
・現場監督代理Bに確認。作業中は音楽もかけず、私語は必要最低限に留めるよう指導している。
・職人B、職人Cに聞き取りを実施したが、二人とも「一切独り言などしていない」と強く否定。
・ただし、職人Bは「一日中、背後から誰かに見られているような視線を感じていた」と証言。
【対応】
M氏へは「作業員の行動には十分注意します」と回答。独り言については、M氏の誤解である可能性が高いとして、強く否定しない形で収束させた。
【特記事項】
M氏:「あの家の二階の窓から、こっちを覗き込んでいる人を見た」とも証言。しかし、是枝邸の二階は解体済みであり、窓枠しか残っていない状態。 M氏の視覚的な錯覚の可能性が高いが、念のため二階窓の養生を強化することになった。
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対応日時:202X年3月11日(月)18:00
記録者:事務担当 K
苦情元:是枝邸 南側隣地(S区■■町三丁目14番地3)にお住まいのO氏(50代夫婦)
【苦情内容】
「昨夜(3月10日深夜)の1時頃、現場から子供の甲高い笑い声と、大人の女性のヒステリックな声が聞こえた。現場には鍵がかかっているはずなのに、どういうことだ。不気味で仕方がない。」
【事実確認】
・3月10日は日曜日で休工日。現場に作業員、施主含め誰も立ち入っていない。
・File 05のスマートスピーカーのログ(3月10日 01:22)と、この苦情の時刻・内容が完全に一致。
・O氏が聞いた音声は、スマートスピーカーが記録した、正体不明の「会話」である可能性が極めて高い。
【対応】
O氏へは「現場には防犯用のAIスピーカーを設置しており、その誤作動による可能性が考えられます。現在、デバイスの電源を切る対応を取りました」と説明。施主とも相談の上、当面、夜間はスピーカーの電源を抜くことで了解を得た。
【特記事項】
O氏(妻):「子供の声の後に、ずっと『壁の裏から聞こえる変な鼓動』みたいな音が続いた。あれは機械の音なんかじゃない。生きている何かの音だ。」
O氏(夫):「あの家は、もう取り壊すしかない。リフォームなんてするから、中にいたものが怒っているんだ。」
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対応日時:202X年3月12日(火)11:30
記録者:事務担当 K
【緊急対応報告】
現場監督代理Bが、昨日(3月11日)の夜から連絡が取れない。
電話、メール、チャット全て応答なし。自宅にも不在。
本日(3月12日)の午前中の作業は中止とした。
現場に代理Bの私物(ヘルメット、手帳、スマホ充電器)が残されていることから、現場からの離脱は突発的であったと推測される。
社長の指示により、警察への届け出はせず、一旦施主には「体調不良による入院」として報告することになった。
事務担当Kは、これ以上の現場対応は困難と判断。
【最終メモ】
近隣住民の苦情(騒音、独り言、笑い声、鼓動)は、すべて無人の夜間に発生している。そして、その内容の多くは、現場の監督(AとB)や施主夫妻が感じた「違和感」と一致している。
この家は、人間が壁や天井を剥がし始めたことで、その中に閉じ込めていた何かを「解放」してしまったのではないか。
我々は今、ただの工事トラブルではなく、回収不能な事態に直面している。
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【編集部による追記】
現場監督代理Bは、この日を最後に消息を絶っている。工務店は別の監督を立てて工事を再開するが、事態はさらに悪化の一途をたどる。
File 07では、建築士が指摘した「構造上の不整合」、すなわち図面上の欠陥が、単なるミスではないことが明らかになる。
(File 07へ続く)
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