【第1章:日常のノイズ】

資料番号 001:物件概要書(スキャンデータ)


商品名:市営S団地 12号棟


位置:Y県S市〇〇町


構造:鉄筋コンクリート造 5階建(エレベーター無)


対象部屋:204号室


契約者:須田 拓海(21歳・大学生)


特記事項:事故物件指定なし。ただし、隣室205号室は「構造上の不具合」により入居募集中止(施錠管理中)。


[著者ノート]

須田拓海氏は、都内の専門学校で音響工学を学ぶ学生だった。彼はフィールドレコーディング(環境音の録音)を趣味としており、常に高性能なICレコーダーと指向性マイクを持ち歩いていた。

以下は、彼が自身のPCに残していた「引越し日記」と題されたテキストデータ、および録音ファイルの抜粋である。


データID:Diary_202X0515.txt


やっと理想の環境が見つかった。

駅からバスで20分は遠いけど、この静けさは代えがたい。S団地。昭和40年代に建てられたマンモス団地だが、今は住人も減ってゴーストタウンみたいだ。

何より家賃が破格の2万3千円。リノベーション済みで、防音室を作る予算も浮いた。

隣の205号室は空き部屋らしい。角部屋ではないが、実質角部屋みたいなものだ。これで深夜にスピーカーのテストをしても文句は言われないだろう。

俺のための城だ。最高の音を録ってやる。


データID:REC_MoveIn_01.wav

録音日時:5月16日 14:00

場所:204号室 室内


(ガサガサという段ボールを開ける音。遠くでカラスの鳴き声)

須田の声:マイクテスト、マイクテスト。……よし、ゲイン正常。

(一息つく音)

須田の声:いいな。反響(リバーブ)が少ない。壁が厚いのか? コンクリが詰まってる感じがする。

須田の声:……ん?

(約5秒間の無音。マイクの指向性が変えられる衣擦れの音)

須田の声:水の音? 205からか?


(音量を増幅:チョロチョロ……という流水音が微かに聞こえる)


須田の声:空き部屋じゃなかったのか? まあいいか。管理会社が掃除に来てるのかもしれない。

(大きな金属音。何かを落としたような音)

須田の声:っと、やべ。……すみませーん!


(沈黙。返事はない)


須田の声:反応なしか。まあ、これからよろしく頼みますよ、隣人さん。


データID:Tweet_Log_Extract.csv

アカウント:@Taku_Sound

抽出期間:5月20日〜5月25日


5月20日 23:15

団地の夜、静かすぎて逆に怖いw

冷蔵庫のブーンって音がめっちゃ響く。

てか、隣の部屋(空室のはず)から、たまに「カチッ」って音がするんだけど何?

ブレーカーが落ちる音に似てる。


5月22日 01:40

隣の音、ネズミかな。

壁の中でカリカリ爪を立てるみたいな音がする。

管理会社に電話したら「205号室は完全に封鎖してるので、動物が入る隙間はないはずです」だって。

じゃあこの音は何? 壁の中に誰か住んでんのかよw


5月24日 03:00

待って、気持ち悪いことに気づいた。

俺がヘッドホン外して「ふぅ」って溜息つくと、その直後に壁の向こうからも「ふぅ」って聞こえる気がする。

反響? エコー?

いや、S団地の壁ってそんなに音抜けるの?

明日、本気で集音マイク当ててみるわ。

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