五分の扉

海藤日本

五分の扉

 俺の名前は「風谷春樹」仕事を転々とする金なしのフリーターだ。

 俺は、今まで色んな仕事をしてきたが、全く続かない。今だって、日雇いで食い繋ぐ日々を送っている。実は、こんなだらしない俺にも一人の愛する彼女がいる。

 名前は「山寺せな」

 彼女は俺とは正反対で、看護師として毎日、一生懸命働いている。

 せなはとても優しくて、こんなだらしない俺に「少しでも役に立ちたい」とお金を渡してきた事があったが、俺はそれを断った。

 気持ちは嬉しかったが、彼女に生活面を手助けしてもらうなんて、俺のプライドが許さなかった。俺は何か刺激を求めていた。


「なにか、面白い仕事とかねぇかな?てか、腹減ってきたなぁ」


 俺はとりあえず腹が減ったので、近くにあるコンビニでおにぎりを買った。そして、近くにある公園のベンチに座り、ボーッと空を眺めながらおにぎりを食べていた。

 

「そう言えばこの前、せなと喫茶店でこんな話ししたっけなぁ」


 それは一週間前の事。


「そっか……。春樹、仕事辞めたんだ。……でも、私達まだ若いんだから、次はいい所見つかるよ」


「そうかねぇ。……せな、悪いな。いつも、変な心配ばかりかけて」


「ううん、全然。……それに、いくら安定した職に勤めているからといって、絶対に幸せだって限らないしね」


「ん? 仕事で何かあったのか?」


「んーまぁ、ちょっとね。人間関係とかが、少し面倒くさいなぁって。……春樹、私思うの。本当に自分がしたい事をするのが、一番いいんじゃないかって。それなら、多少給料が少なくても、自分の合う仕事をした方が、幸せなんじゃないかなって」


「せな……」


「だから、春樹はそんなに急がなくてもいいと思うよ。私も居るんだし。……見つかるといいね。春樹が本当に合う仕事。」


 せなは笑っていたが、何か悲しそうな目をしていた。


「せな、何かあったら言ってくれよ? 話ぐらいなら俺でも聞けるからさ」

 

 すると、せなはニコッと笑って言った。


「春樹、ありがとう」

 

 時は戻り、俺は残っているおにぎりを口にしようとしたその時、俺の目の前に突然、黒服を着た中年の男性が現れた。


「あのー、すみません。お食事中に。少しよろしいですか?」


「……何だ? あんたは?」


「申し遅れました。わたくし、黒木と申します。失礼かと思いますがあなた今、お金に困っているのでは? 後、何か刺激がある体験をしたいと思っているんじゃないでしょうか?」


 俺は、まるでこの黒木という男に心を見られているみたいで気味が悪かった。

 そして、思わず嘘をついた。


「何なんだあんた? いきなり来て、意味不明なこと言ってんじゃねぇよ。早くどっか行ってくれ」


「まぁまぁ、落ち着きなされ。私は、別にあなたが思っているような者ではないので、ご安心を」


「よく言うぜ」そう思った俺はこの場から離れようとした。


「飯も喰ったし、俺今から用事あるから。じゃあな、おっさん」


「まぁまぁ、少し待ちなされ」


「何だよ? 忙しいって言ってんだろ?」


「お話ぐらいは聞く価値はあると思いますよ?」

 

 そう言うと、黒木という男は懐からある物を出した。それは、平たく言うと魔法使いが持っていそうな棒だった。

 そして、黒木という男がその棒を振ると謎の扉が出てきた。

 その扉は水色で、およそ3mぐらいはある大きな扉だった。

 あまりの非現実的な光景を見て、俺は驚きながら黒木という男にこう言った。


「あんた、まさか魔法使いか?」

 

 すると、俺は周りを見てある事に気づいた。


「ちょっと待て。周りの人達、俺達が見えていないのか? 俺がこんなに騒いでいるのに、目の前にこんな変な扉があるのに、気づいていないどころか目もくれていない。」

 

 俺は、額から汗を流しながら黒木という男にこう言った。


「あんた、俺に何をした? 何が目的なんだ?」

 

 黒木という男はニヤリとしてこう答えた。


「別に私は魔法使いでもなければ、あなたをどうこうするつもりもないですよ。只……目的があるとするなら、あなたの気持ちに答えてあげようと思っただけですよ。それに、私が凄いのではない。私の持っているこの棒が凄いのですよ。この棒の名前は、『アナザーロッド』これを持った者は、周りから自身を消す事が出来る。そのせいですよ。周りの人から気づかれないのは」


「いや待て。だったらあんたがその棒を持った瞬間、俺もあんたの姿が見えなくなる筈だ。それに俺はそのアナザーロッドって奴をまだ持っていない。なのに何故、周りの人は俺の姿も見えないんだ?」

 

 そう言うと、黒木という男は再びニヤリとしながら答えた。


「まぁ、そんな細かい事は気にしなくてよいのでは? ……そんな事よりあなた今、物凄くワクワクしているでしょ?」

 

 それを聞いて、俺もニヤリとしてこう答えた。


「当たり前だ。俺はこんな刺激のある事を求めていたんだからなぁ。この際、あんたが何者なのかはもうどうでもいい。……それよりこの扉の中に入れば、俺は金持ちにでもなれるのか?」


「えぇ、なれますよ。その為に今から説明しますので、しっかり聞いて下さいね?」


「俺は、長い話は嫌いだから手短に頼むぜ?」     


 すると黒木という男はゆっくりと話し始めた。


「この扉の名前は『五分の扉』今、私がやった通り、このアナザーロッドを一振りすると出てきます。そしてこの五分の扉の中に入れば、そこは異世界。只、この異世界は今の現実世界と何ら変わりはありません。そして、この五分の扉は名前の通り、この異世界に居れる時間はたったの五分です。それに、この異世界での五分間は、現実世界では一瞬にも満たない」


「ちょっと待てよ。そんな所に行って、俺に何の得があるんだ。俺は、異世界に散歩しに行きたい訳じゃねぇんだよ。刺激と金が欲しいんだよ」


 それを聞いて、黒木という男は笑いながらこう言った。


「ほっほっほっほっ。お口が悪く、せっかちなお方ですね。あなたが求めている物。それは、今からお話しますよ。まず、あなたが欲しているお金。それは、五分間この異世界で生き残る事が出来れば、一万円貰えますよ」


「何? たった五分で一万円?」


「えぇ、只、この五分の扉を出現させられるのは一日に一回だけ」


「何だよ。一日に一回だけかよ。なら一日に一万しか稼げないのかよ」


「でも、たった五分で一万円と考えたら、これ程おいしい話はないでしょ?」


「まぁ、確かにそうだが……」


「それに私は、一日に一万円しか稼げないとは言っていませんよ? ちゃんと、ボーナスもあるんです」


「まぢかよ! それを早く話してくれ!」


「はい、只、これを話す前にあなたが五分の扉の中に入ると、何が起こるのかについてお話しをする必要があります」


「もー、話しが長いっておっさん」


「まぁまぁ、これが結構重要なんですよ。もし、あなたが五分の扉の中に入ると、あなたはあらゆる生物から襲われます。いわば皆が敵。あらゆる生き物が、あなたを殺しにかかって来るでしょう。あなたは、この五分間生き残らなければお金も貰えません」


「おい、もし俺が五分以内に殺されたらどうなるんだ?」

 

 俺の問いに黒木という男の目が濁った。


「もし、あなたが五分の扉の中で死ぬと、現実世界であなたの身体は消滅し、今まで関わった人達の頭の中から、『風谷春樹』と言う存在自体、記憶から抹消されます。」


 それを聞くと、俺は眉間にしわを寄せ、それを見た黒木という男は、不敵な笑みでこう言った。


「まさか、今になって腰が引けたとか?」 


 それを聞いた俺も、不敵な笑みを浮かべてこう返した。


「なわけねぇだろ! こんぐらい刺激ねぇと燃えないんだよ!」


「流石です。では、あなたが一番気になっているボーナスについてお話しましょう」


 そう言うと、黒木の目がさっきよりもどす黒く濁った。


「それは、生き物を殺すことですよ。犬や猫、鳥等の動物は一律で五千円。人間は老若男女、勿論子供も含め、一律三万円です。まぁ、金額からすると人間を殺した方が、断然お得ですね。ねぇ? 簡単でしょ?」


 それを聞いた俺は、再び眉間にしわを寄せた。


「俺に、人や動物を殺せと言うのか?」


「安心して下さい。五分の扉の中で、人や動物を殺しても、怪我をさせても、現実世界でその生物達が傷つく事も、死ぬ事もありません。勿論、あなたも五分間生き残る事さえ出来れば、いくら傷ついても、現実世界に戻れば全て完治していますよ」 

 

 それを聞いた俺はホッとした。


「なんだよ。驚かせやがって。……なら、思いっきりやれるってもんだ」


「えぇ、ただし……」


「あー、もういいよおっさん! それだけ聞ければ充分だ」


「はぁ……そうですか。……では、あなたにはこのアナザーロッドを差し上げましょう」


「サンキューおっさん! なら、行って来るわ」


「はい。ご武運をお祈りしております」


 こうして俺は五分の扉の前に立った。

 そして、ふと後ろを振り返ると黒木という男の姿はすでに消えていた。


「何だったんだ? あのおっさん。てか、なんであのおっさん、俺の名前知ってたんだ? ……まぁいいか」

 

 その頃、黒木は既に人目のないある道を歩いていた。


「ほっほっほっほっ。それにしても、久しぶりに面白いお方に出会えた。ただ、人のお話しは最後まで聞くものですよ? 風谷春樹さん」


 扉の前に立っている俺は一応、黒木という男に説明された事を、頭の中で整理をした。


 一、アナザーロッドを一振りすると五分の扉が出現する。


 二、五分の扉を出す事が出来るのは一日に一回だけ。


 三、五分の扉の中の異世界は、現実世界と何ら変わりはなく、この異世界での五分間は現実世界では、一瞬にも満たない。


 四、アナザーロッドを持った者は、周りから自身を消す事が出来る。


 五、異世界は五分間しか滞在出来ない。


 六、異世界で五分間、生き残る事が出来れば一万円貰える。


 七、異世界ではあらゆる生物から襲われる。


 八、もし、異世界で死ぬことがあれば現実世界でも自身の身体は消滅し、自分の存在は他人の頭の記憶から抹消される。ただし、どんな怪我を負っても生き残る事さえ出来れば、現実世界に戻った時点で傷は消える。


 九、異世界で生物を殺しても、殺された生物は現実世界では死なない。


 十、犬、猫、鳥等の動物を殺せば、一匹につき一律五千円貰える。

 人間を殺せば、老若男女、子供も含め、一人につき一律三万円貰える。


「まぁ、こんな感じだな。……よし、ならいっちょ行くか!」

 

 こうして俺は、五分の扉を開き中に入った。   俺は、異世界に入ると本当に現実世界と何ら変わりはなかった。


「本当に、ここ異世界なのか?」

 

 そう思っていると、周りを歩いている人、散歩している犬、そして野良猫と空を飛んでいるカラスが一斉に俺の方を見た。

 次の瞬間、あらゆる生物達が俺を目掛けて襲って来た。


「うお! まぢで来やがった!」

 

 俺はとにかく全力で逃げた。

 鳥が、犬が、猫が、そして人間が、物凄い数で俺を追いかけて来る。

 俺はただ逃げる事しか出来ず、道の裏路地に入り、一旦身を隠す事にした。


「甘く見ていた。今思えば全員敵なんだよな。こんな数、相手してられないぞ」

 

 そう思っていると、俺は左腕に目がいった。


「なんだこれ? 腕時計?」


 説明しよう。今、春樹の腕にある物。

 これは「アナザータイムウォッチ」

 通称アナタイは、異世界に入ると自動的に身に着く。そして、これは五分間のタイムを測ってくれるのだ。つまり、春樹はこのタイムウォッチを見ながら、行動する事が出来るというアイテムなのだ。まぁ、普通の時計です。


「まだ二分しかたってねーよ。とりあえず今日は初陣だし、このまま隠れて一万円だけ頂くか」


 俺はそう思ったが、現実はそう甘くはなかった。「ガルルルゥ」となにか獣の声がする。

 振り向くと、後ろに犬が物凄い形相で俺に近づいて来る。それと同時に、上からはカラスが俺を見つけて突進して来た。


 俺は、横に落ちてある棒を拾って、カラスの眼球を目掛けて投げると、それがクリンヒットした。俺は、学生時代野球をしていた。

 ここで役に立つとは思ってもいなかった。

 カラスは落下し、俺はカラスを全力で踏んづけた。するとカラスは死んだ。


「よっしゃ! 舐めんなよ!」

 

 でも、俺は犬の存在を忘れていた。

 ガブッ!と鈍い音がした。

 俺は、右足に猛烈な痛みを感じる。

 そう、犬が俺の右足を思いっきり噛みついていた。俺は痛みに耐えながら、左足で犬を踏んづけた。それで犬は離れはしたが、俺の右太ももが噛みちぎられていた。


「やられた……。この出血はひどい。痛みで歩けねぇ……」


 犬は再び起き上がり、俺に向かって突進して来た。


「嘘だろ? ……まさか、初陣で俺は死ぬのか?」

 

 そう思った時、俺は現実世界に戻り、犬も居なくなり、右太ももの傷も完治していた。


「そっか……五分経ったのか。時間を見る余裕もなかった」


 その時、俺の手元に一万五千円があった。


「なるほど……カラスを一匹殺したから、+で五千円ってことか。でも、いくら五分とは言え、あの痛みに耐えて一万五千円か」

 

 俺は、家に帰って必死に考えた。


「最初は逃げて、人目のない所で五分隠れているだけで一万円ならそれにすべきか? いや、俺は犬とカラスにバレた。動物は嗅覚が優れている。隠れてもまず見つかるぞ。……それに、カラスは空から見れる。厄介だ。……後、俺は手ぶらであの異世界に行った。手ぶらでたった五分は、流石に誰も殺せねぇ」

 

 考えぬいた結果、俺は決めた。

 俺は店に行き、ロングナイフを買った。


「これで、人間や他の動物の急所を刺せば一撃で殺せる」


 本当はマシンガンとかロケットランシャーとか使用して、一気に殺せば大量にお金が入ってくるが、そんな物が手に入る訳がない。


「……いや待てよ」

 

 俺は、更なるいい考えを思いついた。


 「まずは、このロングナイフで一日最低でも四、五人は殺せる。人間を殺せば、一人につき三万円だ。と言うことは、一日十万以上は稼げる。それを三十日やれたら……三百万を超える。月に三百万以上も稼げれば、俺はすぐにでも金持ちになれるぞ。そっから金に余裕が出来たら、外国からマシンガンとか、ロケットランシャーとか買えばもっと金が増える。なに、どうせ裏でそんな取引やってるだろ。金さえ払えば奴らも売ってくれるだろ。よし! 明日からこれで行こう」


 次の日。


「場所は、なるべく安全な所からがいいな。……となると自宅か」

 

 俺はアナザーロッド使い、5分の扉を自宅で出現させた。


「やっぱこの扉もすげーな。触れるのに、家に置いてある物をすり抜けてやがる。……いや、これも俺がアナザーロッドを持っているからか? まぁ、そんな事はどーでもいい。とりあえず行くか!」


 こうして俺は五分の扉の中に入った。


「やっぱり扉の中も俺の部屋か。今日は、昨日買ったロングナイフがある。あまり、装備を重くしすぎても動きが鈍るからなぁ。今日は、しっかりアナタイも見ながら……」

 

 そう思っていると突然、俺の部屋の窓が割れた。そこに現れたのは、一人の中年の男だった。俺は驚いた。何故なら、俺が住んでいる部屋は二階だからだ。それと同時、玄関のドアを殴る音も聞こえてきた。


「玄関は、そう簡単にやぶれねぇ。…それにしても、このおっさん、運動神経いいじゃねぇか」


 おっさんは、鋭い眼光で俺に襲いかかって来た。


「わりぃなおっさん。恨みはねぇが、死んでくれ!」


 俺は、ロングナイフでおっさんの心臓を貫いた。ナイフを抜くと、おっさんは大量の血しぶきをあげて死んだ。

 その返り血がおれの身体についた。いくら異世界とはいえど、俺は初めて人間を殺した。

 昨日カラスを踏み殺したが、正直その時よりも全く感覚が違う。

 その時、俺の中の悪魔が目覚めた。


「最高じゃねーか! こんなおっさん殺すだけで金が貰えるなんてよ! しかも、この世界じゃ捕まらねぇ!」


 俺は、叫ぶと同時に玄関の方へ走って行きドアを開けた。すると、十人くらい人間が居た。    その中には女、子供、老人も居た。

 だが、俺はそいつらが金にしか見えなかった。


「ヒィアアー!!」


 俺は、叫びながらロングナイフでその場にいた十人を刺し殺した。俺の身体は、返り血で真っ赤に染まっていた。俺はアナタイを見た。


「もう終わりか」


 五分が経ち、現実世界に戻ると全てが元通りになる。俺の身体も綺麗になっている。

 勿論、俺が殺した人間も死んでいない。俺は今回、合計十一人殺した。

 そして、俺は生き残った。

 俺の手元には、合計で三十四万円があった。 

 俺はお金を手に持ち、それを部屋にばら撒いて大声で笑った。


「あーはっはっはっはっ! 楽勝じゃねーか! たった五分で三十四万だ! 最高だ! あのおっさんに感謝しねぇとな!」


 もう、俺の心は完全に悪魔に取り憑かれていた。そして、俺は最悪な事を思いついた。


「そうだ。病人を狙おう。人間は一律三万だ。病人なら動けないから殺し放題だ。よし、明日は大きい病院にでも行くか」


 俺は、すでに自分を制御出来ていなかった。

 もう、周りすら見えていなかった。

 俺の頭の中はお金の欲で支配されていた。

 その時、俺はせなのあの言葉を思い出した。


「見つかるといいね。春樹が本当に合う仕事……」


「せな……やっと見つけたよ。俺の合う仕事。……今週末、会う予定だから、せなにいっぱいご馳走してやるか。」


 次の日、俺はロングナイフを持って近くにある大きな病院に足を運んだ。

 ナイフを持っていても、アナザーロッドを持っているから周りから俺は見えない。

 もう、俺は正気じゃなかった。


 「金金金金金……」


 周りを歩いている人が全部、金に見えた。


「おっと、危ねぇ。危うく、現実世界と異世界の区別がつかねぇとこだった。そんなへまはしねぇよ」

 

 俺は病院に入り、適当に病室を選び、中に入るとアナザーロッドを使い、五分の扉を出現させた。


「さぁ、今日は百万くらい稼ぐか」


 俺は扉の中に入った瞬間、一瞬で病人に襲いかかった。


「やっぱり病人だから動きが鈍いなぁ!」

 

 俺は、瞬く間にその病室にいる八人を殺した。


「さぁ、次だ!」


 俺が廊下に出ると、患者が一生懸命俺の方に向かって来る。


「そんな動きじゃ、俺は殺せねーよ!」

 

 俺は、向かってくる患者を容赦なく刺し殺していく。もう、何人殺したのか分からない。

 数を数えるのも忘れ、俺はひたすら目の前の人間を殺していった。

 すると、俺の目の前にある人物が現れた。


「……せな?」


 俺は忘れていた。

 せなは、この病院で働いていたのだ。

 せなはナイフを手にしており、無表情で俺の方へ近づいて来た。


「せな……やめてくれ。俺は、いくら異世界でも、せなを殺す事なんてできねぇ」

 

 その瞬間、俺の中の悪魔が呟いた。


「なにが、愛する人は殺せないだ。お前は今、何人殺してる? さっきまでの威勢はどうした。あの女も、ここで殺しても、現実世界じゃ死にはしないんだ。それに今、あの女はお前を狙っている。ここで死んだら、全てが失くなるんだぞ? お前が死んだら、あの女からも忘れられる。それでもいいのか? あの女の為にも……山寺せなを殺せ!」


「そうだ……俺は死ねない。せなの為にも!」   


  せながナイフで俺を刺して来た。

 俺は、それを皮一枚でかわした。


 「うぉぉぉぉ!」


 俺は、叫びながらせなの心臓目掛けて、ロングナイフを突き刺した。

 ナイフを抜くと、せなは血しぶきをあげながら崩れ落ちた。


 一方その頃。


 私の名前は「山寺せな」

 少し、仕事に疲れている看護師だ。

 私は、子供の頃から憧れだった看護師になった。最初は頑張ってはいたが、仕事のプレッシャーや、先輩達のパワハラで少し悩んでいた。 

 勤務形態も不規則で、徐々に私の身体は悲鳴を上げていた。でも、それでも頑張れる理由は私にはあった。それは、私の彼氏の「風谷春樹」春樹は、仕事を転々としている。 

 一見、だらしない人だと思われるが、私にはそうは見えなかった。

 

 私は、春樹が学生時代の頃から知っている。      

 春樹は、野球をしている時はとても真剣だった。春樹は、チームワークをとても大事にしていた。同じチームの仲間達を励ましたり、応援したりよく気にかけていた。

 そんな一生懸命な姿を見て、私は春樹に惚れた。春樹は今、きっと大きな壁にあたっているだけ。きっと自分に合う仕事が見つかれば、またあの時の春樹が見れる。

 その時、私は春樹の隣にいたい。

 いつか、春樹が自分に合う仕事が見つかれば、私はそれだけで嬉しい。

 それだけで今、なんとか動いている。


「でも、私も今の現状を少し変えられたらいいなぁ……」

 

 そんなある日、私は仕事から帰っていると突然、黒服を来た男性から声をかけられた。


「あのー、すみません」


「きゃっ! なんですか?」

 

 いきなり声をかけられたので、私は思わずびっくりした。


「わたくし、黒川と申します」


「何ですか? あなた。……私、忙しいので失礼します」


「まぁまぁ、少し待ちなされ。お嬢さん」


 正直、私はこの男が気持ち悪いと思った。


「あんまりしつこいなら警察呼びますよ?」


「まぁまぁ、私はあなたが思っているような者ではないですよ。……どうやら、先にお話を進めた方が早いようですね。」

 

 私は、怖くなって大声で叫んだ。


「誰か、来てください! 春樹、助けて!」   

 

 でも、周りを歩いている人はそんな私に目もくれていない。


「……嘘? 皆……私が見えてない?」


  私は背筋がゾッとした。


「あなた、私に何をしたんですか?」

 

 すると、黒川という男はニヤリと笑ってこう答えた。


「私は、あなたの今の生活を、少しでも変えてあげようと思っただけですよ」

 

 そう言うと、黒川という男は懐からある棒を出し、それを一振りすると、そこには水色の大きな扉が現れた。あまりな非現実的な事に、私は膝から崩れ落ちた。


「……なによ? これ……」


「あなたの人生を変える扉ですよ。ぜひ、お話だけでも……」


 私は今、五分扉の中に居た。

 でも、私はいくら異世界とはいっても人や動物を殺せなかった。

 護身用でナイフは持っていたが、基本私は逃げていた。私は学生時代、陸上部だった。

 だから、そう簡単には捕まらない。

「五分で一万円貰えるなら、それでいい」と私は思った。でも、現実はそう甘くはなかった。


 私が走って逃げていると、グサッと音が聞こえ、急に私の胸の付近が冷たく感じた。

 どうやら私は、横から誰かに刺されたようだ。私は、その場に倒れた。

 そして、見上げるとそこには、春樹が居た。  春樹は、私の血で染まったナイフを持って、無表情で私を見下ろしていた。


「春樹? やっぱり、私なんかが、こんなことするんじゃなかった。……少しでも今の自分を変えたくて、目の前の物に目がくらんでしまったなぁ。でも、最期は愛する人に殺されるなら、まだマシなほうだよね。……春樹、いい仕事見つかったかな。見つかってたらいいな。最期を見るのが春樹……あなたでよかった」

 

 私は、春樹の幸せを願いながら、永遠にその瞳を閉じた。


 一方その頃。


 俺は、現実世界に戻っていた。

 家に帰ると、札束がいっぱいあった。


「そっか……あまりの大金の時は、自動的に自分の家に送られるのか。本当に便利なシステムだな」


 大量のお金が俺の部屋にあるが、俺は不思議とあまり嬉しくない。


「俺……誰かに自分の合う仕事が見つかったって言おうと思ってたんだけど誰だっけ?……全然、思い出せないな。なんか、大事な人、忘れているような……」


 その頃、黒木は人目のない道を歩いていた。


「ほっほっほっほっ。やってしまいましたか。風谷春樹さん。最後までお話を聞かないからこうなるんですよ? 五分扉の中で人を殺しても、現実世界では死なない。……ただし、この異世界は繋がっているのですよ。もし、現実世界の人間が、同時に五分の扉に入り、片方が殺すような事があれば、その人間は現実世界から消滅する。……ああ、私が彼にこの『五分の扉の説明書』を渡せば済む話しでしたか。……それに、彼女がナイフを持っていた時点で普通、気づくでしょう。あなたは、本当にお馬鹿さんですねぇ。……さぁ、今度はどんな面白いお人を探しましょうかね。ほっほっほっほっ」


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五分の扉 海藤日本 @sugawararyouma6329

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