幽霊が視える女 2

「タクミくん久しぶり」


「お久しぶりです」


 大貴と話した数日後。拓実は木幡菖蒲きばたあやめと会った。彼女はいわゆる『視える人』で、時々相談に乗ってもらったり、心霊に関する情報を提供してもらったりしている。


「カズヤくんとはちょくちょく会ってるんだけど──」


 飯塚和也いいづかかずやは拓実と一緒にヨモツヒラサカchを運営している相棒である。もう一人、菊田千尋きくたちひろというカメラマンもいるが、彼は木幡と面識はない。


「いやカズくん全然、キバタさんと会う時に誘ってくんないんですよ。で、なんかほら、カズくんと会ったばっかなのに俺からまた誘うってのも悪いじゃないですか」


「そんなの気にしなくて良いのに」


 木幡はフフフと柔らかく笑った。彼女は黒髪のロングヘアーで、服装も黒系が多い。見た目はステレオタイプな『ミステリアスな女性』といった風だが、彼女にはそれがとても似合っている。としは拓実と変わらないのだが、何となく自分よりも『お姉さん』という感じがする。


「それで? 今日は相談があるんでしょ?」


「あ、はい」


 拓実は伊東理沙いとうりさの話を出来るだけ詳しく──といっても聞いた内容は多くないが──説明した。木幡はティーカップへ上品に口をつけながら、その話を聞いた。


「──と、いうことなんですけど……」


「なるほど。それで、その理沙さんは、幽霊が視えなくなりたいのかな?」


「はい。やっぱ、日常的に幽霊が視えるのってストレスですか?」


「うーん、私は生まれつき視えるから……あ、でも、見た目の良い幽霊ばっかりじゃないからね、やっぱり慣れてないとキツいとは思うよ」


「なるほど」


 幽霊を視たいと切に願っているが、確かに『オン・オフ』出来ないのはしんどそうだな、と拓実は思った。


「原因は、わからないのよね?」


「思い当たるようなことはないみたいです。ただ、最近おばあちゃん──理沙さんのお祖母さんが亡くなったらしいので、個人的にはそこが怪しいかなあ、と」


「お祖母様……確かに、呪われたり祟られたりしたのをきっかけに霊感が強まって、結果的に幽霊が視える体質になるって話は聞いたことあるけれど……そのお祖母様は理沙さんのことを呪ったり祟ったりするような恨みを抱いていたのかしら?」


「あ、いや、どうかな……話を聞いた感じだと、そういうことはなさそう、かな。それこそ本当のところは、お祖母さんに直接訊いてみないとわかんないですけど」


「身近な人が死後、取り憑くってことはあることだけど──」


「守護霊ってやつですか?」


「一般的には、そういう言い方をするかも。でも実際のところ、幽霊に何かを守ったりする力はないんだけどね」


「え? そうなんすか?」


「よっぽど念の強い霊でない限り、生きている人間に干渉することなんて、普通は出来ないわ。ましてや運命を左右したり、幸不幸に影響を与えたりなんて、ね」


「へぇ、なるほど、そうなんすね」


「まあ親しい人の気配を身近に感じることで一種の癒やしを得る人はいるだろうから、全くの無力とは言わないけどね。えっと、だから特に恨まれているようなことがなかったっていうなら、仮にそのお祖母様が取り憑いているとしても、それが原因で幽霊が視えるようになった、っていうのは可能性としては低いかな。ポジティブな感情より、やっぱりネガティブな感情の方が周囲に与える影響は強いものだから」


「と、なると……うーん、なんでなんすかね……」


「あ、でも」


「なんですか?」


「お祖母様の死がきっかけと仮定した場合だけど……お祖母様が理沙さんに『幽霊が見えるようになって欲しい』と強く願って亡くなった場合、それは呪いのように理沙さんへ影響する可能性はあるわ」


「『幽霊が見えるようになって欲しい』と強く願って亡くなった場合……ですか?」


 拓実はオウム返しに訊いた。孫に対してそんなことを願う祖母がいるものだろうか。視えるようにさせて、いったい何の意味があるのか、拓実には全く思いつかなかった。


「そんなことして、何の意味が?」


「いや、私も、ちょっと思いつきで言っただけだから。そうよね、実際、そんなことして何の意味がって感じよね」


 木幡は照れたように冷めた紅茶を啜った。しかし、拓実にはその思いつきが、何か真に迫っているように感じられた。


「その場合って、お祓いとかで治せるもんですかね?」


「え? うーん、そうね……実際に視てみないことには、はっきりとしたことは言えないけれど……可能性としては。解呪かいじゅの為のお祓いもあるからね」


「キバタさん、申し訳ないんですが、理沙さんに会っていただくことは出来ますか?」


「それはもちろん、大丈夫だけど……」


「だけど?」


「私、生まれつきそういうのが視える体質だから、そうやって後天的に視えるようになった人についてはそんなに詳しくないの。だから、お祓いしてしまうことで何か悪影響があるとか、そういうのはわからなくて……」


「サガミさん、とかの方が良いですか?」


 佐神さがみという男は木幡の知人で、とある神社の神主をしている。霊能力者としてはベテランといった年齢で、実はヨモツヒラサカchのファンだそうだ。和也とは面識があるのだが、拓実は話には聞いていても面識はなかった。必要とあらば会うのも構わないが、出来れば拓実が直接面識のある人物に頼みたいというのが本音であった。


「そうねぇ……あ、それなら、私の同居人に一度話を聞いてみると良いかも」


 木幡はわざとらしくパチンと手を合わせて言った。


「へ? 同居人、ですか? てかキバタさん、一緒に暮らしてる方いたんですね」


「うん。あ、女の子なんだけどね」


「あ、そうなんすね」


「そう。それで、その子は『後天的に視えるようになった』子なのよ」


「マジっすか!?」


 拓実はどこかで『自分は一生、霊が視えるようにはなれないかも知れない』と思っていた。しかし実際、後天的に視えるようになった人物がいるというのであれば朗報だ。理沙の件を抜きにしても、是非会ってみたい。


「ええ。その子なら急に視えるようになった原因とかも思い当たることがあるかも知れないし、『視えなくさせる』ことに危険があるかどうかも知ってるかも。たぶん、私よりはずっといいアドバイスをしてくれるんじゃないかな」


「是非お会いしたいです!」


「ふふ、わかった。じゃあ今から呼ぼうか?」


「え? 今からですか?」


 展開の早さに拓実は思わず目を丸くした。


「うん。今日はたぶん家でヒマしてるはずだから」


「あ、じゃあ、お願いします」


「じゃあちょっと電話してくるね」


「はい」


 足早に店を出ていく木幡の背中を見送りながら、拓実は胸が熱くなるのを感じていた。『後天的に幽霊が視えるようになった女性』。果たして彼女はいったいどんな話を聞かせてくれるのだろうか。大貴と理沙さんには悪いが、好奇心が疼いて仕方がなかった。

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