今日のひかり。

ちくわぶ。

退屈な一日。

朝の光が、そっと部屋に落ちてくる。

まるで「今日も始まりますよ」と、静かにささやくようだ。


その光の中で、一人の人がゆっくり目を開ける。

いつもの時間に、いつもの呼吸で。

けれど、まつ毛に触れる光の形は、昨日とほんの少しだけ違って見える。


「また同じ朝だな。」

そんなつぶやきが、部屋の隅に淡くしずむ。


外から眺めれば、今日の朝も昨日の続きに見える。

変化のない時間が、そのまま並んでいるだけのように思える。

けれど空気のどこかには、言葉にならない微かな違いがまじっている。


湯気の立つカップを手にして、

彼は静かに窓の外へ視線を送る。

曇り空は薄い膜のようで、

光は静かに色をほどきながら落ちていく。


「今日も曇りか。」

その声には、わずかに温度がある。


外へ出れば、道は昨日と同じ形で続いている。

家々の影も電柱の高さも、変わらぬふりをして立っている。

けれど、風に揺れる葉の角度は少し違い、

影の伸び方も昨日とは違う。


誰も気づかなくても、

上から静かに見つめる視点だけは知っている。

「昨日とそっくりの今日」は、

本当はどこにも存在しない。


昼の光はまるくやわらかくなり、

部屋に小さな影をそっと置いていく。

その影は朝よりすこし長く、

時間が静かに形を変えているのがわかる。


「何か変わったような、変わってないような。」

その言葉は光の粒にまぎれて消える。


夕方が来ると、光はゆっくり冷たくなり、

部屋の角が静かに暗くなる。

その暗がりの中で、今日という一日が

かすかに息をついている。


夜になり、彼はまたひとつつぶやく。

「今日も特に何もなかったな。」


けれど、俯瞰する視点はそれを否定しない。

ただ、言葉の裏でひそかに鼓動する

目に見えない“差異”をそっと拾い上げる。


退屈な一日は、薄い硝子のように透明で静かだ。

だが、その透明の奥では、

名もない小さな揺れが、ほとんど気づかれぬまま震えている。


やがて彼は目を閉じる。

明日も今日とよく似た顔で訪れるだろう。

だがその似た顔の奥で、

またひとつ、小さな“違い”が生まれる。

声もなく、形も曖昧なまま、

それでも確かに息をして。

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今日のひかり。 ちくわぶ。 @saksakpanda21

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