蛇神探偵事務所解決夜話〜探偵少女の始まり〜
@hegefog999
第1話 彼と彼女の始まり
ヘンゼルは妹を慰め、
「グレーテル、お月さまが出るまで待つんだ。
そうしたら僕がまいておいたパン屑がみえるからね。
それをたどったらまた家へ帰れるよ。」
と言いました。
グリム童話<ヘンゼルとグレーテル>
†††
その瞬間、彼女は間違いなくヒーローだった。
「やめなよ」
それは彼にとって天啓のような声だった。
時は夕暮れ。場所は小学校の空き教室。登場人物は五人。
虐められている低学年一人と虐めている高学年三人。それから、それを止めた高学年が一人。高学年の三人はそれぞれ利発そうな男子だった。一方で虐められている低学年の少年は大人しそうで、気弱な子犬という感じだった。対して、制止した高学年の少女は気が強そうな顔をしているが、その手は震えていた。
放課後、忘れ物を取りに来た彼女は偶々、いじめの場面を視てしまったのだ。
故にどうしてそんなことになったのか。なぜ、こんなことが起きているのか。
その前後関係は分からない。けれど、弱者を痛めつけることに対して、彼女は人一倍敏感だった。それは彼女が両親から、そう言ったことは見過ごしてはいけないと常々教育されてきたのもある。
しかし、それ以上に彼女が持っている性質的に“そういう”のは“許せない”性分だった。
だから後先なんて考えず、彼女は同じ高学年の男子を止めたのだ。
「うるさいな、■■■。邪魔するなよ」
高学年の男子の一人が彼女に言う。それぞれ、丸刈り、長髪、刈り上げという特徴を持った少年たちなのだが、いま、文句を言ったのは丸刈りの少年だった。
「どんな理由があるかなんてのは知らない。知ったこっちゃない。けれど高学年の癖
に低学年を虐めるなんて人の道に外れる行為だわ」
少女が堂々と三人を指さす。彼女が本来持っていた名前は様々な事情により失われている。故に此処では仮に義堂【ぎどう】アガリと名付ける。
「知らないなら首を突っ込むなよ。これは俺たちの問題なんだ」
長髪が義堂に反論する。
「いいえ。学校で起きた以上、これはクラスの問題であり、同時に学校全体の問題よ」
長髪たちとアガリは同じクラスだった。元々、長髪たちの素行が良くないことをアガリは知っていた。だからこそこの虐めも初めてのことではないと彼女は察していた。
「学校全体だなんて大きな話じゃないさ。単にこいつが悪いだけなんだから」
刈り上げが低学年を指さす。
「何か理由があるなら聞くわ。私にできることなら手助けもする。だけど一方的なものはダメ。両方の話を聞かなくちゃ。そうでしょ」
「はぁ? 面倒なこと言ってんなよ」
丸刈りが呆れたように言う。彼の眼には敵意が満ちている。
邪魔者は排除してしまおう。今此処でおとなしくさせてしまおう。そんな魂胆が彼の眼から漏れ出していた。そしてその雰囲気を理解したのか、他の二人も臨戦態勢に入る。
「何? やろうっての? 上等じゃない。男子三人で女一人に挑むなんて卑怯な真似ができるならかかってきなさい」
安い挑発である。大人びた会話をしていても、彼らはまだ小学生だ。
短絡的思考で行動する子供であるがゆえに、その挑発は効果覿面だった。
「この野郎!」
丸刈りが勢いよく、殴りかかる。それを流麗な動きでアガリが躱す。彼女は父の勧めで空手を習っていた。だから、素人喧嘩など眼ではないのだ。
しかし三人がかりともなれば、分が悪い。
「あぐっ」
背中から強烈な一撃を喰らって彼女はよろめいてしまう。
「隙あり!」
丸刈りたちが畳みかけるように攻撃してくる。
こうなってしまえば、もう泥仕合になるしかない。
彼女たちは取っ組み合いの喧嘩をし、見回りの先生が現れるまで、果てしない殴り合いをした。
女であるとか男であるとかもうそんなことは関係ない。
ただひたすらに相手を傷つけることだけを主眼にした暴力の応酬。
その先にあったのは、喧嘩両成敗という教師による謎の論理だった。
「はぁ、ごめんね。君。助けられなくて」
職員室でしっかり怒られたアガリが少年に謝罪する。
「ううん……大丈夫。ありがとう」
伏し目がちに少年がお礼を言う。
「大丈夫ならよかった。またあいつらがいじめてきたらいってよ。絶対に助けるから」
顔を傷だらけにしながら少女はニンマリと笑う。
「うん……わかった」
少年が素直に頷く。
「ね、アンタ、名前は? 私の名前は■■■っていうんだけど」
アガリが本当の名前を名乗る。
「僕の名前はヒノキ。加々宮ヒノキ」
「加々宮ヒノキね。なるほど。良い名前だわ」
少女が彼の名前を呼ぶ。そうして、彼と彼女の関係は始まった。
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