第二話 デジタルネイティブの敗北

 五年後。


 農家の息子として生まれた俺は、「プラティエ・ノルン」という名で五年間生き、元気な男の子になった。


 無事に立って歩き、言葉を話し、文明や時代を知ることができたのだ。


 まず、ここは地球のどこでも無い、おそらく漫画やアニメなんかで聞く「異世界」であり、中でも俺が住んでいるのは、大都市から遠く離れた離島である「マルデア島」の「カルベナ村」という小さな村であるということ。


 魔術や加護といった、いわゆる不思議な力が存在する世界であり、「魔物」なる化け物も存在しているようである。


 しかし、中世ヨーロッパのような時代及び文明では無く、文明レベル自体は俺が大学生をやっていた時の日本とそう変わらないように見える。


 科学の代わりに魔術が発展したのだろうか、スマートフォンのような機能を持っている魔法の杖を、一人一本は持っていて当然な時代のようだ。


 次にこの世界の、少なくとも俺が今住んでいる「ヴィリア王国」で話されている言語は、文法や表現が日本語に近く、覚えやすかったということ。


 今となっては、同世代の子供よりも遥かに多い語彙を使えるようになった。

 俺の密かな自慢である。


 ここまでは良い。


 比較的親しみやすい世界で、言葉も分かりやすく、人間という生き物の特徴も、血液と共に「魔力」が流れているということを除けば前世と同じ、実に良いことだ。


 しかし一つ、俺は生まれながらにして重大な欠陥を抱えていた。


「プラティエ、お前は機械が苦手なんだな……すごく、すごく……」


 父である「グラディグマ・ノルン」に言われたことで、俺は気付いたのである。


 今の俺は前世と違い、とんでもない機械音痴なのだ。


 爺さん婆さんがスマートフォンを使えない、だなどという生ぬるさでは無い。


 その証拠に今、五歳の誕生日に母である「メリア・ノルン」が買ってくれた、魔術の杖である現代魔杖げんだいまじょう……だったものと、泣き崩れる母が目の前に転がっている。


「せ、せっかく買ってきたのにぃ……」


「ご、ごめん、母さん……」


「いいのよ、お母さんがもっと丁寧に使い方を教えてあげれば良かったの……ぐすん……。これは修理に出しておくわね……」


「うん……お願い……」


 俺は戦慄した。


 西暦二〇二二年を生きる大学生が、ノートパソコンやスマートフォンを起動することさえ危ういとなれば、それは致命的な欠陥だろう。


 まさに今、自分は異世界でそれに陥っているのだ。


 俺は早くこの文明に馴染まなければと、壊した杖が魔導具店から帰ってきたその日から、何とかして杖を使おうと練習を始めた。


 しかし。


「も、もう……何度、壊したら使えるようになってくれるの……?」


「いい加減使えるようになってくれよ……修理だってタダじゃないんだぞ?」


「そんなこと言ったって……」


 半年経っても、無理なものは無理であった。


 辛うじて杖を起動することはできたものの、杖に魔術を使うために必要な宝石である「スピネラ」を嵌めようとすれば、台座の金具をひん曲げてしまい、母がはめてくれたスピネラを使おうと杖を振れば、振り方を間違えてしまい不発。


 間違い通信デンワはかける、ゲームをログインどころかストアにもアクセスできない、オマケに杖を発売している会社のログインIDを入力できずにロックがかかってしまう……。


 自分がここまで機械に苦しめられるとは思えなかった。


 しかし、俺が上手く杖を使えない理由は明白である。


 俺は魔力の扱いが良く言えば特殊、悪く言えば下手であり、生まれてすぐの健康診断で、魔術を使う力自体は高いものの、それを操る神経が変だと診断されていた。


 少なくとも、俺の神経は現代魔術に合わないとそういうことである。


 間違いなく、原因はそれであろう。


 この世界では、魔術や神の加護を用いるために使うリソースとなる物質を「魔力」と呼び、その強さを「干渉力」と呼んでいる。


 これらの力を示す良い例えが、子供向けの入門書に書いてあった。


 例えば、普通の魔術師、血中魔力量が多い魔術師、干渉力が強い魔術師が、三人で撃てるだけの威力で、撃てるだけの数の火球を撃ったとする。


 普通の魔術師は、拳より少し大きい程度の火球を十発撃てば息切れしてしまうが、血中魔力量が多い魔術師は、それを三十発撃つことができる。

 そして干渉力が強い魔術師は、火球の数こそ十発ではあるが、一発一発がくす玉を上回る程の大きさで、温度も数倍高いものを撃っていた。


 魔力と干渉力は、以上のような例えでまとめられている。


 そして俺は、干渉力そのものは高いが、とんでもなく不器用であると、そういうことらしい。


 解決策として、杖に装着するスピネラの数を絞ることが挙げられたが……それでも使えなかった。


 杖には最大五つのスピネラを嵌めることができるが、魔術の扱いが苦手な人間は、その数を絞ることで杖の負荷を減らして使用を容易にしているそうな。


 しかし俺ときたら、スピネラの数を一つにしてもロクに使えないときたものだ。

 あまりにも不器用が過ぎる。


 握力はあるのに手先が不器用な人の気持ちが、ようやく理解できた気がした。


「じゃ、じゃあお母さん、また魔導具屋に行ってくるから……」


 俺はボロボロの杖を魔導具店に持って行こうと靴を履く母を止めようとした、その時。


「ねえ、母さん。俺……この本、使ってみたい」


「それは……魔導書?杖を使えるようになれば、わざわざ覚えなくても良いのよ?」


「その杖を使えないから、やってみたいんだよ」


 玄関前の棚に飾られていた本の存在に気付く。


 子供向けの入門書を読んだ俺には分かる。


 玄関に飾られていた分厚い本は、魔術が記されている魔導書であった。


 現代魔杖は、装着したスピネラに対応する魔術を、魔術名を詠唱するだけで使うことができる便利なもの。

 勿論、適性や本人の能力にもよるが、少し無理をすれば、使用者が自力で使うには無理がある魔術も使うことができる、言ってしまえばことわりを超えた魔導具である。


 しかし五十年ほど前から杖が主流になるまでは皆、使用する魔術によって異なる呪文をわざわざ詠唱していたのだという。

 呪文の暗記が苦手な魔術師は、魔導書……もといカンペを片手に魔術を使うこともあったのだとか。


 確かに、今の俺は現代魔杖を使えない。


 それでも、せめて日常生活を送るためには、何か魔術を使う術を用意しなければ。


 俺は魔導書を持って自室へ籠り、それから二日後まで、寝食を忘れて読み耽るのであった。

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