〆. 願う桐
「愛莉ちゃん、ほんとに何も覚えてないの?」
放課後の部室に佐藤の声が響く。
「ええ、朝の記憶が抜け落ちているのよ。だからみんなが助けてくれたことも分からなくて」
橘がこめかみに手を当てて首を振る。
「不思議なこともあるんだねえ」と佐藤がテーブルに置かれた木箱に視線を移した。
「でも羽柴くんの最後のあれなら叶うことはなさそう」
「……うるせえ」
「オレは良かったと思う。レオの名前に恥じない立派な志だ」
大根役者に戻った皆本が訳知り顔で頷く。
「ハ、ハシバの願い……叶うといいね」
平田が少しだけ顔を上げて微笑む。
「もういいだろうが! 俺の願い事なんてさっさと忘れろよ!」
頭を抱えながら俺はテーブル突っ伏した。
エントランスホールでの出来事は歴研のゲリラ活動として処理された。もちろん橘と皆本が手を回してくれたのだが、意外に好評だったらしく教師からもお咎めは無かった。困ったことと言えば歴研が演劇をやる部活だと勘違いされそうなぐらいだ。
ループからも解放された。安堵した途端に疲れが一気に襲ってきたが、今はこうやって部員五人で部室にいることが嬉しかった。特に佐藤と橘が並んでコーヒーを飲む姿なんて軽く涙が出ちまった。
どうやら予想は当たったらしい。二つに分かれたイヤリングは歪な形で願いを叶えた……俺の、本当の願いを。
完璧な人間なんていて欲しくない。俺がなれなかったものだから。
完璧な人間がいて欲しい。俺の目指したものが幻想じゃなかったと証明してくれるから。それは俺にとって救いになるから。
二つ合わせたものが俺の願い。完璧な人間なんていない、というのがこの俺、羽柴麗央の願いだった。
我ながら歪んでいると思うぜ、本当に。
「部長さん、そろそろ部活を始めたら?」
「……分かってる」
「うかうかしてると愛莉ちゃんに先を越されちゃうよ~?」とニヤニヤする佐藤。
「なるんでしょ、かんぱ」「あーあー分かってるって! ったく、どいつもこいつも……」
橘と佐藤に急かされて俺はホワイトボードの前に立つ。
集まった部員達が俺に注目する。皆本、平田、佐藤、橘。クセの強い奴らばかりだ。これからもっと厄介事に巻き込まれるんだろうな。今から先が思いやられるぜ。
でも、楽しくなるのは間違いねえ。
「んじゃ歴研の活動を始めるぞ。第一回目の内容は……」
叶えてもらわなくていい。だけど歪むこともない。
願いじゃなくて、確信だからな。
そうだろ、神様?
願う桐 高橋玲 @rona_r
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