9. お芝居

「だ……だだだだ大根役者だと!?」

 部室棟の横で〝おっさん小説家〟兼〝スーパーヒーロー〟こと皆本が叫んでいる。俺が皆本にとっての禁句を口にしたからだ。

 今回の皆本はチャラ男だった。今までならこの時点で諦めていたが、〝当たり〟を引いた経験のある俺には関係無い。案の定、皆本は俺の話もろくに聞かずに「行くぞッ!!」と威勢よく走っていった。

「す、すごいや。本当に〝王子〟が仲間になるなんて……!」

 キラキラした目を俺に向けてくるのは平田だ。

 佐藤との通話を終えた後、なんとか平田に追いついた俺は矢継ぎ早に事情を説明した。平田は最初こそ驚いていたが、すぐに納得し、お馴染みの詠唱とともに学校へ走り出した……ただし、今回は俺と一緒に。

 実は身体能力の高い平田だから、俺一人ぐらい引っ張っていくのも訳無いと考えたのだが、これが当たりだった。平田に引かれて走る通学路は爽快で、足に羽が生えたように感じた。いくらでも走れる気がした。風の加護ってのはつまりメンタルだったってわけだ。

 走っている途中で俺がイヤリングの話をすると、平田は「願いが歪んじゃったのかも」と答えた。

「耳飾りは佐藤さんと橘の魔女が片方ずつ付けているんだよね。それが原因って考えられないかな」

 佐藤が部室に持ってきた、星の装飾が施された木箱と青みがかった石の埋め込まれたイヤリング。それが本当に神様へ捧げ物で、紛いなりにも俺の願いを叶えてくれたんだとしたら、

「マジで操られてんじゃん、あいつ……」

「いくら橘の魔女と言えど神様には勝てないよ。そう考えるとオルテラで神と戦ったハシバはすごいね」

「え、俺、神様と戦ったの……?」

 平田とはこのループを抜け出す方法も話した。ベターなところはイヤリングの破壊だが、取り返しがつかないのでまずは木箱に戻そうという結論になった。あとは別な願いへの上書きで、これも一緒に試すことができる。神様と戦う案も平田から提示されたが丁重にお断りした。まともに戦うにはループどころか転生しなきゃならなそうだからな。

 俺の本来の願いを伝えると、平田は珍しく声を上げて笑っていた。

「勇者らしいね」と呟いた言葉の真意を平田に聞く前に、俺達は部室棟に到着し、そこで皆本に出くわしたというわけだ。

「それじゃ頼むぜ平田」

「うん、ハシバも気を付けて」

 俺達はその場で別れた。平田は俺から鍵を受け取って部室棟へ、俺はもちろんエントランスホールへ。

 平田が木箱を取りに行っている間に俺は皆本と一緒に橘愛莉を止める、それが作戦だった。イヤリングを佐藤から借りる以上、合流するのはエントランスホールだ。部室棟からの距離を考えれば平田の方が速い。

 それに平田を先に橘愛莉とかち合わせたくなかった。痛めつけられるのは俺でいい。皆本は知らん。

 中庭には誰もいなかった。この時点で皆本が橘愛莉と遭遇していたら厄介だったが、時間のズレたことが功を奏したらしい。あとは皆本が変な場所で道草を食っていなければ大丈夫だ。

 思い返せば皆本のキャラガチャはループに誤差があることの証左だった。佐藤が電話をかけてきたこともその一例だろう。これまでのループで今回だけ。余りにも低い確率……いや、よそう。佐藤の助けをそんな陳腐な言葉で片付けたくねえ。

 そして今、これまで何度も開いたエントランスホールのドアが目の前にある。

 これが五人揃った歴研の最初の活動になるなんてな。

 心の中で戯けみせて、俺はゆっくりとドアを開けた。


 ***


「オレの名はッ!! 正義のスーパーヒーロー〝ライトニング・プリンス〟だッ!!」

 エントランスホールに入ると、一生忘れられそうにないヒーロー名を叫ぶ声が聞こえてきた。

 すぐに状況を確認する。階段の前に佐藤と橘愛莉、そしてその手前に皆本の後ろ姿。タイミングはバッチリだった。

 皆本は相変わらず特撮の雑魚敵みたいなポーズをとっている。これまでのループで実際に雑魚だと判明してるんだが、そんな姿でも俺達以外には効果があった。

 登校してきた連中がぽつぽつと足を止めて視線を向けてくる。さざ波のような会話がざわめきに変わっていく。もちろんその中心にいるのは〝王子〟こと皆本だ。

「皆本、下手に飛び出すなよ」

 俺はそんな〝王子〟の横に立って、橘愛莉に声を掛けた。

「よう、橘」

「おはよう、羽柴君」

 橘愛莉は静かに笑いながら挨拶を返してくる。右耳が天窓から差し込む光で煌めく。

「あ、羽柴くん。おはよ~」

 橘愛莉のすぐ後ろから佐藤がぴょこっと飛び出して、ひらひらと手を振ってきた。二人が近付くとこっちとしては心臓に悪い。

「橘女史ィ、貴様の企みはお見通しだッ!!」

 俺の心労もよそに皆本は変なポーズのまま橘愛莉を指差した。

「この〝ライトニング・プリンス〟の正義、受けてみるかァ?」

 たぶん一瞬で蹴っ飛ばされると思うぞ、お前の正義。

「そしてこのファンたちを見よッ!! オレに力を貸すために集まったのだッ!!」

 面白半分で来ただけだろ。ファンと言うかサーカスの見物客に近いぜ。

「おー、なんかすごいね〝王子〟」

 佐藤、もう少し感情込めて褒めてやれよ。

「……」

 橘愛莉、その薄ら笑いだけは本物なんだな。

「行くぞォーッ!!」

「は……おい行くのかよ!?」

 皆本は俺の忠告も無視して勝手に橘愛莉に突撃した。

 単騎特攻をさせるわけにもいかず、俺も慌てて皆本に続く。ちくしょう、まるで谷を駆け下りる羽目になった武者の気分だ。

 周りの連中は俺達の事情なんて知るわけもなく、出し物だと思っているんだろう、橘愛莉に向かっていく〝王子〟を見て歓声を上げ始めた。いや逆か、橘愛莉を応援する声の方が圧倒的に多い。みんな皆本に鬱憤が溜まってたんだな。

 その歓声を知ってか知らずか、ついに橘愛莉が動く。

「うがっ!?」

 動いた瞬間には消え、俺の腕には激痛が走っていた。身体がガードを覚えてなきゃ今ので意識が飛んでたかもしれん。

「み、なもと……頼む!!」

「言われなくともライトニングッ!!」

 またよく分からん決め台詞を吐いて皆本が橘愛莉に襲いかかる。今度こそ橘愛莉の標的は〝スーパーヒーロー〟に切り替わった。その隙を見逃さず、俺は痛みを堪えて佐藤に近付く。

「っはあ……よう佐藤」

「は、羽柴くん大丈夫? 愛莉ちゃんも〝王子〟も……え、これって演技……だよね?」  

「当然だろ」と俺は心配そうな表情の佐藤に向かって精一杯に笑顔を作った。

「イヤリングは持ってるか? 実はこれから演技で使うんだ」

「あるけど……ほんとに大丈夫?」

「問題ねえ。俺は歴研の部長だからな」

「なにそれ……変なの」

 困ったように頬を緩めた佐藤からイヤリングを受け取って、左手にしっかりと握る。

 あとはもう片方だ。

「はッ!! よッ!! げぅ……ライッ!!」

 意外なことに皆本は橘愛莉の連撃をギリギリで躱し続けていた。お陰で俺は佐藤と話す時間ができたわけだが、一瞬で蹴り飛ばされていた過去のイメージとかけ離れている。

「フッ!! ハハァ!! みっ見よッ!! この美しい体捌きを見よッ!!」

 気付けば皆本のクネクネした動きに観衆が盛り上がっていた。コイツ、注目を浴びればパワーアップするタイプか。道理で人のいない中庭だと雑魚だったわけだ。

 しかしそんな皆本でも体力には限界があった。次第に橘愛莉の攻撃を受ける回数が増え、ライライ叫んでいたのもぜーはーと呼吸するだけに変わっている。

「加勢するぞ!!」

 このまま皆本がやられるのを黙って見ているほど薄情にはなれない。こんなアホでも歴研の部員だ。二人なら橘愛莉の攻撃も――

「ぐがっ!?」

 今度は腹に激痛が走った。一瞬の浮遊感の後に身体が床に投げ出される。橘愛莉が皆本を無視して俺を蹴っ飛ばしてきたからだ。

「ラィ……」

 その皆本もすぐに崩れ落ちた。

「愛莉ちゃん、ちょっとやりすぎじゃ……」

 佐藤の声が聞こえてくる。マズい、俺と皆本を片付けたってことは橘愛莉が佐藤に向かうはずだ。寝てんな起き上がれよ俺。橘愛莉を止めるんだろうが。

「逃げ……さとぅ……」

 声を出そうとしても息が上手くできない。そうこうしている間に橘愛莉が懐に手を入れて、鈍く光るそいつを取り出した。周りの歓声にどよめきが混じる。

「ぎ……」

 歯を食いしばって必死に身体を起こす。震える足で橘愛莉と佐藤の間に立つ。

 橘愛莉が近付いてくる。静かに微笑んで、ナイフを手に持って。あんなもので刺されればひとたまりもない。せめて佐藤を守らねえと。

 俺が死んだらどうなる? ループが終わるのか? そしたら橘愛莉が捕まって、歴研も解散になって。違う、ダメだ、認めねえ。俺はそんなの願ってねえ。

 橘愛莉がナイフを構える。鈍い光が乱反射する。そいつがまっすぐ俺の胸に…………

「――そこまでだよっ!!」

 刺さらなかった。

 そして、声が聞こえた。

「ごめんハシバ!! ちょっと遅れた!!」

 俺の胸元で止まったナイフ。橘愛莉の腕を掴む手。

 満を持しての平田の登場だった。

「やるじゃないか青年……だがオレも負けていないぞッ!!」

 平田に呼応するように橘愛莉の足を抑えているのは皆本だ。傍から見たらスカートを覗いているみたいだが、そんな姿すら格好良く思えちまった。

「箱!! 足元!!」

 平田に言われるがまま足元を見れば、そこには木箱が転がっていた。星の装飾が施された、古ぼけたあの木箱が。

 木箱を拾い上げて橘愛莉と向かい合う。

「……」

 橘愛莉の笑顔は消えていない。しかし腕と足を振り解こうと力は込めていて、それがただただ不気味だった。神様ってのがいるとしたら、人間をこんな風にしちまうのは勘弁してほしい。

 いや、そもそもの原因は俺だったんだ。

「悪かった、橘」

 橘愛莉の右耳に触れる。イヤリングの冷たい感触が指先を伝う。それをゆっくり外して、左手を開いて、二つ揃って木箱に収める。

 そして俺は木箱を高々と掲げ、大きく息を吸い込み、願った。

「俺を――――」



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