8. 長者

「――ってさ、フィリスが焔術を使ってくれなかったらヤバかったね」

 平田がいる。ループが始まっている。

 目の前が真っ暗になる。ループが終わる。


 ***


「――ってさ、フィリスが……」

 平田がいる。ループが始まっている。

 目の前が真っ暗になる。ループが終わる。


 ***


「――」

 ループが始まっている。

 ループが終わる。


 ***


「――」

 始まっている。

 終わった。


 ***


 始まって、終わって、

 始まって、終わって、

 始まりはじまり、終わりのおわり。


 *** 


 一、二、三、四、五回。

 六、七、八、九、十……回目? もう、どうでもいいか。

「……疲れた」

 通学路で一人、地面に腰を下ろす。なんなら大の字で寝てもいいぐらいだ。ああ、それはもうやったんだったな。

 平田は先に行かせた。皆本にも会わない。エントランスホールにも向かわない。

 全部、無駄なことだからだ。橘愛莉を止めてもループからは抜け出せなかった。俺が必死に救おうとしていた佐藤は、俺のせいで橘愛莉に殺されていた。

「疲れた」

 ため息が漏れる。

 このため息が今回のものか、前回のものか、それすらも曖昧だ。

「――」

 平田がフィリスの話をしている。

 最初から態度に出すと心配されるから、毎回お茶を濁すようにしている。ははっ、なんだこの習慣。

 変わらない平田と真逆の変わりまくる皆本。あいつのキャラガチャだけはノイズとして心に残っている。それでも部室棟まで行くのすら億劫だ。

 俺は大の字に寝っ転がった。周りの連中が変な目で見下してきた。どうでもいい。

 空が青い。最後にちゃんと眺めたのはいつだったか。どうでもいい。

 どうでもいいんだ。

 どうでも……。


 ***

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ………………電話?


 ***


『羽柴くん?』

『なんだ~電話出てくれるじゃん』

『や、用事ってわけでもないんだけどね』

『あれ、聞こえてる? もしもーし?』

「佐藤……?」

『あ、うん。佐藤だけど。もしかして間違えました?』

「い……いや合ってる……けど……」

『良かった~。そんなにキョドられるとこっちがびっくりするじゃん。もしかしてあたしのこと忘れちゃってた?』

「なっ……」

『え、普通に冗談だけど。もしかして寝ぼけてる?』

「……」

『おーい、朝ですよー』

「……ぐすっ」

『およ?』

「佐藤……ざどぅ……ひっぐ……」

『え、え? なんで泣いてんの!?』

「ないでなんがにゃい……」

『いやめちゃくちゃ泣いてるし! どうしたの? 何か悪いことでもあった?』

「あっだ……おで……おばべぼ……」

『あーあーちょっと落ち着いて。待っててあげるから』

「ふぐぅ……うあぁ……」

『まさか羽柴くんが泣くなんてねえ。俺は死んでも泣かん、とか言いそうなのに』

『まあでも、泣きたくなったら泣けばいいよね。あたしとか映画でめっちゃ泣いてるし。もうティッシュ空にしちゃうぐらい』

『あ、電話をかけた理由だけどね、ほんとになんとなくだよ。歴研がちゃんと始まるからお祝い的な?』

『どんな部活になるのかワクワクするね。期待してるよ~部長さん』

『大丈夫! 失敗しても今度はあたしが見ててあげるから!』

「……ずまん、助かる」

『おっ、泣き止んだかな?』

「ずずっ……ああ、もう大丈夫」

『結構けっこー。これで今日の部活もバッチリだね』

「……佐藤」

『んー? どったの?』

「ちょっと変なこと話してもいいか……?」

『いいよー。愛莉ちゃんが来るまでね』

「その橘が……もしも、もしもな、佐藤に酷いことしてきたらどうする? しかもそれが俺のせいって言ったら……」

『え、羽柴くんそんな人なんだ。こわ……』

「違う……か分からねえ。マジですまん……」

『別に。あたし愛莉ちゃんから酷いことされてないし』

「そうなんだが……でも……」

『されてないことは答えられないねえ。愛莉ちゃんとなんかあった?』

「それは……まだ無い」

『変な言い方だなあ。んでも、そんなことがあったらまず聞くと思うよ。なんでーって』

「橘というか、俺が望んで……」

『羽柴くんが望んだの? ほんとに?』

「……たぶん」

『お金持ちじゃなくて?』

「お金持ち?」

『え、お願いごとの話じゃないの?』

「お願いごと……?」

『イヤリングでしょ? あたしと愛莉ちゃんが付けてる』

「イヤリング……………………………………………………………………………………あ」

 唐突に、この一週間の出来事が頭の中で弾けた。

 月の歌。

 佐藤のイヤリング、橘愛莉の告白。

 俺の願い、俺の持論。

『羽柴くーん?』

「……佐藤、お前って今イヤリング持ってるか?」

『ふえっ? えーっとね、実は内緒で付けてたり……』

「橘も?」

『愛莉ちゃんはどうかなあ。意外と付けてるかも? ああ見えて結構攻める子だから』

「そうか……」

『なになに? もしかしてまた見てみたくなった感じ?』

「あー、そうだな。ちょっと貸してくれると助かる」

『うわ~女子のイヤリングを欲しがるなんて変態じゃん』

「うぐ……」

『しょうがないなあ。なら部活の時に貸したげる』

「……今からでもいいか?」

 通話しながら時計を確認する。まだ平田が行ってから時間はそこまで経っていない。

 間に合うはずだ。

『えっ今から? 別にいいけど……もう学校にいるの?』

「いや、まだ通学路だ。速攻で行くから待っててくれ」

『なんかすごいやる気だ……。ならエントランスにいるね。ちょうど愛莉ちゃんとも待ち合わせだし』

「ああ」分かってるよ。何度も経験してきたからな。

「あと、佐藤」

『んー?』

「ありがとな」

『え、こわ。死ぬ人の台詞じゃん』

「おい……」

 直後に電話が切れる。

 一つため息をついて起き上がると、疲れも痛みも消えていることに気付いた。

「行くか」

 今度こそ橘愛莉を止めるため、そして佐藤を救うため、俺は勢いよく地面を蹴った。


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