降りてくる黒い影

椎葉伊作

【降りてくる黒い影】

 7月25日


 日記なんて書いたことがないので、何を書けばいいのか、、、、、

 とりあえず、こうなるに至った経緯でも書くことにする。

 先日、仕事を辞めて無職の自由を謳歌している時に、親戚から短期でアルバイトをしないかと持ち掛けられた。

 内容は、本家の仏壇の供養をするのでその下準備を手伝ってほしい、というもの。

 最初に話を聞いた時は、「はぁ?」と思った。これまでほとんど関わることが無かった本家とやらが、胡散臭い霊能関係の仕事を副業でやっているらしいというのは聞いていたが、なんで遠縁の俺にそんな依頼を持ちかけてくるのか、と。

 だが、掲示された報酬金額と条件がとてつもなく良かったから、二つ返事で引き受けた。

 三週間。正確には八月の盆まで、本家の屋敷——山奥の一軒家で一人で暮らす。その間、毎日、一日に一度、裏手の山にある堂に通い、中に安置されている仏壇に異常が無いか確認する。

 それだけで辞めたクソ会社の給料三か月分の金がもらえるとなれば、断る理由は無かった。

 話を持ってきた親戚——本家の長男である■■は、「血筋の~」とか「土地の性質が~」とか難しいことを並べ立ててきたが、最後には、

「お前しか適任がいないんだ、頼む」

 と、頭を下げてきた。昔から本家の連中は遠縁の俺に対して高慢ちきに振舞っていたから、まあ悪い気はしなかった。

 で、今日がその初日。

 ■■に案内されて辿り着いたのは、山奥の、正にポツンと一軒家って感じの古くて大きな家だった。構えは立派なもんだが、あちこちにガタが来てそうな日本家屋。

 今まで訪ねたことなんて無かったから、「本家っつったってこんなもんか」と思わず笑ったのは内緒だ。

 やけにもたもたと家の中を案内された後、裏手の山の上にある仏壇が安置されている堂にも連れられて行ったが、拍子抜けした。ボロボロの建屋の中にポツンと黒い箱が――扉の閉じた仏壇が置いてあって、それを外から見るだけでいいのだという。もっとおどろおどろしい作業を想像していたが、堂の中にも入らずに外から見るだけでいいとは。

 ■■曰く、「これは下準備の段階だから大したことない」とのこと。よく分からないが、見るだけでいいのなら楽なもんだ。

「家具や家電は好きに使っていい。食料もある程度は備蓄してあるが、菓子や酒なんかが欲しい時は麓のコンビニまで降りて買ってくれ。外出は構わないが、外泊はダメ。人を招くのもダメ。極力、一人で家にいること。家の中では別に何をして過ごしても構わないが、必ず一日に一度、朝でも昼でも夜でもいいので裏手の山の上の堂に行き、中に置いてある仏壇に異常が起きてないか確認してほしい。異常があれば電話で報告すること」

 ■■は、最後にそんな説明をして去っていった。家を出る時、玄関の梁に頭をぶつけていて、いい気味だった。

 ああ、それと、メモでいいから記録をつけるようにとも言っていた。だから、こうして日記を書いているというわけだ。

 詳しいことは分からないままだが、ともかくポツンと一軒家での気ままな一人暮らしが始まった。時期も時期だし、人生の夏休み気分で楽しもうと思う。


 7月26日


 二日目。

 一日中、ダラダラと家の中で過ごした。

 特に支障はない。台所の食糧庫に用意されていたインスタント食品で腹を満たし、持ち込んでいたゲームをやったりタブレットで動画を見たりして時間を潰した。山奥とはいえ、ネットが通じるのならば暇を潰す手段には事欠かない。

 台所やら風呂やらの設備は古かったが、問題なく使用できた。洗濯機だけは古すぎて使い方が分からなかったが、どうにか無事に回すことができた。

 昼過ぎに散歩がてら堂に行ったが、中の仏壇に異常は無かった。こんなもんでいいのかと思うが、まあ、こんなもんでいいのだろう。


 7月27日


 三日目。

 昨日と同じ。家の中でダラダラと過ごす。

 堂の仏壇も相変わらず変化なし。単調で書くことが無い。


 7月28日


 四日目。

 同じく、家の中でダラダラと過ごす。堂の仏壇も変化なし。

 昼に、麓のコンビニまで晩酌用の酒とつまみを買いに行った。コンビニといっても、見たことも聞いたことも無い店名だった。佇まいこそコンビニそのものだが、個人商店なのだろうか。チューハイの種類が少なくて悲しい。

 店員の中年女も酷く愛想が悪かった。買い物してるだけなのに、怪訝そうにジロジロ見てきやがって。その癖、レジの時は目も合わせやしない。

 こういう田舎の店って人情味に溢れているもんなんじゃないのか。俺が余所者だからだろうか。


 7月29日


 五日目。

 変化があった。

 二日酔いでくたばっていた為、いつもより遅れて夕方に堂に出向いたのだが、

 堂の中、仏壇の前に、黒い影が佇んでいた。

 黒い影、としか言い様がなかった。まるでそこに合成したみたいに、人の形をしたもやが立っていた。

 慌てて■■に電話を掛けると、「その程度なら問題ない」と言われた。正体は教えてくれなかったが、何か悪さをできるような存在ではないらしい。

 信じられなかったが、有識者が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。

 一応、仏壇を注意深く観察してみたが、扉が開いた形跡はなかった。黒い影も、ぬぼーっと佇んでいるだけで、仏壇の前から動いたりはしなかった。

 怖々しながら帰って、この日記を書いているが、、、、、しかし、初めて幽霊? というものを見た。あんなにもはっきりと視認できるものなのか。俺みたいな霊感ゼロの人間にも。


 7月30日


 六日目。

 昨夜、中々寝付けなかったので酒を呑んだのだが、そのせいでまた二日酔いになった。本当は一日中家の中でダラダラしていたかったが、暗くなってから堂に行く勇気が無かったので、真っ昼間に出掛けた。

 ありがたいことに? 変化はなし。黒い影は堂の中にいた。少し、扉の方に近付いている気がしたが、、、、、気のせいだろう。

 帰ってから家の中で過ごしたが、なんだか落ち着かない。あんなものを見たせいだろう。何も無い空間に背中を向けるのが怖い。 


 7月31日


 七日目。

 昨日と同じく、真っ昼間に堂に行ったら、黒い影が堂の外にいた。

 慌てて家に逃げ帰って、■■に電話を掛けたら、「そんなことは想定の範囲内だ」と言われた。

 信じられなかったが、黒い影が現れようが堂の外に出ようが関係なく、仏壇に異変が起きない限りは何が起きても問題ないらしい。

「その旨は初日に説明したはずだ」と言うが、そんなことを聞いた覚えはない。キレ散らかしていると、「もう一度堂を見に行け」と言うので、やけくそで行ってみたら、黒い影はいつの間にか消え失せていた。

「そらみたことか」と電話を切られたが、呆然として掛け直す気にはならなかった。

 今更だが、一体何だってんだ、このバイト。

 あの黒い影はどこにいった?


 8月1日


 八日目。二週間目に入る。

 生活に問題は無いが、ふとした時に家の中で恐怖を感じる瞬間が増えた。だだっ広くて古臭い一軒家に一人でいるせいだろう。

 酒でも煽って気を紛らわせたいが、何かが起きた時に車で逃げられなくなるのは嫌なので、我慢している。代わりに、常にラジオやら動画やらをタブレットで流すようにした。夜も部屋中に灯りを付けて過ごしている。

 きちんと、堂も見に行った。

 黒い影は堂から少し離れた場所にいた。中の仏壇に異常は無いので問題ない、、、、はずだ。

 ■■にメールで「塩とか掛けたらダメなのか」と訊いたが、「反って刺激するからやめておけ」と言われた。

 気軽に引き受けたことを後悔し始めた。


 8月2日


 九日目。

 早朝に行ったせいか、黒い影は見当たらなかった。堂の外にも中にも。仏壇は異常なし。朝だの昼だのが関係あるかは知らないが、これからは朝に行くことにする。

 帰ってから、屋敷の中を色々と調べて回ってみた。そもそも、なんで仏壇を供養するのにこんな妙な真似をしているのか、今さらながら疑問に思ったからだ。

 だが、何もおかしなところはなかった。というより、必要最低限の家具家電以外には何も置かれていないから、調べ様がなかった。箪笥やら戸棚やらの中身は全部空っぽだ。本当に人が住んでたのか、この家。

 飾られてる遺影が不気味だったから寄り付かなかった無駄に広い和室にも入ってみたが、特に何も無し。奥の床の間には、四角い日焼けの跡が付いていた。山の堂にある仏壇が、かつて鎮座していたのだろう。

 結局、手掛かりになるようなものは見つからなかったが、、、でも、何か、何かあるはずだ。この屋敷には。


 8月3日


 十日目。クソが、洒落になってない。

 黒い影が、堂がある山の上から少し下ったところにいやがった。

 ■■に電話したら、「それは少し心配だ」と。やっと危機感を覚えやがって。

「どうにかしろ」と悪態をついていたら、昼過ぎにもたもたと訪ねてきた。山に連れて行ったら、黒い影は相変わらず下ったところにいやがった。

 ■■はしげしげと黒い影を眺めた後、飄々とその横を通って堂に向かった。俺も怖々しながらついていくと、■■は堂の扉を開けて中に入り、仏壇をまたしげしげと眺めて、とんでもないことを言いやがった。

「明日から仏壇の確認は夜に行え」

 ふざけるなと詰め寄ったが、■■は「安心しろ、設備は整えておいてやる」と言って家に戻り、乗ってきたバンからやけに仰々しい見た目の蝋燭と提灯を持ち出してきた。

「山に行く時はこの蝋燭を使った提灯を持って行け」と。

 理屈は分からないが、蝋燭と提灯が強力な魔除けになるのだという。屋敷の玄関先にも置いて夜通し焚いておけと言うので、言われた通りに備え付けた。屋敷中の灯りを点けて過ごしていると言ったら、それはそれでいいらしい。

 最後に「ここまでしておけば、もうウロチョロしなくなるはずだ」と言って、■■は帰っていった。本当かどうか知らないが、正直もうこの屋敷から出て行きたい。

 だが、金がいるのも事実だ。

 逃げ場がない。


 8月4日


 十一日目。

 堂に行くのが夜になったので、昨日は呑んだくれて寝ようと酒を飲んだが、緊張しているせいか酔えなかった。腹だけが酔っぱらっている感じで気持ちよくなれない。そのせいか眠りも浅くなって、目覚めは最悪だった。

 玄関の提灯を消してから、タブレットで適当に時間を潰そうとした時、ふと気になって事故物件サイトを探した。この建物では過去にこんな事件事故が~というのが分かるあれだ。

 もしかしたら、この本家の屋敷で起きたことが分かるのでは、、、と思って調べたら、


 〝中年男性が首吊り自殺。発見時、遺体は激しく損傷していた。玄関扉が開け放たれていた為、死後に野生動物が侵入して荒らしたと思われる〟


 と出てきた。調べない方がよかった。が、、、、、、、

 和室に行って遺影を確認してみたが、皴だらけの老人ばかりでとても〝中年男性〟なんて言葉が当てはまりそうな奴がいなかった。

 昔の人間は現代の人間よりも老けて見えるというから、あの中の誰かがその中年男性なのかもしれないが、、、、、

 夜、提灯片手にビクビクしながら堂に行った。■■が開けたままなので中に入って確認したが、異常はなし。黒い影はいなかった。魔除けの提灯が効いているのだろうか。


 8月5日


 十二日目。

 気付いた、気付いたぞ。やはりおかしい。この屋敷も、本家の連中も。

 昼過ぎ、■■のことを心の底から信じられなかったから、堂に行ってみた。一応、提灯を持って。

 幸いなことに黒い影はいなかったが、仏壇を見ている内にふと違和感を覚えて、屋敷に戻った。車庫に転がっていたメジャーを見つけて和室に行き、床の間の日焼けの跡を測ってから、堂の仏壇の大きさを測ってみたら、

 違っていた。

 つまり、つまりだ。

 堂の仏壇は、この本家の屋敷にあったものじゃない。

 じゃあ、あの仏壇は何なんだ? どこの家のものだ? 誰のものなんだ?

 俺は本家の仏壇の供養の下準備をさせられていると思っていたが、違うのか?

 俺は一体、何をさせられているんだ?

 夜、律儀に仏壇の様子を見に行く。異常は無い、、、、、が、、、、、、

 中に、本来の仏壇の持ち主に関連した遺影があるのでは、、、、ふと、そう思った。 


 8月6日


 ■■に電話を掛け続けるが、出ない。クソ。

 なぜか無性に怖くなり、昼だろうと提灯を焚くようになった。蝋燭の数は限られているが、そうしないと不安でいてもたってもいられない。

 逃げた方がいいのか? だが、金が無ければ、報酬を得なければ、どちらにせよ俺の人生はドン詰まりだ。

 クソが、どうすればいい、クソ。


 8月7日


 一体どういうことだ。

 何が、どうなって、俺は、、、、、、、、、

 屋敷の和室に、柱に、名前が彫られているのを見つけた。身長比べのあれだ。

 なんでだ、どうしてなんだ、ここに来たことなんか一度も無かったはずなのに、

 どうして俺の名前が、、、、、、、、、、、、、

 ■■に電話をかけ続けるが、出ない。もう知らない。勝手にやらせてもらう。いざとなれば逃げる。知ったことか。

 これから堂に行く。仏壇を開いて、中を確認する。俺は、、、、、、、


 8月8日


 すべて理解した。

 最初から、もうすべてが終わっていたのだ、

 ■■は、俺を、、、


 きた、

 入ってくる、

 なかに、


 だめだった、きがつくべきだった、

 すべておれがまねいたことで、

 このやしきは、

 ■■は、

 あのくろいかげは、

 お、、れ、、、は、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

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