第2話
◆12月5日(金)◆
「まいったな」
すべての定期試験から解放された放課後、彼女の後を追ってクラスを出て、下駄箱へ向かった。そこまではよかったのに、もたもた靴を履いている間に彼女の姿は見えなくなっていた。これは2日連続で空振り?
急いで駅に向かうも見つからない。もう電車に乗ったかと時刻表を見たけど、10分前に出たばかり。もたもたしたとはいえ、そんな差はつかないだろうし。
「もしかして歩き?」
いや、ないな。周りにはバス停があるが1時間に一本だし、地域の循環バスだ。可能性は限りなくゼロ。
序盤から頓挫した。駅近のコンビニに入り、腹いせにコーラとメロンパンを買うと駐車場の脇でひとりパーティをする。
「あれ、冬海じゃん」
メロンパンにかぶりついたところで、コンビニを横切るクラスの女子が数人、こっちを見ていた。
「何?1人?」
「うん。乗り遅れて、寄ったとこ」
「へー。あ、そうだ。この後田中たちも来るけど、冬海も来る?」
「あ、いや…」
田中たちというのは、クラスのバスケ部だ。聞けばこの後遊びに行くらしい。仲が悪いわけじゃないが——
「あれ、つばきじゃん」
「うお⁈」
いつの間にか真後ろに霜氷さんがいた。
「もしかして冬海と一緒だった?」
「ううん」
霜氷さんはすぐに首を振った。
ですよねー。間違いじゃないけど、きっぱりと否定されると謎のダメージを負う。
「通りかかったから」
「そうなんだ。つばきも一緒にどう?」
霜氷さんは茅野を見た後、俺と目が合う。
〈冬海くんは?〉
〈俺はいいや〉
〈そう。私もいいかな〉
「ごめんね。せっかくだけど予定があって」
「そっか。また誘うね。冬海も?」
「あ、うん。またの機会にぜひ」
「オッケー。じゃね」
手をひらひらさせて、茅野たちが去っていく。見えなくなったのを見計らって俺は口を開いた。
「よかったの?」
「ええ。そうしたら…冬海くんも帰るでしょ?…あ、まだ食べてるか」
「あー、うん」
「私、急ぐから。それじゃ、またね」
そう言って霜氷さんは駅の中に消えていく。
「一緒に行けばよかったな」
手に食べかけのパンが残っていたから、気を遣ってくれたのだろう、うん。でも——
先に行ったと思った霜氷さんがいたの、何でだろ。
◆12月7日(日)◆
「あ。今日は発売日か」
休日の朝。1人パンを齧りながら大事なことを思い出した。今日はお気に入りのバンドの新曲をリリース日だ。ダウンロード版もいいけど、モノが欲しい派。家族のいない日に家を独占する権利と天秤にかけ————結局、外に出た。
家の近くには大型のショップは中心街の一箇所しかない。日本ではマイナーなバンドだからか、お目当てのコーナーはほとんど人がいなかった。
「お、あった」
新譜というのに、ポップすらついていないそれを手に取ってほくそ笑む。有名にならないくらいが自分だけのバンドのような気がして、気分がいい。ブームになるとむしろ冷める。
「あれ、霜氷さん?」
ふと顔を上げると、見知った顔が隣に佇んでいた。
「こんにちは、冬海くん」
「ど、どうも…」
予期せぬ遭遇にしどろもどろになりながらご挨拶。着古したダウンをそっと小さく圧縮しながら話題を探る。
「し、霜氷さんもCDを?」
「うん。これ」
手渡された袋を隙間から恐る恐る覗く。
「え?霜氷さんも好きなの⁈」
「うん。以前たまたま見つけて。今日は新しいの出るから」
「まじか。かなり嬉しいかも」
な、なんと。そんな接点があったとは早く気が付けばよかった。
「そう?あ、…邪魔だった?」
「とんでもない!」
「よかった。たまたま霜氷くんがいたから声かけてみたの」
「う、嬉しく思います」
「…くす。何それ」
落ち着け、俺。少なくとも同級生にする返しではないぞ。が、笑ってくれたから問題なし。
「今ちょうど同じものを買おうと思って」
手に持ったCDを見せると、霜氷さんは少しだけ表情を崩した。
「ほんとね。偶然」
「いやほんとに。あの———」
「ええ———」
嬉しくなって時ぐ経つのも忘れて、色々と話してしまった。
「ごめん。引き止めちゃって」
「いいの。あ、そうだ」
思えばこれだけ長く話したのは初めてだ。気にした様子もない霜氷さんは優しかった。
「ほら。これ」
「おお…」
手にはツアー限定のタグキーホルダー。俺も持っていたのだが、うっかりが祟り、無くしてしまった。その時、かなり落ち込んだのを覚えている。
「よかったらいる?」
「え?いや悪いし…」
「いいの。二つあるから」
肩に提げたカバンからもう一つ、色違いが出てくる。
「冬海くんは――青かな。はい」
「あ、ありがとう…ございます」
おずおずと手を差し出すとキーホルダーが手に載せられた。
「お揃いね」
「……!」
幸せ過ぎて…意識を失いそうになりながらも、何とか踏み止まると、大切にリュックの内ポケットにしまった。
「…あ、じゃあちょっと買ってくる」
「あ、うん」
レジへでお釣りがいくらかもわからないまま、急足で元の場所に戻ると、霜氷さんは待っててくれていた。このまま飛び上がったら自己ベストが出そうである。
「早かったね」
「あ、うん。レジ空いてたから」
「そっか、よかったね。冬海くんはこの後は?」
「あ、帰るだけ…」
お茶でも誘っとけばいいのに!と一瞬思ったが、俺は
「私も。じゃあ駅まで行こ?」
「あ、うん」
隣を歩く霜氷さん。あんまり見るのもよくない。近いのもよくない。よくない尽くしで八方塞がり。ちょっとしたデートかもしれないが、霜氷の隣を歩くにはふさわしくないと心が折れかねないことを知る。強くなりたい。
「でね―――」
「へ、へえ―――」
色々話しかけてくれたのに、今ひとつ盛り上がれないまま駅に着いてしまった。
「冬海くんはどっち?」
「あ、一番線」
「じゃあ反対側ね。また明日」
手を小さく振ると、霜氷さんは反対側のホームへ去っていった。完全に見えなくなってから、構内のアナウンスで我に帰る。
「やば」
ダッシュで階段を駆け上がると、電車に滑り込む。息をついて顔を上げると、反対のホームにいる霜氷さんが見えた。
〈またね〉
〈また。これ、ありがとう〉
キーホルダーを少し掲げて伝える。
〈どういたしまして〉
霜氷さんが手を小さく振る。俺も小さく手を振りかえすと、電車は勢いよく走り出した。俺は人生の運をここで使い切ったかもしれない。
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