愛されギフテッドーだから彼女は胃痛持ちー

yoizuki

第1話 愛されギフテッドーだから彼女は胃痛持ちー



どうして?


たったそれだけの言葉が、頭の中で何度も何度も渦を巻く。

彼女が私を避けたあの瞬間から、ずっと止まらない。


——どうして、彼女が私にそんな顔をするの。


私は彼女を大切にしてきた。

誰より味方でいたし、守ってきたつもりだった。

だから、わかりきっていると思っていた。


“彼女だって、私を特別に思ってくれてる”って。


なのに。


そっぽを向かれたあの一秒が、胸の奥をひどくえぐった。


……私が、悪かったの?


そんなはずない。

でもそんなはずないと思う自分すら、どこかで嫌になる。


飲み込む。

負の感情も、言いたかった言葉も、全部。


そうしなきゃ——私は“愛される私”でいられなくなるから。


今日もまた、私は笑う。

愛されるために。



---


第1章 クラスメイトとの亀裂


放課後の教室には、


カラーペンのキャップが外れる音だけが響いていた。


文化祭のポスターを決める会議は、もう一時間も続いている。


空気はすでに淀みきって、誰もが早く帰りたそうだった。


「だからさ〜、文字の配置はこっちの方が映えると思うんだよね」


玲奈が得意げに言う。


その周りには、いつもの取り巻きが数人。


沙月は笑顔で相槌を打ちながらも、視線の端で直の表情を見ていた。


直は腕を組んで、黙っている。


その沈黙が、玲奈の癇に障ったのだろう。


「……ねぇ直。なんか意見あるの?」


「うん。全体的にごちゃごちゃして見えるから、もう少し余白をとった方が——」


「は? また出た、“余白理論”〜!」


玲奈が甲高い声を上げた。


取り巻きが反射的に笑う。


「みんな聞いてよ!」


玲奈が机をバンと叩く。


「直がまたアタオカなこと言ってんだけど、どう思う〜? 本当、直って頭悪いよねぇ」


……笑い声は、広がらなかった。


どころか、空気は一瞬で凍りついた。


沙月は息を止めた。


誰もが机の一点を見つめている。


その沈黙が、直の胸に積もっていくのがわかった。


直は俯いたまま、しばらく黙っていた。


だが、次の瞬間——


「頭がおかしいのは……あなたじゃない!!」


机が鳴った。


その声は、刃物のように教室の空気を切り裂いた。


普段、滅多に声を荒げない直が、肩を震わせていた。


息を乱し、フーフーと吐きながらも、玲奈を睨みつけている。


玲奈は一瞬、呆然と口を開けたまま固まった。


すぐに唇を歪めて、凶器のような笑みを浮かべる。


「……なに? マジギレ? ウケるんだけど」


「やめなよ、玲奈」


沙月が静かに言った。


「もう、そういう言い方は——」


「はぁ? なんで沙月が怒ってんの? あたし悪くなくない?」


玲奈の声が、妙に子どもっぽく響いた。


「ねぇ、みんなもそう思うでしょ?」


けれど、“みんな”は誰ひとり、声を出さなかった。


その静けさが痛かった。


沙月は堪らず、玲奈の肩に触れた。


「落ち着いて、ね?」


その瞬間、直の視線が沙月に向いた。


何かを言いかけたような顔。


けれど唇は動かない。


その瞳は“悲しみ”でも“怒り”でもなく、


もっと冷たい何かに濡れていた。


——あぁ、また間違えた。


沙月は心の奥で呟いた。


“誰も傷つけたくない”と思ったのに、


また一番大切な人を傷つけてしまった気がした。


「もうやめろ、玲奈」


クラス委員長が立ち上がり、間に入った。


「今日はもう終わり。解散」


玲奈は顔をしかめて、鞄をつかんで教室を出ていく。


沙月は一瞬、直の方を見た。


机の上のペンを握ったまま、微動だにしない。


……放っておけない。


気づいた時には、沙月は立ち上がっていた。



---


第2章 平和のつくり方


机の上には、まだ作りかけのポスターが広がっている。


色とりどりのペンが散らばったまま。


——さっきまでの空気が、そのまま転がっているようだった。


「……ごめん、直。私、ちょっと行ってくるね」


そう言って、沙月は立ち上がった。


自分でも、どうして“行かなきゃ”と思ったのかわからなかった。


けれど、身体が勝手に動いた。


玲奈をこのまま放っておくと、明日もっと大きな波が立つ。


そう思った。


そして——ほんの少し、自分が“良い人”でありたかった。


廊下に出ると、夕焼けが窓を真っ赤に染めていた。


その奥、階段の下でうずくまる玲奈の姿が見えた。


「玲奈」


沙月はゆっくりと近づく。


「さっきの、言いすぎだったよ」


玲奈は顔を上げた。目は赤く腫れて、泣きはらした子どものようだった。


「だって、あの子いつもさ……自分だけ正しいみたいな顔してるじゃん」


沙月は黙って、その隣に座った。


しばらく沈黙のあとで、やわらかく言う。


「でも、玲奈だって本当は、そんなこと思いたくないでしょ?」


玲奈が嗚咽をこぼした。


その瞬間、沙月はわかってしまった。


——この子を嫌いになれない理由を。


泣きじゃくる玲奈の肩を、そっと抱く。


「ね、大丈夫。明日、ちゃんと話そう。きっと直もわかってくれるよ」


玲奈の表情が、少しだけやわらぐ。


涙の跡が光に滲んで、やけに綺麗だった。


廊下を吹き抜ける風が、二人の髪を揺らす。


その光景は、まるで“赦し”のようだった。



---


その頃。


教室では、直が一人でポスターの片付けをしていた。


誰もいない教室。


机の上には、散らばったままのペン。


少し離れた場所に、沙月のペンケースが開きっぱなしになっていた。


ドアの外から、笑い声が聞こえる。


玲奈の声。沙月の声。


その音が、胸の奥にひどく刺さった。


——やっぱり、追いかけるのは私じゃないんだね。


わかっていた。


沙月がそういう人だって。


みんなのことを平等に大切にして、


どんな場面でも“誰かの側”に立てる人。


だからこそ、嫌われない。


だからこそ——私は選ばれない。


直は、手元のポスターを見つめた。


「余白を増やそう」と言った自分の提案の跡。


その白いスペースが、急にとても寒々しく見えた。


彼女は小さく笑って、つぶやく。


「……ほんと、私って学ばないな」


あのときもそうだった。


胸の奥が、凍みるみたいに静かだった。


──まただ。こうやって私はひとりで立ち止まる。



私はある日のふたりきりの登校中の朝、勇気を出して沙月に玲奈の愚痴をこぼした。


「……ほんと苦手なんだよ、玲奈。今日も私にだけきつくてさ」


沙月は歩みを止めて、ちゃんとこちらを見る。


否定しない。茶化さない。


その優しさが、逆に少し怖かった。


「直の気持ちは分かるよ。でも……玲奈も余裕ないのかも。


 それに、直ってちょっと気にしすぎちゃうところ、あるし……ね?」


声はやさしい。


まるで、傷口に触れないように言葉を選んでいるみたいだった。


でも、そのやさしさは――


“あなたが我慢してくれたら、全部丸く収まるのに”


と、聞こえてしまった。


学校に到着した直後、廊下の向こうから声が飛ぶ。


「さーつきー!」


玲奈の声。


沙月は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


気づく人なんていないくらいの、一瞬。


でも私は知っていた。


その一瞬の沈黙が、沙月の精一杯の“本音”だということ。


次の瞬間、


「はーい、今行く!」


完璧な笑顔が、彼女の顔に戻る。


その背中を見送りながら思った。


——私はまた、選ばれない側だ。


選ばれるべきじゃないことも分かってる。 沙月が守ってるものは、きっと私より大きい。


でも……それでも、胸が痛かった。


*********


(愛され沙月視点)


「さーつきー!」


玲奈に呼ばれた瞬間、


胸の奥がきゅっと掴まれるように痛む。


——まただ。


また、私が“空気を整えなきゃいけない番”なんだ。


直の顔が一瞬脳裏をよぎる。


さっきの言葉。本当は、ただ抱きしめたかった。


「あなたは悪くない」と言いたかった。


でも、もし私が直に寄り添えば――


玲奈はもっと直を攻撃するだろう。


その未来が、はっきりと見えてしまう。


だから私は、笑顔をつくる。


「大丈夫。平気。私は慣れてるから」


そう言い聞かせながら、玲奈のほうへ歩いていく。


“守るため”に、直を置いていくのに。


まるで、裏切っているみたいで、胸がずっと苦しかった。



---


第3章 愛されの胃痛 (沙月視点)


私は今日も、胃が痛い。


どうしてみんな、普通に仲良くできないんだろう。


好きな人もいれば、苦手な人もいる。


そんなの、当たり前のことじゃないの?


それでも少し笑顔を作って、


相手の話をちゃんと聞いてあげれば、


いざこざなんて起こらないはず。


——なのに、どうしてこんなにも難しいんだろう。


また今日も、直が玲奈と衝突していた。


本当に、不器用な子。


なんで避けようとしないんだろう。


相手に合わせて、うまく流せばいいだけなのに。


でも私は知っている。


彼女はいつだって、傷つけられる側だということを。


彼女は悪くない。


ただ、真っ直ぐすぎるだけなんだ。


だから——放っておけなかった。


私はたぶん、彼女に甘えていたんだと思う。


彼女なら、私が玲奈を宥めに行っても


怒らないだろうと、どこかで信じていた。


彼女はそんな心の狭いタイプじゃない。


きっと分かってくれる。


そう思い込んでいた。


——みんなを守りたかった。


私の中には、そんな強迫観念みたいな使命感がある。


誰かが泣いていたら、放っておけない。


誰かが孤立していたら、間に入って笑わせたくなる。


それはきっと、優しさなんかじゃない。


ただ、誰かが傷つく光景を見るのが怖いだけ。


世界が壊れる音を、聞きたくないだけ。


だから私は、誰も見捨てられない。


みんなを救いたい。


みんなが笑っていてほしい。


……でも、


その“みんな”の中に直が含まれていなかったことに


気づいたのは、少しあとになってからだった。



---


第4章 すれ違い(られっ子 直)


意地悪な子に、みんなの前で罵倒された。


その瞬間、空気がひび割れたような気がした。


周りの人たちが慌てて割って入り、私とその子の両方をなだめた。


「落ち着いて」「やめなよ」と声が飛ぶ。


けれど、私の中ではもう、何かが決定的に壊れていた。


その場を離れることになり、私と意地悪な子は別々の方向へ歩き出した。


——親友は、意地悪な子のほうへついていった。


胸の奥が焼けるように熱くなった。


でも、そんなものを顔に出すわけにはいかない。


平気なふりをしなきゃ。


いつものように笑っていなきゃ。


帰りの時間になって、親友が心配そうに駆け寄ってきた。


「一緒に帰ろう」と言ってくれた。


私は笑顔で答えた。


> 「ごめん、用事があるから。今日は一人で帰るね。」




明るく、いつも通りに。


彼女を心配させないように。


でも、なおも彼女は食い下がった。


「大丈夫?」「本当に?」


その声が優しいほど、胸の奥がひりついた。


私はそれに耐えきれず、逃げるようにその場を離れた。


……そのまま家に帰る気にはなれなかった。


どうしても、誰かに話を聞いてほしかった。


私と同じように、あの子に苦しめられている子がいた。


その子なら、きっとわかってくれる。


私はラインを送り、彼女の帰る時間を待った。


そして、校門の外でその子の顔を見た瞬間——


こらえていた涙が一気にこぼれた。


声を出して泣くなんて、何年ぶりだろう。


彼女は無言で、私の背中を撫でてくれた。


その手の温かさに、私はようやく息ができた。


人の手って、なんて優しいんだろう。


——ふと顔を上げると、少し離れた場所に親友が立っていた。


こちらを見つめていた。


その視線の意味は、わからなかった。


わからないままで、私は目をそらした。


そして、私の背中を撫でてくれる子に向かって、


“いつもの笑顔”をつくった。



---


第5章 すれ違い (愛され 沙月視点)


帰りの時間になって、私は直の姿を探した。


あの子の顔を見た瞬間、胸の奥が痛んだ。


無理に笑っている。


何事もなかったように、明るく振る舞っている。


その笑顔が、かえって痛々しかった。


「一緒に帰ろう」と声をかけた。


直は一瞬、怯えたような表情を浮かべた。


だけどすぐに、いつもの調子に戻って


「今日は用事があるから」と、軽く笑って言った。


それでも私は食い下がった。


「じゃあ途中まででも」「送るよ」


——けれど、彼女は私を振り切って走っていった。


私は玄関の前で、しばらく立ち尽くしていた。


ちゃんとフォローしてあげようと思っていた。


彼女はきっと、落ち込んで戻ってくる。


そう思っていた。


だけど、私の予想は外れた。


校門の外で、直は“誰か”と並んでいた。


同じように、意地悪な子に苦しめられている同級生だった。


彼女の肩が震えていた。


ボロボロに泣きながら、それでもどこかで笑っていた。


——まるで、やっと居場所を見つけた人のように。


私は、遠くからその光景を見ていた。


心臓の奥が、静かに軋む音を立てた。


そういえば、私はあの子の弱音は一度しか聞いたことがなかった。


いつも明るく、少しオタクっぽく、自分の好きな話ばかりしていた。


私はそれを「元気な子」だと決めつけていた。


……本当の彼女を、私は何ひとつ知らなかったのかもしれない。


そのとき、直が私に気づいた。


しっかりと目が合った。


彼女は、私が見ていることを知っていた。


それでも、まるで“わざと”のように顔を背けた。


隣の子の方へ、ゆっくりと微笑みながら。


——その笑顔に、私は何も返せなかった。


胸の奥で、何かが崩れる音がした。


自分の中で「正しさ」としていたものが、音もなく割れていく。


私は呟いていた。


自分でも気づかないほど小さな声で。


> 「……私はいつから、あなたの中で“敵”になっていたの?」




夕焼けが沈んでいく。


その赤い光の中で、私ははじめて、


“愛されること”がこんなにも孤独だと知った。



---


第3章 誰からも愛される子が嫌いな子(られっ子直視点)


沙月。


なにも私をわかることができないあなたに、


私を慰めることなんて、できるわけがないでしょう?


誰からも愛されるあなたに、


人から嫌われやすい私のことなんて。


……ごめんなさい。


あなたといると、私、惨めになるの。


あなたと一緒にいるときの自分が、心底大嫌いなんだ。


お願い、私の前から消えて。


あなたは、何も悪くない。


でも、あなたといると、世界の理不尽が鮮明に見えてしまう。


そして、それに傷つくのは、いつも私だけだ。


——人は、何を言うかじゃなく「誰が言うか」で世界が決まる。


あなたが少し失敗しても、


みんなは「こらっ(笑)」で済ませて笑ってくれる。


私が同じことをしたら、ため息と冷たい視線が降ってくる。


あなたが困っている時は、誰もが駆け寄る。


私が困っていても、誰も気づかない。


気づいても、目を逸らす。


だから私は、いつも自分でなんとかしなきゃいけなかった。


一人で転んで、一人で立ち上がって。


そうやって、生きてきた。


……だけど、あなたは良い人だった。


本当に、良い人だったんだ。


だからこそ、恨んじゃいけないと思っていた。


妬むなんて、絶対にいけないことだと。


あなたはいつも胃を痛めていたね。


みんなに気を遣って、笑って、疲れて。


私、知ってたよ。


だから効きそうな胃薬を探して、プレゼントしたこともあった。


——あれ、本当に効いたのかな。


私には持ち合わせていない、


あなたのその“感性”が怖かった。


あなたは、性格の悪い人と仲良くなるのが上手だった。


なんでこの人は、いつもそういう人に好かれるのだろう?


私は、本当は——


この親友のことが気持ち悪くて仕方がなかった。


「類は友を呼ぶ」というけれど、


もしかしたら——あなた自身も、少し似ているんじゃないか?


そう疑ってしまう自分が、また嫌だった。


……でもね、私は知ってた。


あなたは絶対に“強い者の味方”なんだ。


どんなに悪い人でも、


あなたが「いい人」でいようとする限り、


あなたはそっちの側に立つ。


あなたの中の“正しさ”が、私を遠ざけた。


私、あなたのことを嫌ってなんかいないよ。


ただ、怖かった。


あなたの眩しさに、自分が焼けていくようで。


だから——もう、終わりにしよう。


あなたは、何も私に悪いことはしてない。


本当に、何ひとつ。


——でも、私を“惨め”にさせた。


私は、自分を惨めにさせた存在を、


絶対に許せない。


‐‐‐


最終章 静かな終わり (られっ子 直視点)


彼女との親友リセットは、


あっけないほどに、あっさりと終わった。


‐‐‐


昇降口の空気は冷たかった。


靴を履き替えようとしたとき、沙月が少し離れた場所に立っていた。


目が合う。


でも、笑わない。


——あ、これだ。


沙月の“怒り方”。


怒鳴らない。


責めない。


ただ、静かになる。


「直」


名前を呼ぶ声は、氷みたいに透き通っていた。


けれど次の瞬間——


沙月の表情が、一瞬だけ、ぐしゃりと歪んだ。


それは普段の沙月からは絶対に想像できない、


怨念を帯びた怒りの目は深い井戸みたいな


暗い目をしていた。


まるで、"裏切られた者"のように。


「どうして」


「また私に……」


そんな気配だけが、痛いほど突き刺さる。


目が合った時、背中の奥まで冷えた。


——あ、この子は今、“誰も許さない顔”をしてる。


でもその狂気の影は本当に一瞬で、


沙月はふっと目を伏せ、呼吸を整え、


いつもの、角のない声に戻った。


「……直。


今日からは、無理に話さなくていいよ。


お互い、もう“そういう関係じゃない”よね」


淡々と。


優しさの形をしているのに、完全な拒絶だった。


直は笑った。


笑うしかなかった。


「……うん。


わかった。ありがとね、沙月」


声は震えてない。


ちゃんと笑えている。


“親友”だった頃と同じように。


でももう、そこには何も残っていない。


靴箱の前で、ふたりの距離だけが静かに広がっていく。


言葉はやさしい。


でも、どちらも嘘だった。



---



---


エピローグ ——春の光のなかで


季節が巡った。


花の色も、風の匂いも、少しだけ変わった気がする。


もう同じ道を並んで歩くことはない。


けれど、あの日の帰り道に落ちていた影だけは、


いまも心のどこかに残っている。


あの子は、どうしているだろう。


笑っているだろうか。


それともまた、胃を痛めてはいないだろうか。


私はパンケーキを焼いた。


生地を重ねるたびに、ひとつずつ思い出をたたむように。


バターが溶ける音が、遠くの会話みたいにやさしかった。


君のことは、美味しいパンケーキを食べて忘れるよ。


百枚くらい、焼いて、食べて、笑って。


そう呟いて、窓の外を見た。


春の光が、やわらかく机を照らしていた。



> 沙月を救えなくて、ごめんね。


でも、あなたは、あなたこそ、


たくさんの人から愛されて、


大事にされる存在だよ。


もしかしたら、また――


友達になることができるなら、


今度は私が沙月を支えたい。


そんなこと、きっと許してくれないのはわかってる。


だから、あなたを守ってくれる


頼りがいのある人が現れて、


沙月の側にいてくれるように願う。


もう、さよならは言わない。


私はただ、


あなたの笑顔が、どこかの春でちゃんと咲いていますように。


——ありがとう。


それだけを、風に残して歩いていく。




あとがき ——愛されギフテッドについて


「愛されギフテッド」――それは、生まれつき“好かれてしまう”才能のこと。


空気を読むのが上手で、誰とでも仲良くできて、場を和ませる天才。


でもね、その才能の裏側には、いつも小さな犠牲がある。


“嫌われないようにする”ということは、


“自分の気持ちを後回しにする”ということ。


誰かを救うたびに、少しずつ自分が擦り減っていく。


彼女は悪くなんてない。


むしろ、誰よりも優しい。


だからこそ、人の痛みを引き受けてしまう。


それでも笑ってしまう——それが、彼女の「愛され」の宿命。


けれど、“愛される”ということは、


必ずしも幸せを意味しない。


“好かれる”という才能は、ときに呪いのように人を締めつける。


それでも彼女は、きっと笑うだろう。


痛みをごまかすように。


そしてまた、誰かのために“いい子”であろうとする。


——だから、彼女は年中、胃痛持ち。


けれど私は、そんな彼女を責めることはできない。


誰かを救おうとする人は、いつだって誰かに誤解される。


それでも彼女が人を信じるなら、


きっとそれが、彼女の優しさの証なんだと思う。


もしもまた、あの二人が出会う日が来るなら、


もう“愛される側”と“られる側”ではなく、


ただの「友達」として、同じ光の中に立てますように。


——この物語は、誰かの痛みを理解したいと願う


すべての“いい子”たちへ。

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