エピローグ:最後の砦

数週間後。

SecureGuard本社の事件は、セキュリティ業界に大きな教訓を残した。

「多層防御(Defense in Depth)」の重要性と、「侵入されることを前提とした(Assume Breach)」セキュリティ設計へのパラダイムシフトだ。


涼は、いつもの薄暗い部屋で、コーヒーを啜っていた。

モニターには、新しいセキュリティガイドラインの草案が表示されている。


「最強の盾なんて、幻想だったんだ」

涼は独りごちた。

どんなに堅牢なシステムも、人の心の隙や、未知の脆弱性の前では無力になり得る。

だが、だからこそ、人間が監視し、判断し、守り続ける必要があるのだ。


ドアのチャイムが鳴った。

涼が扉を開けると、そこには少し痩せたが、晴れやかな表情の恵美が立っていた。


「お疲れ様、涼」

「お疲れ、恵美。元気そうだな」


恵美は、少しはにかんで、小さな包みを差し出した。

「これ、新しいトークン。……じゃなくて、クッキー」

「サンキュー。中身が毒入り(Poison Ivy)じゃないことを祈るよ」

涼が冗談めかして笑うと、恵美はムッとした顔で涼の胸を軽く叩いた。


「もう! 私のクッキーは安全よ。……でも」

恵美は俯き、小さな声で続けた。

「私の心は、とっくにハッキングされてるかも」

「え?」


恵美が顔を上げ、真っ直ぐに涼を見つめた。

「大学の頃から、ずっと。涼のこと、見てた。今回のことで、確信したの。私、涼がいないとダメだって」

涼は言葉を失った。友人でい続けることが正解だと思っていた。関係が壊れるのを恐れていた。

だが、最強の盾が砕かれた今、恐れるものなど何もない。


「……奇遇だな。俺のファイアウォールも、君にはとっくに突破されてたみたいだ」

涼は恵美の手を取り、引き寄せた。

「恵美。これからは、俺が君の盾になる」

「涼……」


二人の影が重なり合う。

唇が触れた瞬間、認証は完了した。パスワードもトークンもいらない、ただ一つの真実の愛がそこにあった。


サイバー攻撃の脅威は、これからも無くならないだろう。

しかし、彼らがいる限り、世界はまだ、持ちこたえられる。

最強の盾が砕かれても、愛という最後の砦は、決して砕かれないのだから。

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最強の盾が砕かれた日 - 認証の秘密が盗まれた瞬間 SFCA @wersec

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