第一章:最弱の兵士たち

「……やっぱり来たか」

三宮涼(さんのみや りょう)は、自宅のサーバーラックのランプが狂ったように点滅するのを見て呟いた。

28歳、天才ハッカー。

彼は、この「津波」の予兆を数週間前から感じ取っていた。


涼は、CyberGateで働く友人の真由に電話をかけた。真由とは、オンラインの技術フォーラムで知り合い、意気投合した仲だ。互いに淡い好意を抱きつつも、友人関係を崩せずにいた。

「真由、大丈夫か?」

『涼くん! もうダメ、回線がパンクする! 上位プロバイダー(ISP)との接続が全部落ちそう!』

真由の悲鳴が聞こえる。

「落ち着け。これはただのDDoSじゃない。質が違う」

『質?』

「攻撃に参加しているのは、PCやスマホじゃない。セキュリティソフトなんて入っていない、無防備なIoT機器だ。奴らは『Mirai(ミライ)』と呼ばれている」


涼はモニターに映し出されたMiraiのソースコード(数日前にダークウェブで公開されていた)を表示した。

「こいつの武器は、あまりにも単純で、だからこそ最強だ」

涼は苦々しく言った。

「『辞書攻撃』だ。Miraiは、ランダムなIPアドレスにTelnet(遠隔操作用の通信)で接続を試みる。そして、あらかじめ登録された60種類のIDとパスワードを順番に入力するんだ」


『60種類? たったそれだけで?』

「ああ。admin/admin、root/123456、support/support……。工場出荷時のデフォルト設定のままだ」

多くのユーザーは、買ってきたWebカメラやルーターのパスワードを変更しない。

「説明書を読まない」という人間の怠慢が、世界最大のボットネットを生み出したのだ。


「真由、今すぐ攻撃元のIPリストを送ってくれ。僕がMiraiのC2(指令)サーバーを特定する」

『でも、数が多すぎて……』

「やるしかない。このままだと、インターネットというインフラそのものが死ぬぞ。君の大切な場所を守りたいんだ」

涼の真剣な言葉に、真由は息を呑んだ。

『……わかった。信じる』

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