家電がゾンビに変わる日 - 1Tbpsの津波

プロローグ：沈黙の金曜日

2016年10月21日、金曜日。

この日、インターネットは「沈黙」した。

Twitter、Spotify、Netflix、Reddit、Amazon……。

世界中の人々が日々利用している主要なサービスが、一斉に繋がらなくなったのだ。

東京・渋谷。大手インターネットプロバイダー「CyberGate」の監視センター。

ネットワークエンジニアの真由（まゆ）は、モニターの前で呆然としていた。

「嘘でしょ……。何なの、このトラフィック量は」

画面上のグラフは、天井を突き破っていた。

通常、大規模なDDoS攻撃でも数百Gbps（ギガビット）程度だ。

しかし、今、彼女の目の前にある数字は、その桁を遥かに超えていた。

「1.2 Tbps（テラビット）……！？」

それは、インターネット史上最大規模の通信の「津波」だった。

「どこから来てるの？ 中国？ ロシア？」

上司が叫ぶ。

真由は震える手でログを解析した。

「いえ……。発信元は、世界中の『普通の家庭』です。アメリカ、ヨーロッパ、そして日本……。一般家庭のIPアドレスから、一斉に攻撃が来ています！」

犯人は、プロのハッカー集団のサーバーではない。

あなたの家のリビングにある防犯カメラ。

赤ちゃんの様子を見るためのベビーモニター。

そして、テレビ録画用のルーター。

それら無数の「モノ（IoT）」たちが、突如として凶悪な兵士へと変貌し、インターネットを破壊し始めたのだ。