第4話 真実

二人の意識が戻ってきたのは、規定時刻ぎりぎりだった。


送入室そうにゅうしつの扉を開けると、国澤くにさわくんは膝に手をついて床に座り込み、原見はらみさんは椅子の上で前かがみになり、ひたいを両手で支えていた。


「……大丈夫ですか」

医療班が駆け寄る。


けれど二人は、すぐに僕を見た。


……この跳躍に、満足しきれなかったのだろうか。

今までそんな目をして戻ってきた利用者なんて見た事がない。


「……お、お帰り」


職務上、それ以上の反応はできなかった。


検査室へ運ばれ、一通りの処置が終わったあと、二人は面談室に戻された。



書類をめくる僕に国澤くんが話かける。


朝比奈あさひなくん、聞いてほしいことがある。実は……俺たち跳躍するの、今回で二回目なんだ」


僕は顔を上げた。


国澤くんは淡々と話をつづけた。


二人が前に一度、違法な跳躍をしていたこと。

その結果“反跳損壊はんちょうそんかい”が起き、自分たちの脳に致命的な損傷が残ったこと。

その際、未来を一部変えてしまったため捜査の手が確実に伸びていて、捕まるのは時間の問題だということ。


「もう体が持たないって、わかってたから」

原見さんの声は穏やかだった。

「だから、次は二人で一緒に飛ぶ方法じゃないと無理だったの」


そこに迷いはなかったと言う。


「でも、後悔は?」

僕が尋ねると、原見さんがすぐ首を振った。


「ない」

国澤くんも同じように言った。


「実は、一回目の跳躍で結構長く過去にとどまってたんだ」


国澤くんの目が、どこか懐かしむように細められた。


「朝比奈くんが覚えてる“俺たちが俊健としたけに対して過保護にしていた”って印象……たぶんあれ、一度目の跳躍の名残だと思う」


少し間を置いて、続けた。


「俺ら、最初の跳躍では“俊健じゃなくて、自分の体”に意識を入れたんだ。二人とも、自分自身として過去に戻って……なんとか俊健を守ろうとした。でも、失敗してしまったんだ」


——あの頃、俊健くんを何より大切に扱っていた二人。

当時そばにいたのは、いま目の前にいる“未来の彼ら”だったのか。


初回面談のとき、曖昧な笑みを返された理由が、ようやくちていく。


「すでに一回目で脳がボロボロだったし、だから二回目は正規の方法で……最後のチャンスにしようって決めたんだ」


僕は喉の奥が熱くなるのを感じた。

言葉がうまく出ない。


「未来を変えたのなら……長期の服役ふくえきは避けられないよ」

僕が絞り出すと、国澤くんは笑った。


「知ってる」


「私たちね、もう長くは生きられないみたいなの」


国澤くんが続ける。

「一回目の跳躍でね、脳がかなりやられちゃってさ」


その言葉の軽さが、僕の心を余計に締めつける。


内線が鳴り、警察局が向かっているから二人を部屋から出すな、と言われる。

時間がないと理解した僕は、ずっと胸に残っていた問いを投げた。


「……なんで、僕を担当者に指名したんだよ」


国澤くんが少し驚いたように目を丸くして、それから笑った。


「過去で俊健の次に医療事故に遭ったのが君だったからだよ」


言葉が追いつかず、混乱して思わず口元がゆがむ。

「……僕?」


「中三の卒業間際に、君を助けたのは俺たちだ」


国澤くんは、さっきまで握っていた小さな紙片を差し出した。

そこには、彼らが暗記したと言う六人の名が走り書きで並んでいる。


原見さんが言う。


「朝比奈くんが生きていてくれたから、二回目の跳躍ができたの。だから、このメモをどうするかはお任せしたいの」


国澤くんが僕の目をまっすぐ見た。

「……そういうことなんだ。受けとってくれ」


その言い方が、ひどく中学生の頃の国澤くんと重なった。


ドアノブが動く音がした瞬間、僕はその紙をひったくるように受け取った。


警察局の職員が入ってくる。


国澤 英一くにさわえいいち原見 節子はらみせつこ。あなた方を跳躍規約違反および過去干渉による重大犯罪の容疑で拘束します」


二人は抵抗しなかった。

立ち上がり、互いの手を取り、僕の方を振り返る。


原見さんが言った。

「私たち、間違いなくハッピーエンドだよ」


国澤くんも笑う。

「俊健にもやっと会える。そう思うと、ようやく気持ちが楽になるよ。……俺も節子も、あの子を愛していたんだ」



僕は何も返せず、連れて行かれる二人を見送っていた。

扉が閉まる音が短く響く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る