第3話 跳躍
二人が跳躍をする日は、雪でも降ってきそうな曇り空だった。
人の意識が外へ流れる瞬間に、余計な刺激がない方がいいとされていた。
二人は並んで座り、手をつないだ。
互いに見つめ合うが、言葉を交わさない。
恐怖もあるのだろう。
「準備はいいですか」
僕は監視の説明を最後に重ねた。
・跳躍中の行動はすべて監視者が追う
・過去改変の兆候や重大違反が確認された場合、強制帰還が作動する
・意識を引き戻すための“逆位相拘束”が、常に準備されている
すべてを聞き終えた後、
「
原見さんは目を閉じた。
閉じたまぶたの隙間から、溜めていた涙がこぼれ落ちた。
出時刻が表示される。
滞在時間は十二時間。
そこを過ぎれば、帰還遅延として罰則が発動する。
送入の光がゆっくり満ち、二人の瞳の焦点が遠くにずれていく。
それを見届けたところで、彼らの意識が僕の前から切り離された。
*
二人の意識は中学三年だった時の真冬の季節——事故当時の
ひとつの身体の奥で、ふたつの意識が時間をかけて重なり合っていく。
俊健の体は細く、軽い。
骨の輪郭がはっきりしていて袖の布が少し余っている。
体温は思ったより高く、その熱に触れた瞬間、ふたりの内側に愛おしさがこみ上げた。
用意された時間は短い。
すぐに気持ちを切り替える。
視界の端で銀色の器具やコードが並び、すぐ近くで計測器の小さな音が続いている。
二人は、その体で検査室のベッドに横たわっていた。
“健康診断みたいな軽い検査らしいよ”と、父に気にかけてもらえたことをうれしそうに話していた——
周囲をひととおり見回すと、見慣れない検査名が書かれたパネルが目に入った。
——
体内に極小の
英一と節子の意識が緊張感に包まれる。
検査室には、若い男女の医師が数人いる。
その中には研修医のバッジをつけた者もいた。
器具の準備や手順確認が雑で、言葉の端が
「初実験だし、ログ取り優先で」
「感度上げろ、スポンサーの担当が見てる」
「麻酔ライン、これで合ってるよね?」
英一と節子は俊健の視界で、やり取りを見つめた。
俊健の身体の奥が、ほんの少し強張っている。
怖いのだろう。
だけど俊健は、この時いつもの調子で愛想よく笑ってみせたんだろうと二人は想像する。
部分麻酔がかかり検査が始まった。
極細の
そのたびに、意識がふっと遠のく。
何時間経過しただろうか、誰かが追加麻酔と電位調整の順序が逆になったと慌てはじめた。
「やばい、反応が——」
研修医の声が飛び、次の瞬間、心拍の波形が乱れた。
英一と節子は、俊健の体の中にいながら、何もできない。
心臓のリズムが崩れ、次の一拍までのあいだが大きく
「ま、まずい、スポンサーに知られたら……」
一番年上に見える医師がそう言うと、周囲の顔がみるみる青ざめ、手の動きが止まる。
そこへ、俊健の父親が入ってきた。
病院の理事であり、この検査導入の責任者でもある男だ。
彼は波形を見て、医師たちを一瞥し、それから低い声で言った。
「……あわてるな。まずはログを消す。心停止は別因にすり替える。スポンサー側の研究は続けられるから大丈夫だ。全員で病院を守るんだ、器具を貸しなさい、後は私が処置しよう」
医師たちはほっとした様子で従った。
五人の手つきは震えていたが、作業は止まらない。
“病院を守るために、息子を切り捨てた”
その事実が、胸を突き刺す。
ひとりで入っていたら、思考のどこかが麻痺していたかもしれない。
二人でいるから、崩れずに済んだ。そう思った。
彼らは関わった者を暗記した。
五人の医師の名と、父親。
合計六人だ。
——真実は、やはり、ここにあった。
心臓の動きが弱まっていく。
慌てた足音、震える声や、隠そうとする気配。
すべてが遠ざかっていく中で、最後に残ったのはただひとつの核心だった。
滞在時間が終わろうとしていた。
帰還の力が働きはじめ、二人の呼吸が制御されるように揃う。
深い闇が視界を覆い——意識は現実に引き寄せられていった。
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