第2話 申請

エントランスの前に、二人はすでに立っていた。


国澤くにさわくん、原見はらみさん、お待たせしました」

そう言いながら近づくと、二人は同じようにこちらへ向き直った。


国澤 英一くにさわえいいちは、背が伸びていた。

原見 節子はらみせつこは、中学のとき長かった髪をショートにしている。

二人とも、年を重ねたんだなと思ったが、僕も一緒か、と思い直す。


朝比奈あさひなくん、久しぶり」

原見さんが先に言った。


「……久しぶりだな」

国澤くんが目を細めた。

その表情に、どこか昔の面影が残っている。


応接室へ通し、書類と端末を準備する。


「今日は、タイムリープ —— 跳躍ちょうやく申請の相談かな?」

僕が切り出すと、国澤くんが頷いた。


映画や小説で語られるような、身体ごと時代を越えるタイムスリップは、少なくとも今の技術では不可能だった。

実際に行えるのは、自分の“意識”を過去の誰かへ移す方法だ。


跳躍ちょうやく——それが正式な呼び名で、すべての運用を 時行監理局じこうかんりきょくが管理している。

跳躍先も、期間も、入る対象者も、細かい規定で縛られており、勝手な時代移動など夢の話でしかない。

もちろん対象者への同意は必須だ。



「朝比奈くんも知ってると思うけど、一つ学年が下だった櫻井 俊健さくらいとしたけが亡くなった原因を俺たちは医療事故と疑っているんだ。過去に行って、それを確認したいんだ」


原見さんが続ける。

「医療事故だと暴いてどうしたいとかはないの。でも、どうしても納得できなくて。あの子が、あんなふうに死んだ理由を知りたいの」


二人の声には、疲れが見え隠れしている。

僕は職務の顔に切り替え、端末を開いた。


跳躍ちょうやくの対象は?」

国澤くんは小さく息を吸った。


「俊健に入ります」


思わずペン先が止まった。


原見さんが補うように言う。

「ここのシステムを使えば、英一と私の二人の意識を俊健に入れることができますよね」


死者の身体への跳躍ちょうやくは、規約の中でも最も慎重に扱われる。

ただし、未成年の死者の場合のみ、代理同意の申請という道が残されている。


「代理同意書は?」

「用意済みです」

国澤くんは封筒を差し出した。


目を通すと、俊健くんが国澤くんの養子に入っている。

死者の戸籍を移動するのは簡単じゃなかったはずだ。


「二人同時の跳躍が希望なんだね?」


僕は念を押すように言葉を続ける。

「まず大前提として、跳躍したところで未来は変えちゃいけない。過去の命の選別をした場合、この国の規定では死刑になる。俊健くんを生き返らせるなんて考えは、絶対に持たないでほしい」


二人はすぐ頷いた。


「わかってる。規定は暗記するくらい調べたよ。しかも過去にいられるのはたった十二時間だろ?何もできないよ」

国澤くんの声は硬い。


「それから、二人で同じ体に入ると人格は基本的に混ざる。どちらが強く表に出るかは、入ってみないとわからない。ここは運の要素もある」


原見さんは彼女らしい優しい表情で頷く。

「大丈夫だよ、朝比奈くん。私たちが入るのは……俊健が検査を受けていた、あの時間帯だよ。体も意識も動かないならどう混ざろうが関係ないよね」


僕は書類に目を移し説明を続けた。

「ただ、二人で入った方が君たちの負担が少ないのは確かだね。脳にかかる圧を分け合う形になるからね。だから二人同時を選ぶ人も多い」


「……うん。それでお願いします」

原見さんは小さく言った。


僕は規約と罰則、跳躍の出時刻の設定、優先枠の扱いをえた。

国澤くんは原見さんの方を見て、原見さんは頷き返す。

それを何度か繰り返す。


そのやり取りが昔の彼らと同じで、自分にはこういう相手がいないからだろうか?なんだかとても羨ましくなった。



すべての説明を終えると、ふと胸に浮かんだことが口をついた。


「二人とも……俊健くんのこと、どうしてそんなに可愛がってたの?跳躍するために、亡くなった彼を養子にまでするなんて、普通じゃないよね」


ペンを持つ手を止めたまま尋ねると、二人は目を合わせて、曖昧に笑った。


「俺たちには普通のことだよ」

国澤くんが言い、原見さんも「うん」とだけ頷く。


それ以上は踏み込ませない、という微笑みだった。

僕もそれ以上追わず、書類を整え始める。


「でも僕を頼ってくれてよかったよ。世の中には危険な跳躍を提供してる業者もいる。利用者が死亡する例も多いし、戻れたとしても跳躍の痕跡は必ず残って逮捕されるからね」

端末で過去の摘発記事を開き、二人に見せた。


「朝比奈くんが 時行監理局じこうかんりきょくにいるって知って、一も二もなく飛んできたよ。ほんとうにありがとう」

国澤くんの言葉に、原見さんも力強く頷いた。


「じゃあ跳躍出時刻は七十二時間後で設定します」

「わかった。それで頼むよ」


僕は端末に入力し、申請を正式に受理した。

その直後、画面の右端に作業タスクが立ち上がる。

跳躍管理ちょうやくかんりの許可手続き、関連部署への回付かいふ、医療班との危険予測の擦り合わせ、それから送入室そうにゅうしつの枠の確保──

これらを今日のうちに整えていくのが、担当者である僕の仕事だ。


「……朝比奈くん」

帰り際、原見さんが僕を呼び止めた。


「その日、よろしくお願いします」


僕は頷いた。



——僕たちが中三の冬、俊健くんは彼の実家の病院で検査を受けると言って入院したあと、帰らぬ人になった。


検査はごく短いはずだったのに、数日後にニュースで死亡が伝えられた。


受験期の全校集会で、教頭が“原因不明の急変で亡くなった”と報せを読み上げたときのあの衝撃は、あの場にいた全員がどこかに抱えたままだろう。

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