ダンジョン化してモンスターと宝箱がポップするようになった日本列島で、スマホ型アイテム【宝箱レーダー】を手に入れた俺は、バイクを盗んで日本津々浦々を旅しながら宝箱を探し大量のアイテムをGETする~

雪風

日常「わりぃ、俺、死んだ!」


二日前の土曜の朝、日常は終わった。


明日が土曜日ということで、朝の3時に就寝した俺を無理やり起こしたのは12時にセットしたスマホのアラームではなかった。突如としてサイレンが鳴り響き、続いてドタドタと階段を駆け上がり、自室のドアを開けた母の叫び声で俺は無理やり起こされた。


「こーちゃん!!リビング来て‼」


怯えたように喉を震わせながら叫んだ母の様子と、先ほどから響くサイレンの音。遅れて聞こえてきた「熊のような猛獣」というアナウンスの声。これはただ事ではないと、俺は母の背中を押しながら急いでリビングへ向かった。


リビングの壁に大きく張られた液晶テレビには、どこかの街を上空からとらえた生中継の映像が映し出されていた。ヘリから上空をとらえたカメラ映像と共に、リポーターがマイクを握りながら慌ただしくなにかを叫んでいる。


俺はテレビの音量を上げた。


「――こちら緊急でカメラ回しております‼現在浜松市上空にて謎の未確認生物が発見され、人を襲っているという情報が複数、こちら静岡テレビ局へ送られてきています‼またネットの情報によりますと、浜松だけでなく、他複数、いえ全国規模で同様の事例、報告が相次いでいるとのことで、その報告件数はすでに数千件に上っているようです‼現在私たちはその目撃現場へと向かっている最中です!」


(浜松って…ここじゃん)


声に出したつもりが、言葉がのどに詰まる。


「こーちゃん浜松だって…」

「うん…」


母と一緒に自分たちが住んでいる街の上空映像をテレビ越しに眺めていると、突如として映像が切り替わった。ビルの屋上から周囲を見下ろすような形の定点カメラらしき映像と、その隣に静岡テレビの報道室が映りだす。

灰色の無機質な部屋の中で、ニュースキャスターの男性が慌てたように原稿らしき紙を受け取っていた。

しかし俺と母が見ていたのはニュースキャスターではない。その左、定点カメラの映像だった。


「なにあれ…」

「……」


は?…は…え…どういうこと…。


ビルの上から見下ろすように移された街の通り。おそらく浜松駅から東、アクトシティ周辺の映像だ。そこには逃げ惑う人々が何十人とカメラに映る通りを走り抜けていく。音は聞こえない。でも多くの人々が何度も後ろを振り返っていた。まるで何か恐ろしい者から逃げているかのように。


そしてその答えはすぐに現れた。


定点カメラ映像の右端から現れたのは人ではなかった。

赤く、そして浅黒い肌。

丸太のように太い腕。

人の二倍はある背丈。

頭から剥き出しに生えた二本の角。


鬼。


鬼だった。



「あっ…‼」

「うそっ…やだ‼」


その時だった。

走って逃げていた女性の一人が画面の左端で地面に転んで倒れてしまった。よく見たらハイヒールのようなものを履いている。露出の激しい服装。おそらくは夜職で働いていた帰りだったのだろうか。しかし突如化け物に遭遇し、恐怖と走りなれないヒールのせいで転んだ彼女の前に、一刻一刻と鬼は近づいていく。


完全に腰が抜けてしまったのだろう。

鬼の方を見ながらなにかを必死に訴えている。

しかし鬼は一切の聞く耳をもっていない。

彼女の叫びを無視して鬼は近づいていく。

その時、彼女は辺りを見渡した。

誰か周りの人に助けを呼んでいるのだろうか。

しかしカメラの映像を見る限り、女性と鬼しかいない。

女性はそれでもなんとか助かろうと、必死に腰を動かしながら地面を這いずりながら鬼から距離を取ろうとした。そのせいでカメラに左端からは女性の長い脚とハイヒールしか見えなくなった。


でも、それが助かった。

だってその数秒後に、画面からは血しぶきが上がったから。

横を見たら母はいなかった。後ろを見るとソファーに顔を両手で隠しながらうなだれるように座る母の姿が見えた。


「こーちゃんテレビ…変えて」


「…うん」


テレビ局を変えた。しかしどこもいま日本全土で起きている謎の超常現象や未確認生物に関係するニュースばかりだ。


「お父さんは?」


施工管理の仕事をしている親父はいつも帰りが遅い。日によっては家に帰らない時もある。でもいつも家族ラインで連絡だけは取っていた。しかし母はうなだれたまま首を横に振った。


「さっきも電話したけど繋がらない…」


スマホの画面を見る。家族ラインを開くと母から父あてのラインが何十件も送られていた。しかし父からの既読はついていない。俺は急いで父へ電話をかけた。


『おかけになった電話番号は現在電波の届かないところか…』


「まじかよ…すぅ…いや、は…どうしよ…」


リビングに重たい沈黙が流れる。

ただ外からの警報サイレンだけが聞こえる。

糸の叫び声や騒音は聞こえない。

つまり近くにあの化け物はいないというか…。

まだ外の確認をしていないので定かではないが。


こんな状況でどうすればいいのだろうか。

実際に巻き込まれたらどう行動すればいいのか分からない。

いや、正確には分かっているはずなのに、混乱と恐怖で心の整理がつかない。


なにかをしなければ、なんとかしなければ…。

そう思っても足がすくむ。

焦燥感だけがじわりじわりを胸の奥から滲み、肺を締め付けてくる。


そんなときだった。

またテレビの画面が変わった。


時刻は午前6:24分。


テレビ画面には総理官邸にて渡辺総理による緊急記者会見が始まろうとしていた。壇上にはまだ誰もたっていない。俺は母の隣に座り、総理の登場を待った。


カメラの裏から聞こえる記者たちの声が急に慌ただしくなる。カメラのシャッター音とまばゆいライトに照らされながら、総理が壇上に上がった。


『ただいまより、私、内閣総理大臣により、国民の皆様へ、本日未明から発生している正体不明の未確認生物、およびそれに付随する超常現象の大規模発生と、被害の現状について説明いたします』


「お母さん…見て…!」

「…うん」


俺は顔を隠したまま泣いていた母の肩を無理やり揺らして起こす。

目に涙を浮かべたまま、やつれたような表情で母はテレビの方を向いた。


『まず最初に申し上げなくてはなりませんが、現状政府として国民の皆様に責任をもって説明できることは非常に限られております。現在政府が把握している情報の多くは各メディアや警視庁及び防衛省から上がってきている、つまり”現場からの情報”であり、その正誤につきましては政府として一切の調査はできていない状況にあります。しかしながら、現在日本全国で発生しはじめた未知の現象につきまして、国民の皆様に広く周知を呼びかけ、少しでも国民の皆様の安心と安全を守るために緊急記者会見を開きました。現在、テレビやソーシャルメディアなどを通して日本全国、全世界に対して生中継がなされているかと思いますが、どうか、冷静に、落ち着いて今から話す内容を聞いていただけると幸いです。

…まず本日未明、午前4時ごろ、正体不明の未確認生物が日本全国に出現した、という報告を警視庁や防衛相から受けました。まだ同様の報告を書くメディア各社からも受けており、すでに私も各メディアの速報を通して事態の把握に努めております。メディア各社からの速報の多くは警視庁から挙げられてくる緊急報告とほぼ同類であることから、まだ政府としてその情報正誤につきましては調査をしておりませんが、政府としては限りなく”正しい情報”として認識しております。そのうえで現状、未確認生物の多くは遭遇した人間を見境なく襲う事例が多数報告されており、警視庁からの報告では、超常現象が発生してからの2時間弱ですでに3000件以上の報告がなされているとのことです。またその報告例の多くは”1時間前”に発生したものが9割を超え、被害の実態はこれを多く上回る想定を政府は認識している現状です。またこれら未確認生物は人知を超えるなぞの怪奇現象を発生させ、人的被害を与えているという報告が各メディアからの速報で見られますが、それについきましてはまだ政府として詳細を把握できていない状況にあります。また警視庁からは未確認生物が人を襲っている現場に遭遇した警察官が、人命の保護を目的に、やむを得ず無許可での発砲がなされた事例がすでに全国で数百件起きており、現状それを追認せざるを得ない状況にある、との報告も受けております。また同様の報告が防衛省からも受けており、陸上自衛隊の駐屯地に滞在する自衛官が現場指揮官の判断のもと、独断で近隣住民の保護と避難誘導、また未確認生物へのやむを得ない自衛的処置を行っているという報告も受けております。

政府といたしましては、国民の皆様へ先ずは不要不急の外出は控え、自身の安全の確保を第一優先に行動していただきたいと考えております。そのうえで、政府として、現在日本全国、そして世界各国でも同様に発生しているこの超常現象におきまして、できるだけ早く情報収集および現状把握に努め、国民の生命財産の保護のために、適切な判断と行動をしていくようお約束いたします。最後に何度も申し上げますが、国民の皆様におかれましては、自身の安全の確保を第一とし、不要不急の外出は控えていただくよう重ねてお願い奉仕上げます。以上にて、緊急記者会見を終了させていただきます』


渡辺総理は説明を終えると、速やかに会見場を後にした。


えっ⁉これで終わり?

つまり…政府として現状具体的な対策はまだできてないってこと…?とりあえずなんかヤバい報告が現座から上がってきているから、今から調査して今後の対策を練ります。国民はとりあえず家に引きこもって。ってこと?


取り残された記者たちからは困惑と怒号に似た悲鳴が響き渡る。

それはまるでこの緊急記者会見を見た国民たちの感情を象徴しているようであった。

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