第3話:ドキドキ、ヒロインと共同生活開始! (嗤)

 目が覚めて、自分の中に宿った存在の事を自覚する。

 異物感というか、俺という体の中にナニカ別の存在を感じて……それがあまりにも優しく蠱惑的で……。


「まじで鬱」


 その感覚に俺は吐き捨てるようにそんな感想を浮かべた。

 時計を見るに時刻は朝八時、転生したとかアレが宿ったとか色々あるが……俺はこれからどうすればいいのだろうかと、心底疑問。


「一応というか何というか、思い出すまでの記憶があるからいいけどさ」


 一つ救いがあるとすれば、思い出せる今ままでの自分の事。

 この家で生きてきた十二年の記憶があるおかげで、思い出したことを誤魔化すことは出来そうではあるけど……未だに混ざった故の混乱というか、今まで生きていた焔矢の価値観と俺の価値観で齟齬が起きそう。


「焔矢様、お食事の時間です」

「え、あ……了解です?」


 そんな風に悩んでいれば、声がかけられて……部屋の襖が開いた。

 今更ながらに部屋の内装を見てみたのだが、所謂和風の武家屋敷の一室っぽい場所に俺はいる。


「伝えましたので、来て下さると助かります」


 あ、態度間違えた……とか思いながらも、俺はそのまま部屋を出て記憶を頼りに食事をするための大広間に足を運んで見れば、そこにいるのは今世の父と母。


「疲れから寝ていたようだが、大事ないか?」

「……ないよ、父さん」


 ぶっきらぼうに用件だけ伝える父に、俺はそう返した。

 俺と同じ黒い髪、蒼い瞳に鍛えられた体……この世界でも上位の祓魔師である彼は、すぐに興味をなくしたのか座るように促してくる。


「それでなんだが、術は目覚めたのか?」

「まぁ、うん……なんとか? そもそも目覚めてなかったら死んでるでしょ俺」

「それはそうだな、よく生きて帰ってくれた」


 珍しく会話を続けようとする父にボロを出さないように淡泊に俺は言葉を続ける。

 術とは昨日倒れる前に使ったアレのこと。祀る神の名を呼び、その力を借りて使うという芥火家に伝わるそれ。本来なら、祀ってる分霊から力を借りる筈の儀式だったのに……俺に宿ったのはあのヤバ女で――。


「顔色が悪いが、何かあったのか?」

「……何でもないよ、ちょっと昨日のことを思い出しただけだから」


 耳元で、くすくすと嗤う彼女を幻視する。

 思い返すだけで頭に過るあの神霊に対して知ってるからこその拒否感を覚えながらも、俺はなんとか食事を終わらせて部屋から出ようとしたんだが。


「ねぇ、焔矢……大丈夫なのよね?」

「大丈夫だって母さん、そっちこそ今は妹の心配してあげて」


 今世……というか、芥火焔矢には二歳違いの妹がいる。

 呪いを宿して生まれてしまったあの子は最近よく魘されてた事を覚えているし、母さんはそういうのを和らげる力を持ってるから、俺の事は気にしないでほしかった。

 それに、俺はもう……芥火焔矢そのものではないし。


「そうだ父さん、今日一日鍛錬するから道場借りるね。あと人払いお願い」

 

 最後にそれだけ伝えて、部屋から出て行った俺は訓練用の刀を持って……道場へと足を運んだ。


「とりあえず、術が使えるか確認しないと……」


 この鬼畜世界で生き残るためには、何をしようとも身を守る術が大事。

 俺に死んだ記憶はないけれど、この世界で最も軽い命というモノを守るためには、どこまでも頑張らなければ死ぬからだ 

 それに、知らないからこそ死が怖い。

 経験せずにこの世界に来たせいもあるけれど、想像するだけで体が震える。

 昨日初めて奪った命の重み……山の主とされる熊に一人で挑んで故の恐怖、何より思い出す前で他人事である筈なのに、その重みはとても大きくて。


「起きろ、火産霊」


 声を震わせつつも、俺は術を起動するため始詞ししを唱える。

 頭に過り離れない彼女をちらつき、恐怖を感じながらも……それを告げれば、体の中に焔が灯る。炉に薪をくべたように、熱が宿って焔が滾る。

 試しに意識をして、腕を振ってみればその軌跡を描くように焔が現れて消える。

 焔の色は漆黒……ゲームの最終段階であったその色を見て、やはりというか、彼女が宿ったのが原因だろうと。


「……いるんだろ、神様」


 そして始詞を唱えた瞬間に周りに満ちた黒い気配に、俺はそう彼女の存在に問いかけた。すると、虚空から現れる黒髪に黒い角を生やしたセーラー服の神様が現れる。



『それは勿論、さっそく使ってくれるなんて嬉しいわ。でも貴方は私を嫌ってるはずでしょう? ほんとは私の事が好きなの?』

「今のところ、圧倒的に嫌いだよ。仕方なく使うだけだ……なきゃ死ぬし」


 この世界で出し惜しみなんかしてられない。

 使える者は全て使わなければ、死ぬモノは死ぬ。

 そのぐらいの覚悟でいなければいけないと分かってるから、俺はこの力を使うとき躊躇うことは多分ないだろう。

 前世の俺では考えられないが、それはきっと焔矢の記憶があるからの答えだ。


「なぁ、一個だけ質問あるんだけどいいか?」

『なぁに? 難しいモノじゃなければ答えられるわよ』

「……霊力増やす方法ってあるか?」


 こいつは曲がりなりにもラスボスで、神の一柱。

 そんな彼女なら知ってるだろうかもしれないとそう聞いてみた。正直答えてくれる気はしないが、この神様が好意というか興味を持ってるうちに聞いてみた。


『あるわよ、瞑想して霊力を馴染ませれば増えるわ』

「……あんがと」

『どういたしまして。ふふ甘いのね、貴方」

 

 思った以上に簡単に答えられてしまったので、毒気を抜かれながらも最低限の礼を返す。そして、俺は一通り術を馴染ませた後で瞑想とやらに取りかかった。

 それが、彼女と関わった一日目。

 迦楽という神との馴れそめの一つ。





 

 

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