エンジェルキャッツ ~ "夢"の異世界転移 ~

夕暮れの家

エンジェルキャッツ ~ "夢"の異世界転移 ~

不思議な夢を見た。

地球の外に連れ出される夢だ。


「ん?なんじゃ起きたのか?」


銀髪の幼い容姿をした女性が老成した口調でいう。

僕は彼女に抱えられ宇宙を飛んでいた。


「どこに行くんですか?」


「どこにしようかの。どんな夢がみたいんじゃ?」


「夢?」


星々が煌めきその間の漆黒を抜ける。怖さはない不思議と落ち着く感じがした。


「人は世界に認識されているとき、その世界に留まる。逆に人が世界を認識をしているから世界に留まっていられるといえる。」


物理学の話かな?


「しかし、寝ているとき人は世界を認識していない。魂が浮くのじゃよ。」


魂が浮く?僕が首をかしげると彼女は続けた。


「魂が肉体を離れ自由になるのじゃ。そこでわしらのようなものが魂を別世界の肉体に入れるのじゃ?」


「別世界へ?」


「そうじゃ。そこで現世ではできない経験を積んで貰う。魂をより良い魂にするために。」


不思議な話だ。彼女は世界の真相を教えてくれる。


「お主ら地球人の体にも普段から別の世界の魂が乗り移っているのじゃよ。」


「別の世界の魂が?」


「そうじゃ。意識の後ろ側に控えておる。そして、自分の経験のような夢を見ているのじゃよ。」


地球が夢の舞台にもなっている。


「話はここまでじゃ。では良い夢を見るのじゃ。」


そういうと僕の魂は、僕に乗り移った。

僕は、僕だと感じているが、これは別世界の別人の体に乗り移った状態なのだろう。




僕は家で一匹の猫を飼っていた。名前をミケという。名前の通り三色の毛色が美しい三毛猫だ。

都会から第二の人生を歩むのだと田舎に出て来て畑を耕していたら住み着いた猫だった。

餌をあげていると懐いたので飼うことにした。


何も知らず畑を耕していたら中々うまくいかなかった。

見かねた隣人のおじいちゃんが畑について教えてくれるようになった。


おじいちゃんの家に頻繁に通っていると孫娘という女性がある日現れた。美穂さんという。

ミケは僕以外の人に抱かれることを嫌う。しかし、その美穂さんには自分から強請って抱っこされに行っていた。


美穂さんとミケを通して、会話をするようになった。

美穂さんは都会で働いていたが、都会に嫌気が指しおじいちゃんの家に転がり込んで来たのだという。


美穂さんは僕の畑を手伝ってくれた。

皆さんの協力があり、初めての収穫が出来たとき、僕は美穂さんに結婚を申し込んだ。


「愛しています!結婚してください!」


驚いた美穂さんだったが、受け入れてくれた。

僕たちは夫婦になった。


田舎で結婚式などもあげられなかったが、村人が自分の家で祝ってくれた。

嬉しかった。

ミケは僕たちの恋のキューピットだった。


二人と一匹で幸せな時間が過ぎた。

ふと気づくと村には野良猫が沢山いた。

ミケはどうやら沢山いる猫のボスのようだった。

猫集会を覗くとミケが中央にどしんと座り周りを他の野良たちが囲んでいる光景が見れた。


この村は珍しいことに猫神様を祭っていた。

だからか猫は神聖なものであり、村の皆で守るものだという風潮があった。

自然のまま猫を見守り育てる。そんな村が僕はちょっぴり誇りだった。


この村の猫は不思議と人間に抱かれることを嫌う。撫でられてはくれるのだが、抱こうとすると激しく抵抗する。

村の人はうちの村の猫は良縁を連れてくる。抱かれるのは猫にとって良縁となる人物だけで、その猫を大事にすると猫がいつか良縁を連れて来てくれるという逸話があるのだと教えてくれる。


まさにうちのミケのことであり、僕はこの逸話を信じた。


ある日いつも通り、畑で収穫をしていると声をかけられた。東京でシェフをしているものだが、味見をさせて貰えないかと。

いいよと笑い、畑になっていたズッキーニを手渡すと生で丸かじりした。美味しいとすぐに目を丸くしたシェフはうちに卸してくれないかと言い始めた。


畑の隅で丸くなっていたミケを見ると、にゃあ~と鳴いたのでこれもミケが連れて来てくれた良縁なのだろう。僕は家にシェフの男性を連れて行くとその場で契約を結ぶ話をした。お店の方で定期的に村に車で来るから収穫物を譲ることになった。



ある日、美穂さんがホームページを作ろうと言い出した。畑の作物を売るホームページかな?と思ったら村についてのホームページだという。不思議な猫がいる村と紹介し、猫たちの貰い手を探そうというのだ。村で大事に育てられているが、村の猫たちは村人には抱き上げられない。つまり、運命の相手は別にいるということだ。その運命の相手を探してあげようというのが美穂さんの主張だった。


僕も良い試みだと思い、村長のところへ提案に行くと二つ返事でOKが出た。僕は以前IT企業で働いていて知識はあったのでホームページは僕が作ることになった。


しかし、ホームページを作ったところで人など来るだろうかと思った。多くのページはネットの海に沈む。そんな心配をしていると美穂さんがいった。きっと良縁を連れて来てくれると。


ホームページを公開して幾日かが経ったとき、村に一人のご老人が訪れた。

畑で作業をしていると話しかけられる。ホームページを見た。自分の運命の猫がいないだろうかと。


話を聞くとご老人は大企業の会長さんで息子さんに仕事を譲ってからは寂しい一人身なのだという。

僕はミケを見る。ミケがにゃあ~と鳴いた。案内してもいいのだろう。


会長さんと村を巡る。猫がよくいる猫スポットを巡っていると長い毛を持つ村猫の中でも屈指の美人猫がトコトコと会長さんの元へ寄ってきた。


会長さんは事前に説明していた通り、猫が近寄ってくると膝を地面につき、手を広げて待つ。

美人猫は会長さんの胸にすっぽり収まると安心したように、にゃあと短く鳴いた。


会長さんの運命の猫が決まった瞬間だった。会長さんは顔を綻ばせると名前を何にしようかと腕の中の温かさを感じながら悩み始めた。美人猫はすっかり安心し切ったようで呑気にあくびをしている。


会長さんは、エレーと名付けると村の役場へ行き手続きをして、美人猫を連れ帰った。



わしはその日、エレーと出会った。美しい白の毛並みを持つ猫だった。愛くるしく胸の中に抱くと心の欠けたピースが埋まる感覚がした。村で親切にしてくれた青年がいう。迷ったらエレーに聞くといいと良縁を連れてきてくれると。


年寄り一人が住むには広い屋敷に帰るとお手伝いさんたちが出迎えてくれる。皆にエレーを紹介をすると、エレーがとことこと一人の女性の足元に行く。長く屋敷に勤めてくれる女性だ。エレーは抱っこをせがむように両手を広げる。それに答えて彼女が抱き上げるとエレーは満足したように丸くなった。


衝撃だった。村で教わった通りならこれは彼女が彼女こそが私が結ばれるべき運命の人だということだ。エレーが選んだのだ。私の第二の伴侶を。


妻に若い頃に先立たれ以降女性とは疎遠になっていたが、私が辛いときいつも支えてくれたのは彼女だった。彼女は妻とも仲が良かった。姉妹のようにいつも笑い合っていた。妻がいなくなってしまったとき一緒に泣いてくれたのも彼女だ。会社の経営が上手くいかなかったとき、傍で支えてくれたのも彼女だ。


気づくと甘えるエレーにあらあらといい、優しい微笑みを返す彼女の笑顔にくぎ付けになっていた。


私は悩んだ。彼女に私の思いを伝えるべきか。ずっと考え続けた。エレーに相談するとさっさと告白しろと冷たい目を向けられた気がする。悩んでいる間も彼女はかいがいしく面倒を見てくれる。以前は気に留めていなかったそれが私の目を奪う。


エレーは私と彼女にだけ抱き上げられた。他のものが抱っこしようとすると激しく抵抗した。やっぱり彼女なのだろう。確信を強めた。しかし、一歩踏み出せずにいると、ある日不思議な夢をみた。



エレーを抱き上げる妻が私に向かって何かを言うと笑ったのだ。夢の中だろうと何十年ぶりに出会った。私は涙をぬぐって目が覚めた。


見かねた妻が夢に出て来てくれたのだろう。その日の夕食に彼女が作った料理を食べているときにいった。この料理を一生食べていきたいと。そうすると彼女はそんなにお気に召しましたかと笑ったが、私の意図には全く気付いてくれなかった。


だから言うことにした。


「結婚してくれ」


と。彼女は驚くと震え涙した。しかし、妻に悪いといった。


だから私は今日見た夢の話をした。妻は許してくれるだろうと。そうすると彼女は笑い連れ立ってくれる約束をした。早速エレーが良縁を運んでくれた。


私は引退した元経営者仲間との会合で不思議な猫がいる村の話をした。惚気たっぷりで。そうすると羨ましいとそいつらもすぐにでも行くといった。私はニヤリと笑うといった。運命の猫がいるといいなと。



不思議な現象がある。僕はミケを引き取った後からたまに黒いねずみの影を見ることがある。今日も畑に美味しい野菜があると噂を聞きつけた人が来たのだが、肩に凶悪な顔をしたねずみが止まっていた。ミケがその人に近寄るとねずみは肩から降り一目散に逃げた。しかし、ミケに捕食されると消えてなくなった。


ねずみが消えると人は不思議と憑き物が落ちたような落ち着いた顔をする。そして、うちの畑の野菜を一つ食べると美味しいといって帰って行った。


美穂さんにその話をするとミケを褒めた。きっと人間に取りつく悪いねずみがいるのだと。ミケたちは特別な猫だから退治できるのだと。



今、村には猫が欲しいとぽつぽつと人が来始めていた。人づてに聞き、ホームページを見たと言っていた。人が来ると村人が案内をする。村を回り運命の猫がいるかどうかを調べる。10人来て、1人いるかどうか。しかし、不思議と皆すっきりとした顔で帰っていった。肩についていた悪いねずみを村の猫が食べたのだろう。



ある日、私が東京に野菜を届けるために家を出ていくとき、ミケが付いてきた。家でお留守番をしてと言っても聞いてくれない。頑なに付いてくると主張する。これは何かあるのだと美穂さんがいい、美穂さんも付いていくといった。仕事で野菜を届けるだけなのだが、何かまずいことでも起こるのだろうか。ミケと美穂さんに付いて行くと主張されれば僕に拒否権はない。二人を車に乗せると東京へ出発した。


ミケは車の窓から頻りに外を覗いていた。悲しそうな声で鳴いた。何をそんなに悲しい声で鳴いているのだろうか?そのときの僕たちにはわからなかった。


配達先のレストランに着くとバックヤードから入って野菜を運ぶ。そのとき車で留守番していたミケが物凄い速さで駆け寄って来て、一人のシェフの肩に乗っていた丸々太ったネズミを狩った。


そうするとシェフは涙をこぼした。理由は語ってくれなかったが何かから開放されたのだろう。



野菜の搬入を終え帰るために車に乗り込むと美穂さんがいった。このためにミケは付いて行きたいと主張していたのだろうと。僕もそう思った。放って置いたら、きっとあの人を起点に何かが起こっていたのだろう。


車に乗り込みミケを撫でるとミケは悲しい顔をしていた。帰路に向け車を走らせながら、何だろうと思っているとミケが頻りに窓を引っかきながら鳴き声を上げる。その声が悲しそうで、胸を打たれていると美穂さんがいった。寄り道をしようと。


ドアを開けるとミケは走りだし慌てて後を追うと丸々太ったねずみの影を仕留めているところだった。満足そうな顔をしたミケを連れ車内に戻るとまたミケが鳴く。ドアを開けるとミケが走り、ねずみを狩った。


ミケが鳴く度に停まりドアを開け、ミケがねずみを狩る。


あるとき、ドアを開けたらミケが一匹の猫のところに案内してくれた。なんだと思ったらミケがその子を連れて行ってくれと言ってるようだった。野良猫であることを確認するとその猫も車内へ連れていった。


その後も頻りにミケは鳴き、ねずみを狩って猫を保護した。


高速に乗ろうと思ったが美穂さんが下道で行こうミケがやりたいだけやらせてあげようといったので下道で帰ることにした。

頻繁に停まってはミケが飛び出し追いかける。ねずみを狩っては野良猫を保護する。陽は沈み夜になってもそれは続き、朝日を迎えたときミケは眠りについた。


車を走らせ、家に着いた。ミケをベッドに優しく横たわらせるとよく頑張ったねと声をかける。


ミケが保護した30匹の猫を連れ村役場に行く。事情を説明すると快く受け入れてくれた。猫たちの特徴をメモし、村の帳簿に記入する。今日からこの子たちも村の猫だ。


大変な一日だった。美穂さんと僕は疲れた顔で笑い合うと眠りについた。



村に来て運命の猫に出会った人たちが、起きた奇跡をネットに書き込んだ。恋人ができた。会社が上手くいった。病気が治った。それはネットの片隅での呟きでしかなく、信じるものはいなかった。


しかし、不思議と気になったという人が村を訪れると運命の猫に出会った。そして、奇跡が起こる。人伝手に噂が広まっていった。奇跡を授けてくれる運命の猫がいる村がある。そこで運命の猫に出会えれば幸せになれると。


波紋は広がり、日本全国から人が集まるようになった。残念ながら出会えない人も多いのだが、ねずみが付いていた人は村の猫に退治して貰い厄を落として帰っていった。


出会えた人は猫を大事にし、村の掟通り、猫の声を聞くようにした。そうすると猫の導きにより良い方へ物事が進む。感謝をネットで書き込む。村は次第に有名になっていった。


噂は日本を飛び越え、海外にも広がった。外国人がちらほら村に来ることになった。英語を話せる美穂さんを含む数名が案内を買って出た。海外の人にも運命の猫がいるらしく出会えることがあった。良いことがあった奇跡が起きたと感謝の手紙が役場に届いた。



農業を生業とし閑散としていた村は活気を取り戻した。全国の猫好きなら一度は訪れてみるべき場所だとネットで記事になった。

村の住民は農業の傍ら案内をしていたのだが、それでは間に合わなくなってきたため、村の志願者を中心に案内所を作り案内係が配置されることになった。村を出ていき都会で働いていた親族たちが村へ戻ってきて手伝ってくれることになった。


村に様々なところから人が集まってきた。そして、不思議なことに猫たちもまた集まってきた。いつの間にか帳簿にない猫が村にいるのだ。そんな猫を発見したら特徴をメモって帳簿に記入する。後、猫を保護をしたのだが育てられない村で育ててくれないかという問い合わせも増えた。村は積極的に猫を保護した。


保護された後から村に来た猫も村になじんだ後に運命の人を見つけることがあった。しっかりと良縁を運んできたという知らせも受けている。


ホームページに併設している猫のための募金コーナーには感謝をする人たちの温かな支援が集まった。支援金で村の猫事業は支えられていた。



ある日、テレビのプロデューサーだという人が村に来た。ミケや村の猫が威嚇をしたので追い返した。そうしたら、後日違うテレビ局のプロデューサーが来た。村の猫たちが受け入れたので話を聞くことにした。


彼は特番と企画をやりたいといった。特番はこの村と運命の猫たちについての話を説明し、番組内で運命の猫に出会って奇跡が起きた人の取材した結果を伝えたいと。村長は笑顔で構いませんといった。企画は特番が放送された後日に視聴者から希望者を募り一か所に集め村の猫たちの譲渡会をしたいといった。


これには僕たちは難色を示した。運命の相手は猫が選ぶものだ。無理に猫と人を繋ぐものではない。そう説明するとプロデューサーは考えを改めてくれて、こんな提案をしてきた。人と猫たちを一か所に集めて出会える場を作り、そこで撮影できないかと。場所は東京のどこか広い会場を貸切ってやりたいと。


僕たちはこれが猫たちのためになるのかと悩んだ。そうしたら美穂さんがミケに聞いてみましょうといった。猫たちのボスであるミケの意見を聞こうと。家からミケを連れて来て事情を説明するとミケは皆の前で嬉しそうにみゃあと鳴いた。


であれば問題ない。皆でその特番と企画に協力することにした。



特番はそれから3か月した頃、全国放送でお茶の間に流れた。ゴールデンタイムだった。懐疑的だったゲストたちが奇跡が起きた人たちの逸話を聞いていき、次第に信じていくという流れだった。


テレビの影響力が落ちて来ている昨今、そんな反響もないだろうと高を括っていたのだが、村役場の電話は鳴り響いた。ホームページの閲覧数も急激に跳ね上がった。テレビの内容は本当なのかという問い合わせが殺到した。


ネットの片隅で埋もれていた今まで奇跡が起きたと報告していた人たちの呟きが次々に発見され注目を集めた。

端的にいってバズった。


番組の最後に、番組が東京で出会える場を用意すると宣伝したことで、希望者が殺到した。

噂は国境をまたぎ世界に広がり、世界中から希望者が殺到した。


最初番組が用意しようとしていた会場のキャパを完全に大幅にオーバーし、東京ドームを貸切ることに決まった。


運命の日を迎えるにあたって番組スタッフと入念な打ち合わせをした。村には現在300を超える猫がいる。人間は当日何万人も集まると予想された。どう出合わせるかが課題だった。それを解決したのは、うちの村猫にある一つの特徴だった。運命の相手が村に訪れるとどこからともなく現れるのだ。つまり、猫たちは運命の相手が来たことがわかる。


その特徴があるのならばと番組スタッフはいった。ドームの中央に柵を作って猫たちを配置して、一人ずつ人間が柵の前に立ち、大声で猫たちに呼びかける。そして、猫がそれに応え寄ってきたならそれが運命の猫だと。その案でいくことにした。


番組スタッフは、猫が抱っこをせがみ抱き上げられた瞬間に何か演出が欲しいといった。ここは番組の都合だなと思ったが、猫と人との運命の瞬間である。何か特別なものがあってもいいかもしれないと思った。美穂さんが提案した。猫が抱き上げられた瞬間にAmazing Graceを流したらどうかと。番組スタッフは不思議そうな顔で問い返した、音楽を流すのはいいがなぜAmazing Graceなのかと。美穂さんがいったミケが好きな曲なのと、何か奇跡が起こりそうだからと。


番組スタッフは笑うとAmazing Graceにしましょう。生演奏でオペラ歌手も呼びましょうと。そうして楽団が呼ばれることになった。


当日は車数台を用意して猫たちを集めて東京まで搬送する。ミケにその話を猫たちに伝えておいてくれとお願いしたら返事で短く鳴いていたから大丈夫だろう。



そして、運命の日が来た。東京ドームの上空は生憎の分厚い曇り空で辺りは薄暗くなっていた。ドームの中央に猫たちを放ち、皆が各々くつろいでいる。番組スタッフは気を使ってキャットタワーなども設置してくれて猫たちがリラックスできる空間を作ってくれた。


ドームには多くの人間が詰め寄せた。ドームが満杯になった。観客席から自分の順番が来るのを今か今かと待ちわびている。


ドームの端から観客を誘導し下の芝生に並ばせて、順番が来たら複数人同時に柵の周りに来て猫たちに声をかける。しかし、猫たちは何も反応を示すことなく、時間ばかりが過ぎていき、番組スタッフがこの企画は失敗かと思い始めた頃にそれは起こった。


「お願い、運命の猫ちゃん来て!」


一人の8歳くらいの少女が手をぎゅっと胸の前で力強く握り願う。猫たちは、素知らぬ顔で毛づくろいなどしていたが、一匹の黒猫が嬉しそうにトコトコと近寄っていった。


「やったぁー!」


飛び跳ね、全身で喜びを表現する少女。


準備万端、いつでも奏でられるようにしていた楽団がようやく出番が来て、壮大な音楽を奏で始める。特徴的な形をした笛から奏でられるメロディーに乗り様々な楽器のハーモニーが加わる。眩いブロンドの髪をした盲目の歌手が歌い上げる。


薄暗い会場をAmazing Graceが包む。


少女の前に来ると美しい毛並みをした黒猫は抱っこをしてと前足を突き出す。

少女は母親に「ほら抱っこよ」と言われ、恐る恐る目の前の小さな命を抱き上げる。


猫たちが仲間の猫の門出を祝うかのように一斉に鳴く。

その瞬間、奇跡が起きた。厚い雲が動き隙間から眩い温かな光が彼女と一匹を照らす。


Amazing Graceが響く。神へ感謝を捧げる旋律。少女の願いが神へ届いたかのようだった。



それを皮切りに幻想的な空気の中、Amazing Graceが度々奏でられることになった。その度にアメイジングが終わると会場中から万雷の拍手が巻き起こった。


僕は不思議な光景を見ていた。Amazing Graceが奏でられる度に会場に集まった人の肩に止まる怖い顔をしたねずみが一匹、一匹と穏やかな顔をして天に旅立っていく。雲の隙間から差す光に導かれるように天高く舞い上がっていく。ねずみがいなくなった人はAmazing Graceが奏で終わると涙を流しながら拍手をしていた。


そこは厳かな儀式の場となっていた。大きな混乱を起きることもなく皆静かに順番を待ち、自分の運命を知った。猫に選ばれなかった人もどこか憑き物が落ちたような穏やかな顔をして会場を後にする。


ドームを埋め尽くす人を一日で裁くのは無理かと思ったが皆が協力して速やかに進み。朝早くから始まったこの会は周囲が暗くなりドームのスポットライトだけが辺りを照らす中、無事最後の一人を迎えた。



最後の一人は事前に決まっていた。皆の門出を祝い全力でAmazing Graceを歌っていた盲目の彼女である。仲間である楽団の後押しを受け、彼女は柵の前に立つ。震える足で立ち猫たちに向かって伝える。


「My beloved angel, if you're there, I'm begging you—please answer me.(愛しの私の天使よ、いたら返事をして。)」


柵の奥から村の中で最近生まれた白い子猫が声をあげた。


Nya~


楽団は彼女と一匹のために演奏を始める。ドームを最後のAmazing Graceが包む。


彼女は楽団の演奏が始まったことで事態を把握して…震える声で歌う。



「Amazing grace! How sweet the sound!(素晴らしき神の恵み、なんと甘美な響きよ!)」



白い子猫は一生懸命短い足を動かし彼女の元へ向かう。

彼女は歌いながらその場で膝をつき、両手を広げて子猫を待った。



「That saved a wretch like me!(私のような人でなしでも、救われた。)」



子猫は辿り着く。精一杯飛び上がり彼女の胸に飛び込んだ。彼女は優しく子猫を抱きしめる。



「I once was lost, but now I am found;(私は見捨てられていたが、いま見出された。)」



彼女は子猫を抱いたまま立ち上がる。子猫は彼女の歌に合わせてそっと鳴く。



「Was blind, but now I see.(私の目は見えなかったが、今は見える。)」



彼女が目を開けると光が飛び込んできた。愛らしい白い子猫の姿が映った。子猫は優しく笑っているように見えた。目に涙が溢れる。すぐに視界は涙で歪んで目の前が見えなくなった。子猫を抱きしめながら泣き崩れてしまう。


歌は途中で途切れなかった。最後まで様子を見守るために残った観客たちが続きを歌い始めた。彼女と一匹は多くの人の歌声で満たされた。


彼女は、震える声で続きを歌う。子猫も合わせて可愛い声で歌う。それが聞こえて、彼女は微笑むと二人でAmazing Graceを歌い上げた。


会場が拍手で満たされた。




僕は思わず出た涙を拭うと…そこで目が覚めた。


布団の中で涙を拭うと良い夢を見たと思った。

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