第44話 隠し工房の惨状と、分別収集
プシューッ……。
重厚な鉄扉が開くと、そこには学園の地下とは思えない光景が広がっていた。
「うわぁ……」
私は防毒マスク越しに、思わず感嘆の声を漏らした。
無機質なコンクリートの壁に囲まれた広大な空間。
天井には魔力灯が煌々と輝き、部屋の中央には複雑怪奇なガラス管や、ブーンと低い唸りをあげる大型機械が所狭しと並んでいる。
鼻をつくのは、ツンとした薬品臭と、澱んだ魔力の匂い。
まさにマッドサイエンティストの隠れ家、といった風情だ。
「きゅ~(くさい~)」
肩に乗ったぷるんちゃんが、不快そうに身をよじった。
「我慢なさい、ぷるんちゃん。ここにあるのは『臭い』だけじゃないわ」
私は『精密洗浄眼(クリーナーズ・アイ)』を起動し、部屋全体をスキャンした。
ピピピピピッ!
視界が青く染まり、アイテムの鑑定情報が滝のように流れてくる。
【対象:高速魔力遠心分離機(最新モデル)】
【状態:Aランク(ほぼ新品)】
【推定市場価格:金貨80枚】
【対象:恒温培養槽(インキュベーター)】
【内容物:希少魔法薬草(未登録種)】
【用途:発酵、熟成】
【対象:ミスリル製・薬液蒸留器】
【材質:純度99%】
【推定市場価格:金貨120枚】
「…………!」
私の目が、カネの亡者特有の『¥』マークに変貌した。
すごい。凄すぎる。
一介の教師の給料で揃えられるレベルじゃない。
これ、全部『黒いバラ』からの裏金で買ったものよね?
「はぁ~……。許せないわねぇ、グレイブス先生」
私はわざとらしくため息をつき、震える声(歓喜)を出した。
「こんな危険な機材を、許可なく学園の地下に隠し持っているなんてぇ! これは生徒の安全を脅かす『不法投棄物』ですぅ! 清掃員として、即刻処分(回収)しなければぁ!」
私の脳内電卓が、凄まじい速度で叩かれる。
あの遠心分離機、ちょっと改造すれば『プレミアム・フルーツ・シェイク』を作るミキサーになるわね?
培養槽は……適度な温度と湿度が保てるから、高級美容オイルの発酵タンクに転用できる。
ミスリルの蒸留器は、そのままアロマオイルの抽出機に決定!
「さあ、お仕事の時間よぷるんちゃん! 今日は大掃除(クリアリング)だもの、遠慮なく『分別』しましょう!」
「きゅイッ!(おたから!)」
私は腕まくりをして、一番手近にあった巨大な遠心分離機へと歩み寄った。
「よいしょぉぉぉ……ッ!」
本来なら大人三人でも持ち上がらない重機だが、身体強化魔法(清掃用)をフル稼働させた私にかかれば、発泡スチロールのように軽い。
「はい、これは『粗大ゴミ』! ぷるんちゃん、収納(パックン)して!」
私が放り投げた巨大な機械を、ぷるんちゃんが身体を大きく広げてキャッチする。
ズズズズ……と漆黒の粘液の中に機械が沈み込み、亜空間倉庫(胃袋)へと消えていった。
「次! この棚にある怪しげな薬瓶たち!」
私は棚の端から端までを腕で薙ぎ払った。
「中身は毒物かもしれないけどぉ、瓶自体は高級クリスタルガラス製ね! 洗浄して再利用すれば、スパの化粧水ボトルとして映えるわ! はい、これは『資源ゴミ』!」
ガシャガシャガシャ!
数百本の瓶が宙を舞い、ぷるんちゃんがそれをジャグリングのように受け止めて飲み込んでいく。
「次はこれ! 床に敷いてあるふかふかの絨毯!」
研究室のくせに、足元だけは無駄に豪華なペルシャ絨毯が敷かれている。さすが潔癖症、土足で歩く場所にもこだわりがあるらしい。
「他人の手垢がついた絨毯なんて生理的に無理だけど、素材は最高級シルクね。……煮沸消毒と漂白を10回繰り返せば、更衣室のマットとして使えるかしら? よし、とりあえず『洗濯行き』!」
バリバリバリッ!
私は床から絨毯を引き剥がし、丸めて放り投げた。
楽しい。
最高に楽しい。
ここにあるもの全てが、私のスパをアップグレードするための素材に見える。
略奪? いいえ、これは環境美化活動(エコ)よ。
その時だった。
ヴィィィィィィ……ン!
不快な駆動音が響き、部屋の奥にある巨大なカプセルが開いた。
中から現れたのは、茶色い土塊で構成された巨体。
『警備用ゴーレム(泥人形)』だ。
「……侵入者、排除。……排除」
ゴーレムの目が赤く光り、重い足音を響かせてこちらに向かってくる。
身長3メートルはあるだろうか。その拳は、私なんて一撃でミンチにできそうな質量を持っていた。
「げっ、泥汚れ(ゴーレム)……」
私は露骨に嫌な顔をした。
「ちょっと! せっかくピカピカにお掃除してたのに、そんな泥だらけの体で歩き回らないでよ! 粉塵が舞うじゃない!」
どう処理しようか。
モップで殴るには硬そうだし、高圧洗浄機で崩すにしても水浸しになるのは後片付けが面倒だ。
私が舌打ちをした、その瞬間。
「――させないッ!!」
背後の入口から、一陣の風と共に人影が飛び出してきた。
「とぉぉぉぉッ!」
キンッ!
甲高い金属音と共に、ゴーレムの振り下ろされた拳を、一本の剣が受け止めていた。
「……え?」
私が呆気にとられて見ると、そこには丸眼鏡を光らせ、剣を構えた学級委員長――ギデオン・アイアンサイドが立っていた。
彼は必死の形相でゴーレムの怪力を受け止めながら、私に向かって叫んだ。
「アリアさん! 下がるんだ!」
「ギ、ギデオン様……? どうしてここに?」
「君の『聖戦』を見届けるためについてきたが……まさか、こんな恐ろしい魔物(ガーディアン)が潜んでいたとは!」
ギデオンはギリギリと剣を軋ませながら、私の背後――もぬけの殻になりつつある棚や、ぷるんちゃんに飲み込まれていく実験器具を見た。
「なんてことだ……。君は、この呪われた工房の『負の遺産』を、自らの使い魔(聖獣)の体内に封印しているのか……!」
いや、ただの窃盗ですけど。
「穢れを一身に背負い、誰にも知られず闇を葬る……。やはり君は、僕が思った通りの『聖女』だ!」
ギデオンの瞳が、感動のあまりウルウルと潤んだ。
「君の神聖な儀式(略奪)を、こんな泥人形ごときに邪魔はさせない! ここは僕が食い止める! 君は続けてくれ! この部屋の『浄化』を完遂するんだ!」
「は、はぁ……」
私は瞬きを繰り返した。
よく分からないけど、彼が囮になってくれるってこと?
ラッキー。
手間が省けたわ。
「あ、ありがとうございますぅ! ギデオン様ぁ! 私の祈り(物理)が終わるまで、どうかお守りくださいぃ!」
「任せてくれ! うおおおおおッ! アイアンサイド流剣術、奥義!」
ギデオンが雄叫びを上げてゴーレムを押し返す。
おお、意外と強い。さすがは腐っても騎士科の委員長だ。
ドガッ! バキッ! ズガン!
背後で繰り広げられる熱いバトルをBGMに、私は作業を再開した。
「さあ、急ぐわよぷるんちゃん! あそこの棚にある『魔導顕微鏡』! あれがあれば肌のキメ細かさをミクロン単位でチェックできるわ!」
「きゅッ!」
「次はあの『自動撹拌釜』! スープ作りに最適よ! 持ってけドロボー(私)!」
ガシャン! ゴトッ! ヒュンッ!
ギデオンが「くっ、硬い……! だが負けん!」と血反吐を吐きながら戦っている横で、私は鼻歌交じりに部屋中の家財道具を根こそぎ回収していった。
壁掛け時計? アンティークでいい値がつきそうね。回収。
照明器具? 魔石が入ってるわね。回収。
机と椅子? 材質は黒檀(コクタン)ね。高級家具じゃない。回収。
実験用の白衣? 予備の制服にしましょう。回収。
数分後。
あれほど物で溢れかえっていた工房は、見るも無惨なほどスッキリとしたコンクリートの空洞になっていた。
残っているのは、戦っているギデオンとゴーレム、そして部屋の最奥にある重厚な机だけだ。
「ふぅ……。いい汗かいたわ」
私は額の汗を拭った。
視界に入るすべての金目のモノは、ぷるんちゃんの胃袋に収まった。
これで当分、スパの設備投資には困らない。
その時、背後で「とったぁぁぁッ!」という叫び声が聞こえた。
ドォォォォォン!!
ギデオン渾身の一撃がゴーレムの核を砕き、巨大な泥人形が崩れ落ちた。
土煙が舞う中、ギデオンが肩で息をしながら、勝利のポーズを決めている。
「はぁ、はぁ……。やったぞ……。アリアさん、君を守りきっ……」
彼は爽やかな笑顔で振り返り――そして、固まった。
「…………え?」
彼の目の前には、何もなかった。
機材も、棚も、絨毯も、照明すらもない。
ただ、ピカピカに磨き上げられたコンクリートの床と壁があるだけ。
まるで、最初から何もなかったかのような「虚無」が広がっていた。
「こ、これは……?」
ギデオンが震える声で呟く。
「ま、まさか……。詠唱破棄による『広域消滅魔法(ヴォイド)』……!? これほどの質量の呪物を、一瞬にして『無』に帰したというのか……!?」
「あ、ギデオン様ぁ! お疲れ様ですぅ!」
私は何食わぬ顔で彼に駆け寄った。
手には、最後に残った机の上から回収した『分厚い帳簿』と『書類の束』が握られている。
「おかげさまで、お掃除(浄化)が完了しましたぁ! 見てください、こんなにスッキリ!」
「す、すごい……。神業だ……」
ギデオンは呆然と部屋を見渡し、そして私を見て、畏敬の念を込めて頷いた。
「やはり君は規格外だ。……僕の助けなど、不要だったのかもしれないな」
「いえいえ! ギデオン様がいなければ、あの泥汚れ(ゴーレム)の処理に困っていましたからぁ! 本当に助かりましたぁ!」
これは本心だ。
おかげで服を汚さずに済んだもの。
私はにっこりと営業スマイルを向けつつ、手元の書類に視線を落とした。
『黒いバラ取引台帳 ~魔力ドラッグ売上~』
『生徒カルテ(実験適合者リスト)』
「…………うわぁ」
私は内心でドン引きした。
機材の不法所持くらいかと思っていたけど、これは完全に『アウト』なやつだ。
中身をパラパラとめくると、誘拐計画や、違法薬物の精製記録がびっしりと書かれている。
「これは流石に、『燃えるゴミ』じゃ済まないわね……」
この書類は、ただのゴミじゃない。
グレイブスを社会的に抹殺し、二度と這い上がれないようにするための『特級汚物(証拠)』だ。
「ん? どうしたんだい、アリアさん。その書類は?」
ギデオンが覗き込もうとした、その時。
カツ、カツ、カツ……。
部屋の入口から、ゆっくりとした足音が響いた。
「……まさか、ここまで嗅ぎつけるとはな」
凍りつくような低い声。
振り返ると、そこには杖を構え、殺意に満ちた目でこちらを睨む、黒衣の男が立っていた。
グレイブス教諭だ。
彼の視線は、倒されたゴーレム、空っぽになった部屋、そして私が握りしめている『裏帳簿』を行き来し――最後に、私に固定された。
「返してもらおうか、ドブネズミ」
彼の杖の先端に、どす黒い紫色の魔力が収束していく。
その形相は、もはや教師のそれではない。追い詰められた犯罪者の、狂気そのものだった。
「それは私の命よりも大事な『研究成果』だ。……生きてここから出られると思うなよ?」
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