火力至上主義の学園で蔑まれていた私が、スライムに廃棄物を食べさせたら王族御用達の『ロイヤル・スライム・スパ』の主になった件
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第1話:火力至上主義の底辺と、厚化粧の貴族たち
「――《プロミネンス・バースト》ッ!」
ズガアアアァァァンッ!!
鼓膜を破らんばかりの爆音とともに、演習場の中央で紅蓮の炎が渦巻いた。
熱波が観客席まで押し寄せ、黄色い歓声と悲鳴が入り混じったような嬌声が上がる。
「きゃあぁぁっ! エルザ様、素敵ぃ!」
「なんて火力だ……! さすが公爵家の至宝!」
「あの威力、もはや戦略兵器級だな!」
王立魔法学園、第3演習場。
ここは、未来の国家魔導師を育成するための学び舎であり、同時に残酷なまでの「火力至上主義」が支配する弱肉強食のサファリパークである。
どれだけ魔法理論に詳しくても、どれだけ繊細な魔力操作ができても、ドカンとでかい一発を撃てない奴はここでは人権がない。
そして、そんな煌びやかなステージの片隅で、私は泥だらけの防護服に身を包み、地面に這いつくばっていた。
「……くっさ」
防護マスクの下で、私は思わず呟いた。
目の前には、先ほどの派手な爆発の「残りカス」――通称『魔力廃棄物(スラグ)』が、どす黒いヘドロのように撒き散らされている。
鼻が曲がりそうな硫黄臭と、肌をピリピリと刺激する不快な魔力波。これを放置すれば土壌汚染どころか、魔物まで湧いてくるという厄介極まりない代物だ。
本来なら専門業者が処理すべき産業廃棄物を、なぜか一介の女子生徒である私が、ゴム手袋をはめてチマチマとかき集めている。
「おい見ろよ、また『汚物係』が這いつくばってるぜ」
「うわ、きったねー。近寄るだけで臭いが移りそう」
「あはは! お似合いよねぇ。攻撃魔法の一つも使えない無能には、ゴミ拾いがお似合いよ!」
演習場の端に集まった取り巻き連中が、私を指差してゲラゲラと笑っている。
彼らの嘲笑は、遠慮というものを知らない。まるで私のことを、そこに落ちているスラグと同じ「汚物」として認識しているようだ。
私は深々と帽子を目深にかぶり直し、震える声で返事をする。
「も、申し訳ありませんぅ~! すぐ、すぐに片付けますからぁ……っ! どうか、お気になさらずにぃ……!」
最大限に腰を低くし、ビクビクと怯えて見せる。
これが私の処世術だ。
平民出身、攻撃魔法適性ゼロ、唯一使えるのは生活魔法の『洗浄』のみ。そんな私がこの学園で生き残るには、プライドを捨て、地べたを這うしかない。
(……って、思うじゃん?)
私は防護服のフードの中で、ニヤリと口角を吊り上げた。
(あーあ、笑ってる笑ってる。あんたたち、よくそんな大口開けて笑えるわねぇ。その口の端、ファンデーションが地割れ起こしてるって気づいてないの?)
私の目は、嘲笑う彼らの顔面を冷静にズームアップしていた。
右端の男子生徒。顔色は土気色で、目の下のクマが三層くらいになっている。あれは典型的な魔力欠乏症だ。ドーピング気味に魔力回復薬をがぶ飲みしてる証拠。
真ん中の取り巻き女子A。厚塗りした白粉の隙間から、どす黒い吹き出物がこんにちはしてる。あれは火属性魔法の使いすぎによる熱毒素の蓄積ね。
(うっわ、左の子なんて最悪。首筋の皮膚がガサガサじゃない。あれ、痒くて寝ている間に掻きむしった跡でしょ? 高い保湿クリーム塗っても、体内の魔力回路が詰まってるから意味ないのに。ププッ、ご愁傷様ですぅ~)
火力こそ正義。威力こそステータス。
そう信じて疑わない彼らは、過剰な魔力行使の反動(バックファイア)で身体が悲鳴を上げていることに気づいていない。
いや、気づいていても認めるわけにはいかないのだ。ボロボロになった肌を厚化粧で隠し、震える手足をごまかして、今日も「高貴な魔導師」を演じている。
それに比べて、どうよこの私!
防護服の下は、むきたてのゆで卵みたいにツルッツルのピッカピカなんだからね!
スライム・ゼリー効果で髪だって天使の輪が三重くらいできてるし、肌年齢なんてたぶん生後三ヶ月レベルよ!
「おい、そこのゴミ」
心の中でマウントを取って優越感に浸っていると、頭上から冷ややかな声が降ってきた。
ビクッと肩を震わせて(演技)、おそるおそる顔を上げる。
そこに立っていたのは、先ほどの大爆発を引き起こした張本人。
この学園のトップカーストに君臨する、公爵令嬢エルザ・フォン・ローゼンバーグ様だった。
燃えるような真紅の縦ロール髪。宝石を散りばめたような特注の制服。そして手には、家一軒買えるほど高価な杖を持っている。
彼女は扇子で口元を隠し、ゴミを見るような目で私を見下ろしていた。
「あ、あ……エ、エルザ様ぁ……! す、素晴らしい魔法でしたぁ……!」
「黙りなさい、汚らわしい。貴女が喋ると空気が濁るわ」
「ひぃッ! も、申し訳ございませんッ!」
私は即座に地面に頭をこすりつけた。土下座のスピードなら誰にも負けない自信がある。
「まったく……学園長も酔狂なことね。こんな攻撃魔法の一つも使えない平民を特待生にするなんて。貴女がいるだけで、神聖な演習場の格が下がるのよ」
エルザ様はツンと顔を背け、わざとらしくため息をついた。
「まあいいわ。せっかく私が素晴らしい魔法を見せてあげたのだから、その汚い泥掃除くらいはさせてあげる。感謝なさい?」
「は、はいぃ! ありがとうございますぅ! 光栄ですぅ~!」
エルザ様は「ふん」と鼻を鳴らし、取り巻きたちを引き連れて去っていこうとする。
その背中を見送りながら、私はマスクの下で冷徹な観察眼を光らせた。
(……エルザ様、今日はいつもより化粧が濃いわね)
扇子で隠しているが、口元あたりの皮膚が微かに痙攣しているのが見えた。
あれは強力な炎魔法を使った直後に起こる、魔力回路の過熱症状だ。
しかも、こめかみの辺り、ファンデーションが浮いて粉を吹いている。高価な化粧品を使っているのは分かるが、肌の土台がボロボロすぎて定着していないのだ。
(ほうれい線のところ、笑うたびに地殻変動みたいに亀裂が入ってますよ? あと首元、コンシーラーで隠してるけど、赤い発疹が出てますねぇ。あれ、痒いでしょう? 夜も眠れないレベルで)
可哀想に。火力のために美貌を犠牲にするなんて、本末転倒もいいところだ。
あのまま放置すれば、あと半年もすれば肌年齢は50代に突入するだろう。
「あら、エルザ様! 足元にお気をつけて!」
「ええ、ありがとう。……それにしても、最近なんだか肌が乾燥するわね」
「やはりこれだけ強力な魔法をお使いになると、周囲の水分まで蒸発させてしまうのでしょう! さすがエルザ様ですわ!」
「オホホホ! そうね、私の才能が罪作りなだけね!」
高笑いとともに去っていく貴族たち。
その後ろ姿に、私は心の中で「バーカ」と舌を出した。才能のせいじゃなくて、あんたの体内魔力が暴走して水分奪ってるだけだよ。
さて。
邪魔者はいなくなった。
ここからは私の時間だ。
私は周囲を見回し、誰も見ていないことを確認してから、足元のドロドロに視線を落とした。
エルザ様が放った極大魔法の残滓。
一般的には「有害な産業廃棄物」だが、私にとっては違う。
(キタキタキタァァァ!! 見てこれ! このドロッとした粘り気! 鼻をつく刺激臭! 最高級の『高濃度魔力スラグ』じゃないっすかー!!)
私は内心でガッツポーズを決めた。
今日のエルザ様の魔法は特に火力が強かったから、残留魔力の純度が段違いだ。
例えるなら、いつものスラグがスーパーの見切り品だとすれば、今日のはデパ地下のA5ランク黒毛和牛!
「ふふふ……待っててね、すぐにおいしくしてあげるから……」
私はゴム手袋をした手をかざし、小さく呟く。
「――『精密洗浄(マイクロ・クリーン)』」
瞬間、私の指先から目に見えないほど微細な魔力の網が展開される。
通常の生活魔法『洗浄』は、対象の表面についた汚れを大雑把に落とすだけのものだ。
だが、私の『洗浄』は違う。
毎日毎日、くる日もくる日も、この危険なスラグと向き合い続けた結果、私のスキルは変態的な進化を遂げていた。
対象:地面に撒かれたスラグ。
解析:物理的な土汚れ30%、不純な炭化物質20%、そして――純粋な魔力残滓50%。
(分離開始。物理汚れと炭化物は『不要』、魔力残滓は『回収』!)
シュンッ!
一瞬の静寂。
次の瞬間、足元に広がっていたドロドロのヘドロが、まるで映像編集でカットされたかのように消失した。
後には、塵一つないピカピカの地面と、私の手の中に収まった『輝く黒いゼリー状の塊』だけが残る。
これぞ、不純物を分子レベルで完全に取り除いた、純度100%の魔力凝縮体。
毒性を完全に無効化した、最高級のスライム用フードである。
「うっひょー! これ絶対うまいやつ! ぷるんちゃんが泣いて喜ぶわ!」
私は誰にも見られないように、素早くその黒い塊を腰の専用ポーチに放り込んだ。
今日の収穫は過去最高だ。これなら、あの子も新しい進化をしてくれるかもしれない。
「ふぅ……さて、次はあっちの区画ね」
私は立ち上がり、防護服の埃を払う(フリをする)。
その時だった。
ふと、視線を感じた。
「……ん?」
演習場の入り口付近、柱の影。
そこに誰かが立っていた。
制服のボタンを第一ボタンまでキッチリと閉めた、黒髪の男子生徒。
手には分厚い参考書を持ち、眉間に深いシワを寄せている。
ギデオン・アイアンサイド。
没落貴族出身で、学年トップクラスの座学成績を誇るガリ勉委員長だ。
(げっ、委員長……)
彼はこちらをじっと睨んでいた。
軽蔑とも、嫌悪とも、あるいは探るような視線とも取れる、鋭い眼光。
(まさか、今の分離作業見られた? いや、私の手元は見えないはず……)
私は努めて平静を装い、いつもの卑屈モードに切り替える。
「あ、あのぉ……何かご用でしょうかぁ……? ここ、臭いですよぉ……?」
ギデオンは無言で眼鏡の位置を直し、冷たい声で言い放った。
「……君のその魔法。使い方が、なっていないな」
「は、はいぃ?」
「魔法とは、世界を探求するための崇高な学問だ。それを、そんなゴミ掃除ごときに使うなど……才能の冒涜にも程がある」
彼は吐き捨てるようにそう言うと、踵を返して去っていった。
残された私は、ポカンと口を開ける。
(……なによあいつ。いきなり説教?)
才能の冒涜?
ゴミ掃除ごとき?
ハッ、笑わせないでよ。
あんたたちが崇高だのなんだの言ってるその魔法で出したゴミを、誰が片付けてると思ってるの?
それに、この「ゴミ掃除」が、どれだけの価値を生み出しているか……頭でっかちなあんたには想像もつかないでしょうね。
「ま、いいけどさ」
私はポーチの上から、中の感触を確かめるようにポンポンと叩いた。
中には、エルザ様の魔力がたっぷりと詰まった、極上の餌が入っている。
これを地下に持っていけば、私だけの楽園(パラダイス)が待っているのだ。
スライムたちのモチモチの感触。
宝石のように輝くゼリー。
そして、スベスベツルツルになる私の肌。
「さーて、定時定時! とっとと帰って、至福のバスタイムといきますか!」
私はスキップしそうになる足を必死に抑え、あくまで「疲れ切った雑用係」の足取りで、演習場を後にした。
だが、私はまだ知らなかった。
今日のこの「大収穫」が、私の、そしてこの学園の運命を大きく変えることになるなんて。
地下の扉を開けた先に待っていたのは、いつものスライムだけではなかったのだ――。
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