大帝国の変人皇子。侵略とか政治とかどうでもいいから収集欲を満たさせてくれ。

朔月咲夜

第1話 アーロスト帝国の変人皇子

 アーロスト帝国。

 中央大陸の中央に位置するその帝国は、圧倒的なまでの力によって領土拡大を続けている。


 かの帝国は悠々と侵略する。

 かの帝国は揚々と征服する。

 かの帝国は易々と蹂躙する。


 そうしているうちに帝国に対する世界の評価は一致した。


 『アーロスト帝国は世界の敵であり、排除すべき悪である』


 仲の悪い国同士も帝国を前にすれば協力し始め、帝国に攻められている国があれば多くの国が陰ながら支援をする。

 その支援は人であり、物であり、気持ちであり。兎にも角にも帝国の好きにはさせないという一心で各国は協力しはじめたのだ。


 そんな世界の敵たる帝国に、神童と呼ばれる皇子が生まれた。その名を『ゼアロス・アマギリ・ノーリア・アーロスト』と言う。


 第五皇子であるその男の子は、幼少期には帝国でも類を見ない程に優秀だった。数多の才能が集まる帝国を持ってして、他の追随を許さない神童だと。


 初代皇帝と同じ黒髪に、初代皇后と同じ淡い紫の瞳を持って生まれた。

 生後3ヶ月で歩き始め、1歳になる頃には走ることも出来た。

 2歳で剣を握り始め、5歳になる頃には一般兵に勝つまでに強くなった。

 3歳で魔法の理論を学び始め、7歳になる頃には新理論を構築していた。


 そんな類を見ない神童。


 誰もが彼の将来に期待し、いずれは世界を統べる神になると口にした。帝国に更なる栄華を齎してくれるだろうと。


 だが、そんな皇子が15歳になった今。いつの間にか周囲の評価は様変わりしていた。


 才能の無駄使い。

 どうしようもない変人。

 堕ちた神童。


 とまぁ言いたい放題。

 勿論面と向かって言ってくる者はそうそういないが、影では使用人ですら言っている始末。皇族に対してあるまじき態度だ。


 どうして第五皇子はそうなってしまったのか。

 何が彼をそうさせてしまったのか。


 その答えは……まぁそのうち分かるだろう。




 ◆◆  ◆◆




 いくつもある大きな窓から陽の光が差し込む広間。

 そこでは中央に置かれた大きな机を8人の男女が囲み、思い思いに帝国の情勢について話しあっていた。


「近年、周辺諸国が軍事力を急激に増強させておりますな」

「数年前までは容易く攻め落とせていたというのに、小国ですら難しい場面を強いられる事があります」

「帝国の軍事力が低下したとは思いたくないがのう」

「こちらが低下したのではないのですよ。他国が強くなっているのです」

「そうです。まるで見えぬ力が働いているかのようだ」


 はぁ……つまらん。


「言い得て妙ですわね。神聖国では祝福の子が増えているそうですもの」

「それを言えば獣王国も神獣が目覚めだしているとか」

「東の王国では覚醒者が至る所に現れているらしいですよ」

「古王国は魔族と手を組んだという話も出ておりますな」

「小国達も異様なまでの粘り強さをみせておる」

「そう言えばあの国も……」

「あそこも……」

「あっちも……」


 熱く語り合う彼らを視界の端で眺めつつ、俺は1人天井を見上げる。

 やかましい会議の声も、考え事に没頭すれば心地の良い音楽のようだ……とまでは言えなくとも、程よく気にしないでいることが出来る。


「あー……金が足りない」


 ちょっと考え事に没頭しすぎたせいで、会議中だというのにポロッと悩みをこぼしてしまった。


「ゼアロス様。それは今回の議題に関係する事でしょうか?」


 古くから帝国に仕えてくれている老齢の男が問いかけてくる。名前は興味ないから覚えていない。


「いや、私的な悩みだな。つい口にしてしまっただけだ。気にするな」

「そうでしたか」


 俺がそう言うと男は簡単に引き下がる。

 が、その顔に呆れを出すのを隠そうとはしない。心の中では「じゃあ黙ってろ」とでも思っていることだろう。


「それでは会議を続け――」

「なぁ爺さん」

「じッ……なんでしょうか、ゼアロス様」

「これって俺がここにいる必要あるか?」


 そう問いかけると、爺さんは眉毛をピクつかせながらも張り付けた笑顔を俺に向ける。


「必要でございます。今回のように重要な会議の場には、皇族に類する御方々が参加するという決まりがありますれば……」

「はは、面白いことを言うな爺さん」

「またッ……私にはロウギュという名前がございます。ですのでそう呼んで頂きたいのですが……」


 そんなにあからさまに不満そうな顔をするかね。いくら意図的に煽ったと言っても、一応俺って皇族なんだけどなぁ。ま、良いか。


「ふぅん。で、爺さんはこれが重要な会議って言いたいわけだ?」

「ですので私は――」

「良いから答えろって」

「……ッ」


 爺さんは俺がちょっと殺気を浴びせただけで顔を蒼くさせる。


「じゅ、重要な会議でございます。現在展開されている戦場と、今後予想される展開を予め――」

「うん、そうだな。確かに議題は重要だ。……でもだ、さっきからどうするか悩むだけで具体案が全く出て来てないよな。あっちにはこれが~こっちにはこれが~ってさ」


 会議が始まって1時間だぞ? なんでまだ状況整理してんだよ。案の1つでも出せよ。


「机上の空論を語るのも良くはないが、そもそも論が出てないじゃないか。駄弁の無論とでも言うか? 専門家が聞いて呆れる」


 この場に座る俺以外の7人。彼らは文官であり、戦況作戦官と呼ばれている。

 その役割は爺さんが言ったように、帝国がいくつも抱えている戦線の分析や今後の対策なのだが……こいつらは本当に使えない。良く言えば無能で、悪く言えばゴミ。


「はっきり言って、揃いも揃って全員使えない。帝国は確かに資源は潤沢だ。けれど、それは無限という事ではない。自国民の努力に他国の犠牲……そういう所から資源は集まってるんだよ」

「で、ですが弱小国家が帝国に尽くすのは当然の事で……!」

「そ、そうです! 隷国が偉大なる帝国の糧になるのは当たり前のこと!」

「私たちは更なる繁栄のために重要な作戦を練って……!!」

「はぁ……」


 これだから帝国の人間は……。


「ま、良いや。君たちクビね」


 広間に響く俺の声。そして百面相する彼ら。


「そっ、そんな横暴なッ!」

「お主に何の権限がある!」

「私はしっかりと働いてますのよ!」

「こ、皇帝陛下がこの事を知れば何と言うかッ!」


 まったくこんな時だけ凄い勢いだな。今にも俺のことを殴りそうな勢いじゃないか。辛うじて俺が皇族だから耐えてるって感じか? その熱量を会議に向けてくれればこうはならなかったのにな。


「そういうのは正式に抗議文を出してくれ。ま、通らないだろうけどなー」


 そう吐き捨てて広間から出ていく。これ以上ここで時間を浪費するのは勿体ない。


「あ、もう終わったの? お疲れ様」


 広間の外に出ると、メイド服を着た可愛らしい女の子が俺のことを待っていた。肩口で切り揃えた明るい茶髪が彼女の明るさを強調している。


「おう、終わったぞ。外で待たせて悪かったな」

「良いよ良いよーこれでもゼアロスの使用人だからね」


 そう彼女……リノアは俺の専属のメイドで、年齢は俺と同じ15歳。言葉遣いはメイドらしくないけれど、自称だったり俺が個人的にやらせているとかではなく、れっきとした帝城の使用人だ。


「ゼアロス様ってなんで評判悪いんだろうね~? こんなに良い人なのに」

「まぁ仕方ないだろ。甘んじて受け入れるさ。流石に一番嫌われてるって訳じゃないだろうしな」

「いや、多分1番?」

「まじかよ……」


 ちょっとは予想していたけれど、そう面と向かって言われるとクルものがある。いや嘘、キすぎてる。キすぎてる俺の心に。


「他の皇子様と皇女様も怖かったりして評判悪い人も居るけど、それでも超有能だから妾とか専属になれれば将来安泰確定だもん。それに対してゼアロス様は……」

「堕ちた神童だから評判が悪いと」

「そういう事っ!」

「はぁ……」


 将来性が低くて評判が悪いとね。メイドならではの視点ですわ。……いや、じゃあ執事にも嫌われて……? 考えないでおこう。


「でも私はゼアロス様のこと大好きだよ! あはっ言っちゃったっ!」


 敬語を使わないし皇族に対する態度ではないけれど、ポッと頬を染めながら恥ずかしそうに言う彼女のことを叱ったり嫌いになったりは出来ない。

 俺をからかっているのでも馬鹿にしているのでもなく、本心から言っていると分かるからこその言葉の温かさを感じる。ドブみたいに濁った奴らとは大違いだ。


「ありがとな。リノアがそう言ってくれるなら、他のメイドの評価はどうでもいいか」

「へへ、そうだよー」


 なんて話しながら歩いていると、曲がり角の先からコツコツと足音が聞こえてきた。


「これはゼアロス様。今日も愉快に歩いてますね」

「ミャノン妃か。こんな所で会うとは奇遇だな」


 第四皇妃のミャノン妃だ。

 暗い茶色の髪の毛に、少しきつい印象を受ける仄かなツリ目。そして誰もが目を引く完成された肉体美を前に、リノアが息を呑む音が聞こえる。


 てか愉快に歩くってなんだよ。


「相変わらず躾のなっていない使用人も……。私が個人的に教育してあげてもよろしいですのよ?」

「はは、冗談はよしてくれ。俺のメイドをミャノン妃ごときが教育なんて出来るわけ無いだろう」

「おほほ、それもそうでしたね。失礼しましたわ」


 ミャノン妃は口元を扇で隠しながら笑うと、そのまま静かに去っていった。恐らくただ俺に嫌がらせがしたかっただけだろう。実際リノアには効果覿面だったみたいだしな。


「ふぅ……緊張したぁ……」


 リノアが少し声を震わせながら言う。よく見れば手も少し震えているみたいだ。


「そんなに緊張する必要は無いんだぞ? 身分で言えばミャノン妃より俺の方が上だからな」


 アーロスト帝国は身分の上下にとても厳しい。

 細かく決められたピラミッド構造で、一番上は当然皇帝。その次は皇后や皇妃ではなく皇子と皇女。その下に皇后で、更に下に皇妃となっている。


 第五皇子の俺と第四皇妃のミャノン妃。偉いのがどちらかは明白だろう。


「それはそうだけど……私からしたらミャノン妃殿下も雲の上の人だよ。それにミャノン妃殿下はその……メイド使いが荒い人だし……」


 確かにミャノン妃に苦しめられるメイドは多いと聞く。口封じに金を包まれて辞めていったメイドもちらほら、とな。

 とは言え、俺は俺のモノに手を出す奴が一番嫌いだ。どこまでも追いかけて報いを受けさせると決めている。それが誰であろうとな。


「んー……じゃあそうだな。この国の誰だとしても、リノアに手を出せば俺が懲らしめる。ここでそう約束しよう。だからリノアはそんなに心配しなくて良い。どうだ? これで少しは安心出来るか?」

「うん……ありがとう」


 リノアは笑いながらそう言うが、その笑顔は少し歪で震えている。無理して作った笑顔だと丸分かりだ。


 んーまだ駄目か。俺からすればミャノン妃は全く怖くないんだけどなぁ……。よし、良いこと思い付いた。


「じゃあここだけの話だ。リノアをいじめるのが例え皇帝だとしても、俺がしっかり懲らしめてやろう!」

「えっ本当? ぁ」


 俺の言葉にリノアが目を見開く。口元を手で抑え、感極まっている様子だ。何か言いかけた気もするけれど、感涙で上手く言葉に出来なかったのだろう。


「それに皇帝には俺の大切な収集品を全部捨てられた憎しみがあるからな。リノアの為ならいくらでも懲らしめてやるぞ!」

「……ッ!」


 そうかそうか、言葉が出ないほど嬉しいか。


「というか全部捨てられたの思い出したら腹立ってきたな。普通にしばくかあの皇帝。いつか絶対にやり返すって決めてるんだよな俺」

「ッ……!! そ……ッ!」


 んーー感動……だよな? だから震えてるんだよな……? 

 ふぅ……リノアの視線、俺の後ろに向いてるような気がするんだよな……うん……そっかぁ……。


「リノア。俺の後ろって誰か居る?」


 コクコク。はい、と。


「それってさ、ミャノン妃とか他の皇妃かな?」


 ブンブン。いいえ、と。


「じゃあ皇后だ!」


 ブンブン。


「もっと偉い?」


 コクコク。


「はは、じゃあ皇子とか皇女……だよな?」


 ブン……ブン……。


「ハハ、ハハハ……皇帝……?」


 ……コクリ。


「そっかぁ……」


 俺が覚悟を決めてゆっくりと振り返ると、眼の前は壁だった。

 ちなみに関係無いと思いたいが、皇帝は身長が190cmくらいある。それに、武闘派なだけあって筋肉量も相当なものだ。そこら辺の騎士よりもその肉体は完成されている。


 ……うん。この壁は皇帝の身体だね。ハハ。


「わぁ……」


 明るく短く切り揃えられた金髪に、燃えるように赤い瞳。そしてこの巨躯……皇帝過ぎるな。いや皇帝過ぎるってなんだよ。


「ゼアロス。何か言いたいことは?」

「俺の収集品を捨てた恨みだッ!」


 こうなりゃ思い切って殴ってしまえ!


 ガシッ。ぺいっ。


 俺の拳は簡単に皇帝に掴まれ、そして俺の身体ごと軽く投げ捨てられる。


「それはお前が公務そっちのけで収集に明け暮れるからだろう。それにあの惨劇……自業自得だ」

「でも捨てる必要は無くないか!? アレ全部集めるのめっちゃ時間と労力掛かったんだよ!? あとお金も!! 実の子に対して血も涙も無いのかッ!」

「無いッ!」

「ぐべぇッ!」


 鉄拳制裁パンチが俺の脳天に直撃する。痛い……。


「お前は我が子の中でも全分野において優秀だと言うのに……なぜこうなった……」

「さぁなんでだろうな?」


 俺の返答を聞いて皇帝は更に呆れた顔をする。


「まぁ良い。今回であの件から100回の公務が終わった。約束通り収集は再開して構わん」

「あの件じゃなくて『皇帝による血も涙もない収集品惨殺事件』って言って欲しいものだな」

「お前は本当に……ッ」


 あ、やばい、また制裁が……止まってくれたか。


「……はぁ。これからも公務を続ければ文句は言わん。分かったな」

「はいはい」

「はいは1回だ。もう一発殴っておくか……」

「やめて! 冗談抜きで痛いから!」

「ならもう少しは礼儀を重んじろ。せめて今の様に使用人が居る場ではな」

「……はい」


 俺がしっかり返事をしたことに満足したのか、皇帝は何も言わずに使用人たちと一緒に去っていった。


 こうして俺の楽しい楽しい収集ライフが再開した。

 え? 公務? 知らんよそんなん。

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