あと10回日曜日が来たらクリスマス

かっぱ 桃

第1話 非カップル向け企画

10月22日土曜日

編集部の休憩スペースには誰もいないのに、照明だけが明るくついている。舞はコーヒーを片手に、壁に掛けられた大きなホワイトボードを見上げた。


《あと10回 日曜日が来たらクリスマス!》


赤いマーカーで書かれたその文字の下には、クリスマス特集の企画案がぎっしり並んでいる。誰が書いたのかはわからないけれど、この部署では毎年恒例のカウントダウンだ。まだ十月なのに、編集部の空気だけはもう年末ムードになりつつあった。

 

その文字を見つめながら、胸が少しだけチクッとする。


ついこの前、3年付き合った彼氏と別れた。

「忙しい」を理由にお互いを後回しにして、

気づいたら会うタイミングさえ失っていた。


失恋直後だから、しばらくは恋人なんていらないはず──そう言い聞かせてみるけど、心の奥底では別の声がする。


「クリスマスまでには、誰かと並んで歩いていたいな」


そんな淡い願いを、舞自身も否定できなかった。


気づけば、舞の足はいつものように会議室のドアへ向かっていた。

今日も編集部は忙しい。恋なんてしている暇なんてないはずなのに、胸のどこかで「なにかが始まりそうな予感」を抱えたまま。


そしてこの日、舞はまだ知らない。彼女の一年で一番忙しい季節が、これから始まることを。


そして──

彼女の心を揺らす二人の男との物語が、静かに動き出すことを。


編集部の会議室には、クリスマス特集の資料が山のように積まれていた。窓の外は秋の陽が傾き、街路樹の葉はオレンジ色に染まっている。


高梨舞は、ため息をつきながらパソコン画面に目を落とした。今年もクリスマスが近づいている。成人してから毎年、彼氏と過ごしてきたけれど、今年は違った。3年間付き合っていた駿介と別れてしまったのだ。胸の奥にぽっかり穴が開いたような気分で、街のカップルたちの楽しそうな様子を見るたび、つい羨ましさがこみ上げる。


「じゃあ、クリスマス特集の非カップル向け企画できそうな人いますか?」

上司の声が会議室に響く。


この部署はほとんどの社員に恋人がいる。舞も前まではそうだった、前までは。いつも非カップル向けの企画を毎回担当してくれていた佐々木さんは最近やっとマッチングアプリで恋人ができたらしい。


(あぁ、この感じ私がやらなきゃなんだなぁ)


舞は意を決して手を挙げた。会議室の空気がふっと変わる。隣のデスクから、軽い拍手が起きるような騒がしさ――仲のいい同僚たちの無邪気ないじりだ。


「おっ、高梨さん、今年もソロ枠頼むよ〜」

「あれ、舞ちゃん今年は誰か連れて来ないの?毎年恒例じゃん?」


舞は照れ笑いを返す。

「もう、そういうのやめてくださいよ〜別に一人でも楽しいんですってば」


先輩がからかい気味に首をかしげる。

「でも高梨さんって、クリスマスは必ず彼氏と過ごすってイメージあったんだけどなぁ…伝説級ですね!笑」


舞がちょっと顔を曇らせかけると、すぐに別の同僚がフォローするように冗談を重ねる。

「伝説って言うなって、、今年は“高梨伝説”がどうなるか見ものだよ!笑」


そのとき、ふわりと別の手が上がる。会議室の反対側、静かに立ち上がったのは異動してきたばかりの彼――早瀬新だった。彼も非カップル枠に手を挙げる。


舞は戸惑いながらも視線をそちらへ向ける。早瀬くんは淡々と、でも確実に会議の流れを整える声を出した。

「ではからかわれてる僕たちで、さっさと終わらせましょう。無駄に残業するの嫌なんで。」


その落ち着いた口調に、舞の頬がほんのり温かくなる。からかいの輪の中で、自分だけを見てくれる目があることに、知らず心が救われるような感覚があった。

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