第3話 初ダンジョン配信

震える指の先で、画面がやけに明るい。


(俺たちが、ルリにゃん名義で攻略したよ♪)


「……え?」


一度、読み間違えたかと思って、もう一度見る。


オフ会に来ていたクロクマという名前の長身の男からだった。


でも、文面は変わらない。


(俺たちが、ルリにゃん名義で攻略したよ♪)


「……ちょっと待って……え!?どういうこと!?」


すぐに返そうとして、文字を打っては消し、消しては打って、三度目でようやく送信した。


(どういう意味ですか?冗談ですよね?)


数秒後、すぐに既読がつく。


そして返ってくる。


(冗談じゃないよ。だって「月冴ルリ連盟」って言ったら盛り上がるじゃん?名前使わせてもらったよ、悪気はないよ、むしろ宣伝ってやつ)


「ふざけないでよ」


声に出してつぶやいた。


名前がダサい。


そうミミは真っ先に思った。


(でも、どうしてダンジョンなんですか?)


(オフ会で会ったとき、覚えてる?『一度ダンジョン行ってみたい』とか話してたじゃん。でさ、俺たちでパーティ組んで、特攻したんだ。来てほしかったけど、ルリにゃん忙しそうだったし)


オフ会――

たしかに、半年前。小さな会議室でやった、初めての対面イベント。


名前も、顔も、なんとなく覚えている。

笑っている「ファン」たちの姿。


あの人たちが、「攻略者」……?


(どうして、あそこを……?)


ダンジョンを攻略するとしても、あのS級ダンジョンのフィストミヌカ古代王国迷宮である必要が無いのに。


(いやさ、S級ダンジョンならネットニュースどころかSNSがお祭り騒ぎになるじゃん。だから、僕たち1年と7ヶ月かけて攻略したんだ)


(私のためにそんな時間を…)


(でも、ルリにゃんの伝説を後世に残したかったからさ!)


目の前が、ぐらりと揺れる。


誰かが、自分の名前で、

誰かが、自分の代わりに、

誰かが、自分の代わりに「伝説」になった。


(……わたし、一度、会いたい)


少し間を置いて、送る。


(あなたたちに、ちゃんと直接会って、話がしたいです)


数秒後。


(もちろん。ずっと、そのつもりだった。またオフ会しよう。俺らだって渡したいものがあるし、

今度は、ダンジョン集合とかどう?)


「……ダンジョンかぁ」


(入口で待ってる。生配信用に、カメラも用意しといて、世界が見たがってる)


胸の奥で、冷えていたものが、ゆっくりと形を持ち始め、再び温かみを生じさせていく。


怖い。


けど。


「……行きたい」


逃げたら、このまま一生、のままだ。


ミミミリスは、スマホを置き、そっと自分の耳に触れた。


猫のように、柔らかな耳。


獣人の親がこの世界に産んでくれた子。


――私は、獣人だ。


――少しだけ、人間より強い。


「……ダンジョンくらい、また行けるよね」


小さく、そう呟いた。



§§§



約束の日。


朽ちかけた巨大な石門の前。

その石門には苔と伸び切った蔦が張っていた。


苔むした柱。割れた紋章。


立ちこめる霧の奥に、闇が口を開けている。


門の前には1人の長身の男性が立っていた。


「……ルリにゃん?」


ミミに声をかけたのは、クロクマだった。


深く息を吸う。


「月冴ルリ、だにゃん」


その瞬間、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「久しぶりルリにゃん」


「他の方は…?」


クロクマは門の奥を見た。


「いやぁ結構採られてそうだよねこのダンジョン」


「……」


ダンジョンの奥からぞろぞろと2人が出てきた。



「エルエマさん、それにペネちゃん……。2人まで……」


「……エルエマさん、それにペネちゃん……。二人まで……」


ミミは胸に手を当てた。


しかし、二人はどこか気恥ずかしそうに視線をそらす。 


霧の中から現れたエルエマは、相変わらず黒のコートをひらりとはためかせていた。


尖った耳が淡い金髪にのぞく――ハーフエルフらしい、透き通るような気配。


普段は王都の魔法大学で“教授”をしているだけあって、立ち姿だけで知性と落ち着きが漂っていた。


エルエマは肩をすくめ、優雅に笑う。


「いや、ごめんね。そんな大したことじゃないんだよ。私たちは……“少し下見しただけ”だから」


「下見……?」


ミミが驚くと、エルエマは指を軽く鳴らした。指先に小さく魔力の光が揺れる。


「教授だからね。“見ただけで分かる”っていう職業病みたいなものだよ」


すると、その後ろにいたペネが、小さく手を上げた。


黒髪の前髪の隙間からのぞく瞳は、相変わらず弱々しくて――

気弱で無口で、普段どこで何してるか誰も知らないのに、なぜかミミの動画編集だけは完璧にこなす不思議な少女そのままだった。


よく見れば、今日も薄い笑みを浮かべようとしては失敗している。


「……うん……クロクマさんが……“ルリにゃん来る前に少しだけ見とこうぜ”って……だから……二層だけ……えっと……」


「二層!?」


ミミの声が裏返った。


だって――ここ《黒霧の窟》はB級ダンジョン。


四層以下は“未攻略”の危険な場所だ。


それでもペネは、申し訳なさそうに指先をもじもじと動かしながら続けた。


「……ごめんね……。ルリにゃん、ダンジョン怖がるかなって……思って……。その……少しだけ……」


エルエマがフォローするように言う。


「ペネロペは気弱だけどね、補助魔法だけは私が太鼓判を押せるよ。だから大丈夫だった。危険は避けたさ」


クロクマが腕を組んで笑う。


「安心しろよルリにゃん。僕らは、一応二級以上のハンターだからね」


そう言って、彼は石門の奥を指した。


「今日は、一緒に五層の手前まで行ってみようぜ。もちろん無理はしない。でも、僕の算段では余裕だと思う」


ペネがそっとミミの袖を摘んだ。


「……ルリにゃんが……怖かったら……手……つなぐ……?」


その声があまりにも小さくて、愛らしくて。


ミミの猫耳はぴくんと立った。


「つ、つながなくて大丈夫だにゃ……!

でも、ありがと……」


エルエマが満足げにうなずく。


「大丈夫。私は強いから、君を危険に放り込むつもりはないよ」


クロクマが口角を上げる。


「じゃあ行こうぜ。ルリにゃん初のダンジョン配信の始まりだ」


ミミは深呼吸し、猫耳をぴんと立てた。


(……行くか。みんなと一緒なら……大丈夫だと思うしね)


ミミは配信を開始した。


「じゃあ、ルリにゃんの初ダンジョン配信始まるよー!」


そして、四人の影がゆっくりと石門の奥へと吸い込まれていった。


霧の揺れる音だけが、後に残る。

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底辺猫耳配信者のミミ、信者に持ち上げられすぎて気付いたらダンジョンの英雄になってました! 津城しおり @Shiori40888

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